第七話 強欲のマモンー②

「いえ、そうでは無いんですの。この子、私の妹なのですがこういう場に初めて連れてきたら人に酔ってしまったみたいで」


「あら、そうでしたの。ウェイターに言って何か気分の良くなるものでも持ってこさせましょうか?」


 咄嗟にアスモが話をでっちあげる。どう見ても似ていないのに姉妹を名乗ったのは失敗したかと思い冷や汗をかくが、マモンは信じたようだ。


 だが、獲物が向こうから寄ってくるという折角のチャンスをこのままではウェイターを呼ばれるだけで逃してしまう。


 何が何でもこのチャンスを逃せないと考えたニックは、誇りと羞恥心かなぐり捨てた、究極の一手を打つ。


「お姉ちゃん、どっか人がいないとこ行きたーい」


 アスモのドレスを引っ張り、上目遣いで放った一言の威力は抜群だった。


 アスモは鼻血と崩れそうな顔面を周りに音が聞こえるほど歯を食いしばりながら耐え、話を合わせる。


「もう、いつもいつも我儘ばかり言わないでちょうだい。今日だってあなたが来たいって駄々をこねてお父様を困らせるから仕方なく連れてきたのよ」


 大きな騒ぎを起こすため、追い打ちをかけるように必死に鼻血を耐えるアスモと、少女のフリをやればやるほど心が死んでいくニックによる偽の姉妹喧嘩を始まった。


 主催者であるマモンに集まっていた視線が災いし、会場全体にざわめきが広がる。騒ぎに気を取られたバンドが演奏を止めたのも手伝い、盛り上がっていた会場の雰囲気が一気に冷めていった。


「もしよろしかったら私共自慢のギャラリーをご覧になりませんか?あそこでしたら人も居りませんし、防音になっていますので静かですわ」


 このままパーティーを台無しにされては敵わないと思ったのか、マモンは二人の思惑通りに人気の無い場所へ行くことを自ら提案した。


 マモンがスタッフを呼び寄せ指示をするとバンドがダンスナンバーを演奏し始め、招待客たちは踊りだし、二人に集まっていた視線は直ぐに霧散した。


 会場を見渡し、騒ぎが収まったことを確認したマモンは二人をパーティー会場となっている屋敷から連れ出す。


 向かった先は屋敷の外にある事前の調査で厳重に警備されていることが分かっていた倉庫だった。


 やはり、定期的に運び込まれる荷物というのは、マモンのコレクションだったらしい。


 倉庫の入り口には武装した警備員が立っており、マモンは警備員に人払いをして誰も近づけない様に指示をし、何重にも掛けられた鍵を開けさせる。


 扉もかなり頑丈に作られている様で、警備員が重そうに扉を開く。


 薄暗い倉庫に二人を先に通すと、警備員に何かを囁いたマモンも入り口のスイッチを押しながら入る。


「さあどうぞ!これが私共が大陸全土から収集した自慢の財宝と美術品です」


 一斉についた明かりに照らされた倉庫の中は、正に宝の山だった。


 壁は隙間なく絵画で覆われ、中央の一本道の赤いカーペットが敷かれた通路以外は全て物を置く場所としか考えていないのではいう程、所狭しと金貨や宝飾品、彫刻や壺などの美術品が乱雑に置かれている。


 まるで集めることに意味があり、その後は一切興味が無いのではと疑いたくなる程だ。


「こ、これはすごいですわね。乱雑な置き方はともかくとしてこの量は圧巻としか言えませんわ」


  流石にこの世界の美術品の価値は分からないが、宝石箱から溢れ出している宝飾品や、無造作に積まれている金貨だけでも、その日暮らしの稼ぎの二人を圧倒するには十分な量だ。


