第七話 強欲のマモンー①

 事前のシミュレーションではニック達が部屋を取ったホテルからマモンの屋敷までは10分程で着くはずだったのだが、パンプスに慣れないニックの足取りが遅いせいで結局20分程かけてマモンの屋敷に着いた。


「なあ、これ脱いじゃダメか?足が滅茶苦茶痛いんだが」


「我慢してください。裸足でパーティーに来る人間なんていないんですから」


 仕方なくアスモに言われた通りに我慢することにするが、いざ戦闘になったらすぐにこんな物、脱ぎ捨ててやるとニックは心の中で呟く。


「そんなことよりニックさんが遅いせいでもう受付が始まっていますわ」


 当初の計画では他の招待客が来る前に一番乗りで受付を済ませる予定だった。受付の人間を洗脳したとしても順番待ちをしている後ろの招待客に招待状を渡さずに中に入ったところを見られれば怪しまれる可能性があるからだ。


 しかし受付にはすでに招待客が列をなしており、計画を変更するしかない。そこで二人はパーティーが始まるまで辺りを見て観光している客を装い受付を監視し、人がいなくなった瞬間を狙って入り込むことにした。


 最初は直ぐに列が無くなるだろうと高を括っていた二人だったが、その考えは甘かったようで、かなりの数の人間が招待されているのか、なかなか列は無くならず、それどころか列は伸びていた。


 結局パーティーの始まる時間が近づいてきてしまったので、仕方なく二人は自分達が最後尾である事を願って列に並ぶことにした。


「これ俺達が最後尾だとしても受付が招待客のリストの名前を来た人間から消していってたらアウトじゃねえか」


「そこはもう祈るしかありませんわね。最悪私の色気で誤魔化すということで」


 冗談なのか本気なのか分からないアスモを放っておいてニックは身構えながら人が減っていく列を進む。


 いよいよ二人の番になった。ニックの危惧は杞憂に終わり、幸運にもその場で追い返されることは無かった。


 実は受付の人間はきちんとリストにチェックを付け、招待客を把握していたので自分達がリストで把握している分の招待客がすでに会場入りしたことは分かっていた。


 しかし、パーティーのスタッフの雇い主たるマモンは気まぐれに招待状を気に入った人間に渡すことが多々あり、リストに載っていない招待客がやってくることは珍しく無い事だっだ。


 その為、受付の担当はまた雇い主が急に招待した客だと思い、二人追い返さなかったのだ。


「ようこそおいで下さいました。失礼ですが招待状を拝見してもよろしいでしょうか?」


 招待状を求められたアスモは小さなハンドバックから招待状を取り出すふりをして受付の男を深紅に輝く瞳の虜にする。


「招待状はお見せしましたのでもう入ってもよろしいでしょうか」


「はい、結構です。どうぞお楽しみい下さい」


 パーティー潜入計画第一段階クリアである。


 受付の男に案内されて屋敷の中に通された二人は屋敷の構造に驚く。屋敷というくらいなのだから普通は人間が生活するための場所のはずなのだが、マモンの屋敷は普通とは違ったからだ。


 玄関から入ってすぐの大部分がパーティーホールになっていたのだ。ホールの左右に扉があり、そこからウェイターがドリンクやら料理やらを運び込んでいるので、ホール以外の部屋はキッチンやスタッフの控室、備品を入れておく倉庫代わりにでもしているのだろう。


 さらには屋敷の高さから二階建てを予想していたのだが、天井が高いだけであって吹き抜けの一階建てだった。


「これはあれだな、滅多に屋敷の帰ってこないんじゃなくて、そもそもここは住むための屋敷じゃないってことだったんだな」


「そのようですわね。パーティーをする為だけに建てたといったところでしょうか」


 二人が小声で話しているとウェイターがドリンクをもってやってきた。アスモは酒を、ニックはジュースを取ると再び会場内を観察し始める。


「多分だがこの国じゃ有名な人間ばっか集まってんだよな」


「ええ、新聞や雑誌で見たような顔がごろごろいますわ」


 招待客は皆高級そうなドレスやスーツに身を包み、庶民がどれだけ働けば買えるか分からない額であろう宝飾品を身に着けている。


 それもその筈で、今人気急上昇中の政治家に老舗輸入商の若社長、さらには新進気鋭のアーティストなど、ニックが分からないだけで各界の有名人が相当数集まっているからだ。


 二人は出来るだけ怪しまれない様にパーティーの主催者であるはずのマモンらしき人物を探すが、それらしき人物はいない。


 二人が一通り会場を見終わったタイミングで会場の入り口が大きく開き、ド派手な金色の髪吹雪と共に本日の主役が入ってきた。


 艶やかなブロンドヘアを腰まで伸ばし、背中と胸を惜しげも無く見せる金色の大胆なドレスを着た女。身に着けた装飾品の派手さに負けない美貌を持つ彼女こそがグリーゴウ商会社長であり、地獄から逃げ出した大罪が一体、強欲のマモンである。


「こんばんは皆さん!私はこのパーティーの主催者でグリーゴウ商会社長マモンです、なんて事は皆様ご承知ですわね。改めまして今夜このようなパーティーを開かせて頂いたのは、各界を代表する著名人である皆様方にに親交を深めてもらい、よりこの国を発展させる為の役に立てて頂きたいからです。ついでにそのきっかけが私であり、そのことを感謝してグリーゴウ商会におこぼれを分けていただければ幸いでございます」


 マモンの冗談交じりの挨拶に会場がどっと沸くが、アスモは小声で冗談では無く本気で言っているとニックに耳打ちする。


 パーティーの主催者が登場したことで会場は一気に盛り上がり見せる。さらにその盛り上がりを煽るようにバンドによる音楽の演奏が始まり会場のボルテージは最高潮になる。


「これ、人気のない所に誘い出すなんて無理なんじゃないか」


 ニックは早くも計画を断念しようとする。ニックが言う通り、屋敷自体が会場の様になっているここでは、人気のない場所など無い。さらには主催者であるマモンは常に招待客に囲まれている為、どこかに連れ出すことなんてことも不可能だろう。


「これは撤退も視野に入れたほうがよさそうですわね。パーティー会場より移動中の彼女を捕まえて路地裏にでも連れ込んだ方が簡単そうでわ」


 アスモもグラスの酒で喉を潤しながら同意する。


「じゃあ俺がこんな格好してまでパーティーに潜り込んだ意味は無かったわけか」


 数々の辱めを受けながらもここまで来たのが無駄になったと、がっくりと肩を落としながら大きくため息を吐きだすニックをアスモが励ます。


「まあまあ、おいしい料理とお酒をタダで頂けるわけですし、そんなに落ち込まないで下さい」


「酒を飲めるのはお前だけだろうが」


 すっかりいじけてしまったニックをどうしたものかとアスモは頭を悩ます。しかし、そんな馬鹿なやり取りをしていたせいで二人は気づかなかった。パーティーの主役が近づいてきていることに。


「お二人共、どうかされましたか?手前どものパーティーを楽しんで頂けていないようですが」


 二人が振り返ると、屈強なボディーガードを引きつれたマモンが立っていた。


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