第六話 パーティー潜入計画ー⑥
歓楽区のホテルの一室、そこにニックとアスモはいた。
作戦上、マモンの屋敷から遠く、ギルドに動きが筒抜けになる為、定宿としているワーカーズホリデーを拠点として使うことが出来なかったからだ。
その為、別の拠点を探していたアスモがマモンの屋敷に徒歩でさほど時間がかからずに行ける場所にあるこのホテルを見つけ、部屋を取ったという訳だ。
そして今日はいよいよパーティー当日である。昨日一日たっぷりと英気を養った二人の体調は万全だ。
「さて、ニックさん。昨日受け取った報酬ですが今日の宿泊費でほとんど消えます。だからもし、今日負傷したりしても治療費はありませんし、何ならその状態で依頼をこなして一稼ぎしないといけない状況になるかもしれないの注意してくださいね」
銃の整備に勤しんでいたニックの手が止まり、ゆっくりと家計簿付けるアスモに向く。
「ここ、えらく豪華だとは思っていたがそんなに高いのか」
「ええ、ワーカーズホリデーの20倍はします」
金の無いはずのニック達が何故そんな超高級ホテルに泊まっているのかというと、ミリオネアストリートに近いホテルは全てそうだからだ。
ミリオネアストリートはそもそも超が付くほどの大金持ちしか住んでいない。従って、そんな彼らがパーティー開こうものなら、招待された客の多くもセレブや各界の著名人ばかりだ。
ミリオネアストリートに近いホテルはそんな人間を相手に商売をしているので、自然と富裕層向けのサービスと価格帯になってしまっている。
ほとんどその日暮らしに近いニック達では、普段なら泊まるどころか近づくことも無いだろう。
「……マモンを狩りに行くのは止めて一晩ここでゆっくりしちゃダメか?」
「気持ちは分かりますけど、それでは本末転倒ですわ」
諦めきれなさそうなニックをしり目に再びアスモは家計簿とにらめっこする。これから決戦だと言うのに緊張感の無い二人である。
ニックは銃の整備を終えてひと眠りしようかとベッドに行こうとするとアスモに止められた。
「寝てる時間なんてありませんわよニックさん。そろそろ用意しないと」
「用意ってまだ早いだろ。ゆっくりさせろよ」
マモンの家の周りで聞き込みをした時、スネルスから得られなかったパーティーが始まる時刻についての情報を住人から二人は得ていた。
住人によると、いつもパーティーは午後5時ごろから受付が始まり、6時には本格的に始まるようだ。
「男性の時だったらともかく今はニックさんは女性ですよ。レディの準備に時間がかかるのはニックさんだって身をもって知っているんじゃないですか?」
確かにそういう経験は多々ある。正直いつも何をそんなに時間をかけているのか理解しているわけでは無いが。
「とにかくまずはシャワーを浴びてきてください」
バスタオルとバスローブを持たされたニックは、高級ホテルなだけあって部屋にあるシャワールームに押し込まれる。
ふかふかそうなベッドでひと眠りしたかったニックは、渋々言われた通りにシャワーを浴びた。
バスローブを着て部屋から出ると、アスモが嬉しそうにニックのドレスを持っている。
ニックの目からはたちまち生気をが失われた。全てを諦めた顔になったニックは素直にアスモに身をゆだね、着替えさせられた。
着替えが終わると今度はアスモはドレッサーの前に移動して椅子を引いて手招きしている。呼ばれるがまま椅子にニックが座るとアスモは鼻歌交じりにニックの髪を弄り始めた。
「人の髪なんか弄繰り回して何がしたいんだお前」
「パーティーに合った髪型にアレンジするんです。いつものボサボサヘアで行く訳にはいかないでしょう」
確かに男でも髪は整える物だしそれもそうかとニックは納得する。アスモは無抵抗なニックの髪を左右から簡単な編み込みをしてハーフアップに纏めると、懐に隠し持っていたリボン型のバレッタで止めた。
直ぐにニックが抵抗するかと思いアスモは身構えるが、意外にもニックは抵抗してこなかった。
「あら、ニックさん案外リボンとかお好きだったんですか?」
