第六話 パーティー潜入計画ー⑤

 時刻は夕刻、ドレスを買ってこれ以上やることもない、寧ろこれ以上は耐え切れないとばかりにニックはアスモに今日は帰ろうと提案する。


 するとアスモは自分のドレスと靴をニックに預けると、まだ買うものがあるので先にワーカーズホリデーに戻るように言ってどこかに消えてしまった。


 何度かのバスの乗車経験とアスモにバスの路線図の見方を教わっていたおかげでニックは迷うことなくワーカーズホリデーに戻ることが出来た。


 連泊でとっている部屋でアスモを待つが、一向に帰ってくる気配が無い。時間的にも夕食を食べに行きたい頃合いになってきたのだが、アスモを置いて一人で食事をするのも気が引けたニックは暴れる腹の虫を宥めすかして待つことにした。


 その後、結局アスモが戻ったのは日がどっぷりと暮れてからだった。


「遅くなってすみませんした。食事に行きましょうか」


 戻ってきたアスモは小さな紙袋を抱えており、ニックが紙袋の中身を聞くが、時が来れば分かるとだけアスモは言い、中身を教えることは無かった。


 ニックも今日のドレス選び疲れていたこともあり、あまり深く追及することはしなかったのだが、後日このことを深く後悔することになる。


 食事を済ませて部屋に戻った二人は、ニックが眠りたがったのでいつもより早くに就寝することにした。


 深夜、アスモがゆらりとベッドから起きだすと、ニックに近づいていく。


 いつもなら衝動のまま、ダイナミックに襲うのでニックは直ぐに気づいて反撃するのだが、今日に限っては音も無く忍び寄る暗殺者の様にニックに近づくと、アスモは襲うのでなく荒くなる呼吸を必死に殺し、ただただニックの寝顔を観察し始める。


 まるで何かのシミュレーションをするかのように。流石のニックもドレス選びで疲れていたせいもあり、気づくことなく眠っていた。


 そうしてアスモの情熱的な寝顔観察は明け方まで続いた。


 翌朝、一晩隣で寝ていたアスモが襲ってこなかったことに違和感を覚えつつも起床したニックは、いつもなら簀巻きで自分よりも早く起きているアスモがまだ眠っているようなので起こすため、布団を剥ぎ取る。


 すると、寝坊した筈なのに何故か目の下に隈を作ったアスモと目が合った。


「何だ、起きてんじゃないか。その様子だと昨夜は眠れなかったのか?」


「ええ、素敵な事を考えていたら眠れなくなってしまいまして」


 色濃い隈の全裸の女が小さく笑うのは中々ホラーめいており、ニックは少し背筋が寒くなる。


「もう少し寝てたらどうだ。俺は先に朝食を済ませてくるから」


 あまりの不気味さに何故か優しくなったニックは布団を戻し、さっさと着替えるとアスモを置いて朝食を食べに行った。


 朝食をゆっくりと食べ、レストランに置いてあった新聞を読みながらコーヒーを飲んでいると、多少寝むれたのか、隈が消えていつも通りに戻ったアスモが起きてきた。


「改めておはようございます。お見苦しいところを見せてしまってすいませんでした」


「お前の見苦しいところはもう散々見てきたから今更気になんかするかよ。それよりさっさと朝飯済ませろよ」


 ニックに言われた通りアスモは手早く朝食を済ませた。

 パーティーが開かれるのは明日。潜入に必要な物の用意も済み、情報も自分達で集めらる分は集め切った。なので今日は正直2人はやる事が無い。


 そこで今日は一日ゆっくりとして明日に向けて英気を養おうということになったのだが、その前にギルドにだけは行く事にした。


 先日ギルドを訪れた時は依頼主であるロットンからの完了の報告がまだだったので、報酬を受け取れていないからだ。


「何も明日大仕事しないといけねえってのに今日行かないとダメなのか?」


「ドレスを買って財布がすっからかんになってしまったので報酬を受け取りに行かないと今晩の宿代も危ういんですよ」


 だったら無理に買わなくても良かったのではとニックは思ったが、既に買ってしまったのだからどうしようも無い。


 ドレスを着ないといけないという事実を思い出して憂鬱になるニックの反面、アスモはそれが楽しみらしく、ニコニコとしている。


 まさに気分は地獄と天国な2人はギルドに入ると珍しく空いており、すぐに受付で報酬を受け取る手続きを終えることができた。


「キャンディーのお姉ちゃん!」


 ニックの腰に背後から小さな子供が勢い良くタックルしてくる。小さい子供とはいえ、突撃してくるパワーは中々のもので、少しよろける。


「おー!アシュリーか!元気そうだな」


 タックルの主はアシュリーだった。母親のクレアが飛んできてニックに謝る。


「すみませんニックさん。アシュリーったらすっかりあなたに懐いたみたいでずっと会いたがっていたんです」


 子供が苦手なはずのニックだったが、アシュリーに懐かれた事で苦手意識は薄れたようで、むしろ今ではアシュリーに抱きつかれて顔がデレデレになっている。


 元々子供に苦手意識は無かったのが、男だった頃、懐かれるどころか子供に泣かれそうな風体をしていたのでそのせいで子供と接する事が無く、勝手に苦手意識を持ったのかもしれない。

