第四話 都会へ行こうー③
「動くんじゃねえ!動いた奴はぶっ殺すぞ!」
車両の最後部の席に座っていた二人の男が立ち上がり、乗客達にマイアワンドを突きつける。
車内は突如現れた武装した男達にパニックになり、あちらこちらで悲鳴が上がる。騒ぎに驚いたアシュリーは震えながら泣き出した。母親が必死に安心させようと宥めるが、この状況で幼児を落ち着かせるのは無理だろう。
騒ぎに気付いた車両の奥のスペースで待機していた車掌がドアを開けて飛び出してきたが、マイアワンドで頭を殴られそのまま気絶してしまった。
「いいか!こいつみたいに怪我したくなきゃ大人しく金目の物を出しやがれ!今から袋を持って回るからその中に入れろ!」
男達は大きな麻袋を持って席を一つずつ回り、乗客から財布や身に着けている貴金属類まで外させ、麻袋に回収していく。
「どうしますか、ニックさん」
犯人たちと距離はあるものの、アスモは会話を聞かれない様に小声でニックに耳打ちする。
「休み無しで稼いだ金と商売道具を取られちゃかなわねえ。とっ捕まえて首都に着くまで静かにしててもらうか」
二人の物騒な会話を聞いた母親は不安そうな顔をするが、アスモが胸の谷間からちらりと見せたワーカーの登録証を見て、この事態をなんとかできる二人と理解したのか、少し落ち着きを取り戻す。
「アシュリー、俺がいいって言うまで絶対に目を開けちゃダメだぞ。その代わり次に目を開けた時もう恐い事は終わってるからな」
ニックは普段出したことが無いので自信は無かったが、出来る限り優しい声音を出し、アシュリーに約束する。アシュリーは小さく頷き、言われた通りに目を瞑って顔を母親にうずめる。
「お母様、アシュリーちゃんと出来るだけ窓際に寄っておいて下さい。後、頭は低くして」
母親はアスモの指示通りに窓際に寄り、アシュリーを庇うように抱きかかえて頭を低くする。
そしていよいよニック達が座る席に男達がやってきた。
「さあ、お前らの番だ!さっさとしろ!」
「わ、分かりましたから奥様達には手を出さないで下さいまし!」
アスモは自分の格好を利用して、怯えるメイドになりきっていている。ニックは下手な子芝居をするのが面倒なのか、いつも通りのふてぶてしい態度だが。
アスモは胸の谷間の手を入れ、財布を半分だけ出すと、豊満な胸を強調しながら上目遣いで男を誘う。
「申し訳ありません、財布がひっ掛かってしまったので取っていただけませんか?」
単純な色仕掛けに嵌った袋を持った男は、下卑た笑みを浮かべながら財布を取ろうと下心をたっぷり込めて手を伸ばす。
アスモはこの瞬間を待ってましたとばかりにその油断しきった手を掴んで思い切り引っ張る。元々財布を取る為、前屈みになっていて体の重心が前に寄っていた男は簡単に大勢を崩した。
体勢が崩れて無防備な顔面に、アスモの拳がめり込む。男は殴られた勢いで今度は後ろに重心を崩し、反対側の席の足元に倒れこんだ。
麻袋を持った男とは反対側を向いて乗客達が抵抗してこないよう監視していた男は、相棒が床に後頭部を打ち付けた音に反応して振り返る。
だが、そこには相棒の代わりに、アスモが麻袋を持った男を殴り飛ばした瞬間に素早く席から抜け出したニックが立っていた。
男は慌ててマイアワンドを構えようとするが、それよりも早くニックが股間を蹴り上げる。
急所に食らった一撃のあまりの激痛にワンドを落として膝から通路に男は崩れ落ち、青い顔をしながら股間を抑えて悶絶してのたうち回る。ニックは落ちているワンドを蹴り飛ばし、男から離す。これでもう反撃をすることは無理だろう。
強盗が取り押さえられ、恐怖から解放された乗客達から2人に歓声の声が上がる。ただ、一部始終を見ていた男性客達は自分が蹴られた訳でも無いのに股間を押さえてはいるが。
ニックは、強盗達が回復する前に身動きが取れないよう拘束しようとする。ただ、まさかこんな事になるとは思ってもみなかったので何の用意もない。
ショックウィップを縄代わりにすれば一人ぐらいは拘束できるが、ある意味相手に武器を渡すことになるのであまり良い案とは言えない。
かと言って車掌に聞けば何か使えるものもあるかもしれないが、まだ通路で伸びてしまっているので聞くに聞けない。
顎に手を当てどうしたものかと悩んでいると、ふとアスモがいつも胸の谷間から色々と出してくることを思い出す。まさかとは思いつつ、ダメ元で何かないか聞くことにした。
「アスモ、手足を縛るもん何かないか?」
「お任せ下さい、ロープは常備してますから」
アスモはまた胸の谷間からスルスルと手品のように手足を縛るのにちょうど良い長さのロープを2本取り出した。
「持ってないか聞いといてあれだがお前の谷間はどうなってんだよ」
「ウフフフ、女性の胸の谷間は神秘の空間ですからね。まだまだ色々と入ってますわよ」
何が入っているのか、そもそもどういう理論で明らかに谷間の容量を超えた物がでてくるのかさっぱり理解できないニックは、ツッコむだけ無駄だと判断して、痛みのあまり股間を抑えて気を失ってしまった男の手足を縛り上げる。
アスモも折れた鼻から血を流して気絶している男を縛り始める。
「アスモ、そっちは終わったか……何でそんなに面倒くさそうな縛り方してんだよ」
手足を縛っただけのニックに対して、アスモは男を亀甲縛りで縛り上げていた。
「すみません、縛ってたら楽しくなってきてしまって」
縛ることが楽しいとは意味が分からないとでも言いたげな溜息を吐き出したニックに、乗客達に手当てをされて意識を取り戻した車掌が話しかけてくる。
「強盗達を捕まえて頂きありがとうございます!お二人は警察の方なんですか?」
「いいや、俺達はワーカーだよ。新米だが腕の良いな」
二人は縛り終えた強盗達を、通路に転がしておく訳にもいかないのでとりあえず彼らが元々座っていた席に車掌に手伝わせて運んだ。後のことは車掌に任せて、一仕事終えた二人は自分達の席に戻った。
「アシュリー、もう目を開けていいぞ。よく頑張ったな」
ニックがアシュリーの頭を撫でながら目を開けるように言うと、泣きはらした顔を笑顔に変えてニックに勢いよく抱き着く。
「キャンディのおねえちゃん、ありがとう」
幼気な少女の笑顔に、思わずつられて優しい笑みを浮かべる。
「あら、ニックさんもそんな顔が出来ましたのね」
うるさいと言いながらも、ニックは自分にあるとは思っていなかった父性が溢れ出しているせいで、一瞬怒った顔をしたがすぐに笑顔になってしまっている。いや、今は体は女なので母性というべきか。
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