第四話 都会へ行こうー②

  放送の甲斐あってか、すぐに駅員が母親を連れて部屋に入ってきた。母親の姿を見るとアシュリーの目からは止まっていた涙が溢れ出し、母親の元へと駆け出して抱き着いた。


「アシュリー!心配したのよ!勝手にどこかに行ったらダメじゃないの」


 顔を涙でぐしゃぐしゃにして謝りながらしがみ付く我が子にそれ以上怒ることが出来ないのか、母親はアシュリーを優しく抱きしめる。


「これで一件落着か。慣れないことはするもんじゃないぜ全く」


「ウフフ、そう言いながら安堵した顔をしてるのは何でですの」


 うるさいと言いながら恥ずかしそうにニックはハットで顔を隠す。アスモはその顔を無理やり覗き込もうとするが、怒ったニックに強烈なデコピンを食らい、涙目で赤くなった額を摩りながら渋々止める。

 そんな二人に母親が苦笑いをしながら礼を言う為話しかけてくる。


「あの、娘が大変お世話になったようでありがとうございました」


「いえいえ、素直で可愛らしいお嬢さんで一緒にいた私達も楽しかったですわ。だからお気になさらないで下さい。本当にお母様似の可愛いお嬢さんで、お母様もお美しいですわ…もが!」


 美人の母親と話している内にアスモの目が獲物を狙う獣の目に変わった事に気づいたニックは、慌ててキャンディをアスモの口に突っ込む。


「俺達違う街から朝早くここに来たもんでな、朝飯がまだなんだ。悪いがここらで失礼させてもらうぜ」


 ニックは今だ母親を狙うアスモの首根っこを引っ張って事務室から出ていこうとする。


「キャンディのおねえちゃん、またねー」


「ああ、アシュリー、またな。もうお母さんから離れんじゃねーぞ」


 手を振るアシュリーと頭を下げる母親に見送られて二人は駅の構内に戻った。アスモは名残惜しそうにキャンディを無駄に艶めかしく舐めている。


「お前なあ、なに母親に手を出そうとしてんだバカ!」


「すみません、お美しい方だったのでつい。…もしかしてニックさん、嫉妬してるんですか」


 もう一度デコピンをしようと構えるニックに二発目はごめんとばかりにアスモは謝り、話題を切り替える。


「それよりも本当にお腹が空きましたわね。何か食べに行きましょうか」


 ニックも腹の虫の鳴き声で返事をし、二人は駅前の広場へと向かった。

 広場では鉄道利用客相手に土産物や飲食物を売る露店が立ち並んでおり、乗車前の最後の買い物を楽しむ客達で賑わっている。

 二人は名物だという揚げたての魚のフライをパンで挟んだ物を買ってベンチに座って食べた。

 元々アレイク湖の水質が改善される以前は、泥臭かったり、どんな環境でも繁殖するが味が悪い魚など、とても食べられるような魚はいなかった。

 だが、水質が改善されてからは魚や貝の養殖も盛んに行なわれるようになり、今では魚介類が観光客の舌を楽しませる名産品になったそうだ。

 二人が食べ終えるとちょうど定刻の10分程前になったので、改札を通りホームに入った。

 すると、タイミング良く6両編成の列車がブレーキの甲高い音共にホーム入ってきた。先頭車は四角い箱のような形の後ろの車両と違い、先端部から車両中央にかけて流線型の形をしている。


「あれがこの世界の汽車か。……煙突はどっかに忘れてきたのか」


 蒸気機関車をイメージしていたニックは、煙突が無いことに違和感を感じる。


「あれは蒸気機関で動いていませんからね。正式名称は魔動機関車というそうですわよ」


「石炭じゃなくてマナクリスタルを燃やしてるって訳か」


 正確には燃やしている訳ではないと訂正しようとしたが、初めて乗る鉄道に心なしか楽しそうにしているニックに、野暮なことは言わないでいいかとアスモは口に出かけた言葉を飲み込んだ。


「これは首都までノンストップで走る便なので後は座っているだけで一気に行けますわよ」


 アスモが奮発して、ゆっくり出来るようにと広めの席の指定席の切符を買っていたので、指定席のある列車の最後部の車両に乗ると二人は自分達の番号の席を探した。

 車内は見た目よりも広く、二人掛けの席が中央の通路を挟んで左右に二列。中央の通路も細身の人間なら並んで十分歩ける広さがある。

 指定席では無い車両は通路を狭くして、席を一回り大きい物を置いているのだが、混雑時はすし詰めになるので長距離移動をするにはあまりお勧めできるものでは無い。


「お、あそこじゃないのか」


 ニックが席を見つけると、前の席に先ほど別れた親子が座っていた。


「あら、先ほどはどうも。同じ列車だったんですね」


 二人に気づいた母親が話しかけてきた。ここであったのも何かの縁と席の背もたれを移動させて席を対面にして到着するまで一緒に過ごす事になった。


「まさかこんなに直ぐ会うことになるとは流石に驚いたぜ」


 元々もう会うことも無いだろうとニックは思っていたのだが、縁というのは奇妙なものだ。

 アスモは必死に理性を保ちつつ母親と会話し、ニックは質問攻めにしてくるアシュリーにキャンディを与えて静かにさせる。

 首都まではそれなりに時間がかかるのでアシュリーに手持ちのキャンディを食べつくされてしまいそうだが、恐らくその前に母親に止められるだろう。


 列車が出発してから3時間程が経ち、車内販売の弁当で昼食を済ませた4人は思い思いに過ごしていた。

 アスモと母親はまだ話しており、アシュリーは母親に膝枕されて寝ている。ニックも窓から外を眺めながら船を漕いでいた。

 乗客の多くが長い乗車時間を持て余して同じような状態になっていた。そしてこの乗客たちの気が緩み切った瞬間を待っていた者達が動き出した。

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