第四話 都会へ行こうー①
朝一番にギルドで認定書と紹介状を受け取った二人は、駅馬車に揺られながら街道を進んでいた。
「なあアスモ、この馬車で首都まで行く気か?どうやったって一日じゃ付きそうにないんだが」
駅馬車のゆっくりとしたペースと振動に朝早くにたたき起こされたニックは眠気を誘われたのか小さく欠伸をする。
「この馬車は首都ではなくてアレイクという所に向かっているんです。そこから別の移動手段で一気に首都まで行くんです」
それなら着いたら起こしてくれと言い、ニックはハットを目深に被り直すとすぐいに寝息を立て始めた。
「仕方のない人ですわね、まったく」
呆れたような口調で言いながらも、アスモの深紅の瞳はらんらんと輝いていた。
もし同乗者がいなければニックに襲い掛かっていただろうが、彼女も一応時と場所を弁えるだけの理性が欠片程は残っていたようだ。
しばらく熟睡していたニックは、頬に違和感を感じて目を覚ました。
「アスモ、なんで人の頬っぺた突いてんだよ」
「プニプニしていて気持ち良さそうだったのでつい。それよりももうすぐ到着しますわよ」
到着した馬車を下りて、座りながら眠ったせいで凝り固まった体を伸ばすニックの目の前には海と見間違う程の大きな湖が広がっていた。
「えらくでかい湖だな。おまけに水が透き通ってる。こんな湖初めて見たぜ」
「国内最大の湖だそうです。水が澄んでいるのは魔動革命のおかげみたいですよ」
二人の前に広がっているアレイク湖はニック達がいる国、タルゴーダム最大の湖なのだが、昔は水質が悪く、悪臭を放つ上に夏になると蚊などの虫の大量発生の原因となり、近くに住む人間はいなかった。
だが、魔動革命による技術進歩によって生み出された汚水を浄化する装置により事情が変わった。
国の一大事業によって湖底に浄化装置が設置されたことで、水質はそのまま飲める程にまで改善されたからだ。
今では人気の避暑地で、夏場には涼を求めて大勢の観光客が訪れる一大観光地として有名になってる。
大勢の観光客が訪れる観光地ということは、それだけ交通網も発達する。アスモが首都に行くための中継地をとしてここを選んだのはそれが理由だ。
「それでこれからどうするんだ?船で湖突っ切ってショートカットでもするのか」
「違いますわ。湖を渡るのではなく陸路で行きます」
相変わらずはぐらかされてもやもやするニックを置いてアスモが歩き出す。
「あ、おい!待てよ!」
「早くしないと今日中に着く便が取れないかもしれないんですから急いで下さい。それとも迷子にならない様に手でも繋ぎますか?」
振り向き悪戯っぽく笑いながらスタスタと歩いていくアスモに置いて行かれない様に慌ててニックも歩き始める。
街の入り口から続く商店が立ち並ぶ通りを抜けると、大きな時計塔が立つ広場に着いた。
「ほら、ニックさん、あれが首都まで一日行くための手段ですわ」
アスモが指さす方を見ると、何十人もの人間が同時に出入り出来そうな出入り口のある建物が建っていた。
出入り口の上に掲げられている看板にはアレイク湖駅と書かれている。
「駅……この世界にも鉄道が走ってんのか!」
一瞬考えたニックがはぐらかされ続けた答えに行きついた。
「ピンポーン、大正解ですわ。この駅から首都行の路線が通っているんです」
アスモはドッキリに成功した子供のような笑みを浮かべている。
いつもなら驚かされたことに怒るところなのだろうが、驚き過ぎてニックはそれどころではないらしい。
「切符を買ってきますからそこのベンチで待っていてい下さい」
言われた通りベンチに腰掛けると、ニックは懐から棒付きのキャンディを取り出すと舐め始めた。
強制禁酒と共に禁煙もしているニックは、口寂しさを紛らわすためにキャンディを常備する様になっていた。
「こんなガキみたいなもんを煙草代わりにするようになるとは全く情けない話だぜ」
そうは言いつつも色々な味を常備している辺り、案外気に入っているようだ。
することも無いので気を抜いてボケっとしていると、小さな女の子が泣きながら歩いてきた。
「お母さーん!お母さーん!どこー!」
迷子だと察したニックは、どうするか悩む。
関わると面倒だが、見て見ぬ振りをするのも目覚めが悪くなる。
仕方が無くニックは上げたくはない腰を上げ、少女に話しかける。
「嬢ちゃんどうした、お母さんと逸れたのか?」
出来る限り優しく話しかけたつもりだったのだが、知らない人間に声を掛けられて驚いたのか、少女の涙腺の蛇口は全開になり、さらに激しく泣き始めた。
「ああもう!だからガキは嫌いなんだよ!」
どうしたものかと戸惑っていると周囲の視線を感じる。
傍から見れば思春期の姉が小さな妹を泣かせているようにでも見えたのだろう。
ニックはますますどうしていいか分からなくなる。
「泣くな泣くな!どうしたら泣き止んでくれるんだよ」
困り果てたニックは、何か子供の興味を引けそうな物は無いかと懐を探る。
「何か無いか……お!嬢ちゃん、キャンディ欲しくないか?」
懐から取り出したキャンディに少女が反応する。
ニックは包み紙を取って少女に渡すと、少し泣き止みながらキャンディを舐め始めた。
「ふう、やっぱりガキには菓子が一番だな」
なんとか周りからの視線は弱くなったが、これからどうしたものかと思案する。
辺りを見回すが、それなりに人が多いので少女の母親を探すには少し時間がかかりそうだ。
そもそも少女が完全に泣き止むまで母親のことを聞き出すのは難しそうなので探しようがない。
「あらニックさん、どうしたんですか?誘拐は犯罪ですわよ」
切符を買って戻ってきたアスモがすぐに状況を察してニックをからかう。
「バカ言ってないでどうにかしてくれよ。ガキの扱いは苦手なんだよ」
仕方がありませんね、と言いながらアスモは屈んで少女と目線を合わせて警戒心を解くように自己紹介を始めた。
少女もそれに釣られて自分の名前を言い、ぽつりぽつりと迷子になった経緯を話しくれた。
彼女の名前はアシュリー、母親が切符を買っている間、退屈だった彼女は母親の元をこっそり離れて気になっていた時計塔を見に行った。
満足して母親がいた場所に戻ったが既に母親はいなくなっていた。
「娘がいなくなっていることに気づいた母親が慌てて探しに行って入れ違いになっちまったってとこか」
「そのようですわね。私たちだけで探していたら埒が明きませんし、駅員の方に協力してもらいましょう」
アスモとニックは少女を連れて駅の窓口に行き、事情を説明した。
「分かりました。迷子案内で子供さんの特徴と名前を放送するのですぐに親御さんは見つかると思いますよ。それまで申し訳ありませんが一緒にお待ちいただいてよろしいでしょうか?」
本来なら少女を駅員に預けて後は任せればいいのだろうが、アシュリーが二人に懐いてしまって離れようとしないのだ。
自分達の乗る便まで時間もあったので二人は了承し、少女と共に受付の中の事務室に通された。
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