「ウフフフ、すごいでしょう私の集めたコレクション達は。商会で儲けたお金で大陸全土からかき集めたのよ」


 マモンは圧倒されている二人を余所に倉庫の最奥に置かれている宝石がこれでもかとちりばめられた黄金の玉座に座り、指を鳴らす。


 背後で扉の何重にも取り付けられている鍵が一斉に閉まる音を聞き、二人は一気に現実に引き戻される。


 マモンが警備員に自分が合図をしたら扉を閉めて倉庫から離れるように指示していたのだ。


「久しぶりねアスモデウス。まさか貴女自らこんなところにまで来るとは思わなかったわ」


「バレていましたか。流石は大罪の一体、と言ったところでしょうか」


「当たり前でしょう。そんな簡単な変装なんてその辺の人間でも見破るわよ」


 ニックのお前のせいで計画がダメになったと非難する視線を気にしない振りをして、アスモは正体がバレてしまっては意味がない伊達眼鏡をはずして谷間に入れる。


「そこのお嬢ちゃんはパーティー会場に潜り込むための小道具?だったら可哀そうねえ。ここで死ぬことになるのだから」


 お嬢ちゃん、その一言が瀕死のニックの中の何を弾けさせる。


「誰がお嬢ちゃんだクソ悪魔!俺はテメエを地獄に送り返す為に神のクソガキに雇われた男だ!」


 着たくも無いドレスを着せられ、メイクをされた上に幼気な少女の真似事までする羽目になった原因である敵に追い打ちの少女扱い。


 抑え込まれていた羞恥心と怒りがごちゃ混ぜになったマグマのような感情が心を滾らせ、瀕死だった心を蘇らせたのだ。


 少女の咆哮にぽかんとした表情でマモンは固まったが、やがて自分の中で納得のいく答えが出たのか今度は腹を抱えて笑い出した。


「アハハハハハ、なるほど、そういうこと。あのボウヤったら相変わらず酷い子ねえ、男から大事な象徴を取り上げて汚れ仕事をさせるなんて」


 少し勘違いしているようだが、マモンの洞察力は中々鋭いらしく、ニックのおおよその事情を見抜き、自分の敵と認識した。


 そしてマモンは目の前の敵を屠る為の武器を出すために玉座のひじ掛けにあるスイッチを押す。


 スイッチに連動して玉座の背後の壁が開くと、そこには大量の武器が収められていた。マイアワンドにフレアブレードと、この世界では一般的なものから、二人が見たことの無い武器や盾まである。


「私のコレクションは美術品や宝飾品だけじゃない。武器だって世界中から集めたのの」


 ドヤ顔をして二人の反応を見るマモンをニックが鼻で笑う。


「いくら武器を持っていても一人で扱える数は限られるだろ。正に宝の持ち腐れって奴だな」


 ニックに痛い所を疲れたはずなのに余裕の表情のマモンが指を鳴らす。


 すると背後の大量の武器たちがふわりと浮かび上がり、意志を持たぬ武器が放つはずの無い殺意を二人に向ける。


「これなら持ち腐れじゃないでしょ、お嬢ちゃん」


 敵に大量の武器を向けられているという危機的状況。本来ならば冷静に対応しなければならない場面だが、再びの少女扱いに顔を真っ赤にして怒り狂っている。


「だから誰がお嬢ちゃんだ!そもそもテメエらが地獄から逃げ出さなきゃ俺が女になることも無かったんだよ!アスモ!銃!」


 女にされたのは自分が原因なのでは、と口から出かかった言葉を飲み込み、アスモは代わりに谷間からガンベルトを吐き出し、ニックに渡す。


 受け取ったニックは素早く腰に巻くとそのままの勢いでホルスターから引き抜いた銃を撃つ。


 怒りに任せながらも正確な狙いでマモンの眉間に目掛けて真っ直ぐに飛ぶ弾は、甲高い金属音を立て、マモンが浮遊させていた盾に弾かれた。


「ざーんねん。次はこちらの番ね。私の攻撃はあなたみたいに地味じゃないわよ」


 浮遊する武器の中のワンド達が一斉に攻撃を開始する。魔力の塊の弾丸に火球、氷塊に稲妻までもが二人に襲いかかる。


 二人は左右に分かれて通路から離れ、柱とマモンのコレクションの山を盾にして身を隠す。

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