「そういう訳じゃねえが、今更それぐらいでもう抵抗しねえよ」
ドレスを着せられたことで完全にニックの抵抗しようという意思は折れてしまったらしい。
アスモはそのことに心の中でガッツポーズをする。なにせこれからすることはかなりの抵抗が予想されていたからだ。
「じゃあ次はお顔の方もやっていきますわよ」
顔に一体何をするのかニックは分からなかったが、アスモがかぎ爪の如く手の指の間にメイク道具を挟んでいるのを鏡越しに見たニックは全てを理解し、椅子から立ち上がって逃亡しようとする。
だが、それには一歩遅かった。アスモに両肩をがっちりと抑え込まれ椅子から立ち上がることは叶わなかった。
「ちょっと待て!頼むからそれだけは勘弁してくれ!別に化粧なんてしなくてもいいだろう!」
「いくらニックさんの見た目がまだ大人とは言えないとはいえ、同じくらいの年代の子なら絶対にメイクをしていますわ。これも目立たないようする為、諦めて下さいな」
流石にこれには納得がいかないらしく、必死に椅子から立ち上がろうとする。そんなニックにアスモは必殺の一言を耳元で呟く。
「ニックさん、マ・ガ・ン、使った方がよろしいでしょうか?」
もはや魔眼という言葉だけで全てを悟るようになってしまったニックは、魔眼を使われたわけでもないのに大人しくなり、素直にメイクをされた。
「はい、ニックさん。終わりましたわよ。目を開けて鏡で見てみてください」
ニックが目を開けると、この一月で見慣れた自分の顔が別人の様になっていた。
鋭い目つきだった目ははいつもより少し大きくなり可愛らしい印象を与えるものに変わり、少し荒れていた唇はプルプルとした印象を与えるピンク色になっていた。
「これが俺の顔なのか!お前魔法でも使ったのか?」
「ウフフフフ、これがメイクの力なのですわ。次は自分の用意をするので向こうの椅子に座って待っていて下さい。絶対にベッドに横になったり大口開けて何か食べたりしないで下さいね。髪とメイクが崩れますから」
まだ衝撃的な自分の変わりように驚いているらしく、素直にニックは従った。それからしばらくしてようやくニックが放心状態から回復した時、タイミング良くアスモの身支度も終わった。
アスモはいつもポニーテールでまとめている髪を下ろし、メイクもいつもより派手にしてドレスに負けない様にしている。ドレスのサイズはぴったりのハズなのだが、胸だけが少し合っていないようで多少こぼれそうになっているのはご愛敬だ。
「どうですかニックさん、似合ってますか?」
いつもに変態行動のせいで忘れがちだが、こうして着飾るとアスモがとんでも無く美人だということ改めてニックは再確認した。
「良いんじゃねえか」
しかし素直に認めるのは癪に触るらしく、わざとぶっきらぼうに答える。
「ウフフ、ありがとうございます。さて、いざパーティーに出陣と参りましょうか」
その前に、とアスモは机の上に置いてあったニックの銃が収まっているガンベルトとショックウィップを取ると、あろうことか胸の谷間に入れてしまった。
衝撃のあまりニックは固まるがすぐに絶叫を上げた。
「お前何やってんだよ!そんなところに入れたら銃が暴発したらお前死ぬぞ!」
万が一、何かの拍子に銃が暴発したらアスモの胸に風穴が開くことになる。ニックが語気を荒げるのも当然だ。
「大丈夫ですわ。私の谷間に保存された物は常にベストな状態で保たれるので暴発なんてしませんわ。例えば生の魚を入れておけば腐ることなくいつでもどこでも新鮮な状態で取り出すことが出来ますし」
理解が追い付かないニックは、とりあえず暴発の心配はないということだけ理解することにした。
「それでは今度こそ、マモン狩りに出陣いたしましょう!」
部屋を出て意気揚々とピンヒールを鳴らして歩くアスモを履いたことの無いパンプスのせいでおかしな歩き方をしているニックが追いかける。
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