 もしくは重度のロリコンを周囲に隠すためにあえて子供が苦手だと言っていた可能性もある。


 そう考え、一体どちらが正解なのかアスモが腕を組んで真剣に悩んでいると、アシュリーを肩車したニックが目の前で手を振ってくる。


「お前何を考え込んでるんだ。何か重要なことか?」


「ええ、とても重要ですわ。ニックさんが私に身体を許してくれないのはロリコンだからではないかということについてです」


 ニックは優しくアシュリーを床に下ろすと、後ろを向いて耳を塞ぐように言う。アシュリーが言う通りにした事を確認すると次はアスモに少し屈むように言う。

 そしてちょうど良い位置にきたアスモの頭を小脇に抱えると渾身の力で締め上げ始める。


「ちょちょっと!ニックさん!割れます!私の頭が割れてしまいますーーー!」


「うるせえ!そのドピンク色の頭かち割ってお前の性欲全部掻き出してやる!」


 メキメキと音が聞こえる気がする程頭を締め上げられたアスモは激痛のあまり脱力し、完全敗北を宣言をした事でようやく解放された。


「アシュリー、もう終わったから大丈夫だぞ。そういや今日は親娘で何しに来たんだ?」


「主人、昨日ここに泊まり込みで仕事をしていたみたいなので着替えとお弁当を持ってきたんです」


 ジョシュアは現在多忙を極めており、ほとんどまともに家に帰れていない。その原因は言わずもがな、グリーゴウ商会だ。


 商会が動きを潜めている今のうちにできる限りの手を打とうと各方面に働きかけているらしい。


 しかしその所為で支部長の業務が疎かになってしまい、仕事が溜まる一方になり、残務処理で家に帰ることが出来ないようだ。


 そんな夫を気遣ってお弁当と着替えを持ってきたという名目で、仕事中のジョシュアに愛娘を会わせるためにクレアは娘を連れてギルドに来ていた。


「私も手伝ったんだよ、お弁当!」


「偉いじゃねえか。偉い子にはキャンディーをプレゼントだ」


 孫を可愛がるお婆さん状態のニックは気付かなかった。

 自分の背後にいつの間にか、愛娘に気づいて貰えない悲しみと大事な娘をたぶらかす憎き相手への憤怒が入り混じった複雑な顔をするジョシュアがいたことに。


「こんにちわ、ニック君。君、どぶさらいの依頼受けてくれないかな」


 肩に手を置かれ、謎のプレッシャーをかけられるニックをクレアが助ける。


「アナタ!つまらないことをしないで下さい!ニックさんはアシュリーと遊んで下さっていただけです。それなのにアナタは支部長らしからぬ態度までとって。いい大人が子供じみた真似をして情けない」


 愛する妻に全力で怒られたジョシュアは先ほどまでと違ってあからさまにしょんぼりする。


 仕事続きの上に愛娘は奪われ、愛する妻には怒られる。ジョシュアからすれば踏んだり蹴ったりだ。


 ニックに親の心など分かりはしないが、可哀そうになるくらいしょんぼりしたジョシュアを見るとこのままアシュリーを独占しているのは悪い気がしてきた。


「まあまあ、あんまり叱ってやるなよ。俺達今日はこないだこなした依頼の報酬を受け取りに来ただけだしそろそろ行くからよ」


 まだ遊んでほしそうに抱き着いてくるアシュリーをはがしてジョシュアに渡す。


「また今度遊んでやるからな。それより今日は届け物があって来たんじゃないのか」


 ニックに言われて思い出したアシュリーは母親と一緒に着替えと弁当を渡す。受け取ったジョシュアはさっきまでとはうって変わって満面の笑みになっている。


「俺もカタギだったらあんな幸せを掴めたのか……」


 誰にも聞こえない小さな声でニックはぽつりとつぶやいた。


「何か言いましたか?」


「何でもねえよ。ほら、さっさと行くぞ」


 一家団欒の微笑ましい光景を背にニックとアスモはギルドを出ていった。

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