第六話 パーティー潜入計画ー④

 バスから降りてアスモに案内されてやってきたのは大きな服屋だった。


「何を買いに来たのかと思ったら服かよ。ようやくその痴女一歩手前のメイド服を脱ぐ気になったのか」


 アスモはニックと初めて会った時に娼館のクローゼットから失敬したメイド服を気に入っているようでずっと着ている。何ならどこから見つけてきたのか分からないが替えの服も全く同じものを持っている。

 一番最初来ていたボンテージよりはマシとはいえ、やはり露出が多く目立つメイド服を何度も替えるようにニックは言ったのだが、アスモは首を縦には振らず、いつしかニックも諦めたのか何も言わなくなっていた。

 そんなアスモが服屋に来たのでようやくまともな服を着る気になったのかとニックは喜ぶ。


「いいえ、そんな訳ないじゃないですか。もうこの服は私のトレードマークのようなものですから。あ、もちろんニックさんが私を召し上がるのに服が邪魔と言うのならいつでも脱ぎますわよ!」


 淡い期待を砕かれたニックは、腹いせにアスモの脛を蹴り砕く。


「ニ、ニックさん、今日は一段と威力がありますわね」


「何でかはそのでかい過ぎる胸に手を当てて考えやがれ」


 何はともあれ店の前でいつまでも漫才をしている訳にもいかないので二人は店内に入る。

 店内はメンズからレディース、赤ん坊用からお年寄り向けの物までありとあらゆる服が所せましに並んでいる。さらには鞄に靴まで置いてあり、ここに来れば全身一式コーディネート出来そうな品揃えだ。

 ニックがいくつか適当な服の値札を見るが、どれも安価で手が出しやすい価格帯だ。


「えらく安いがなんでなんだ?」


 ニックの当然の疑問にアスモはワーカーズホリデーでこの店を教えてくれた受付に聞いた話をする。

 安価で服や靴を売っているのにはこの店独自の仕入れ方法に秘密がある。その仕入れ方法というのが、他の店で扱っていたものの、人気がでなかったり流行が過ぎてしまって売れ残った商品をを格安で買い取るというものだ。

 買い取られる側は倉庫や店頭の邪魔になっているものを少しとはいえ現金に換えて処分ができ、買った側は仕入れが安い分安く販売することで販売数を伸ばして利益を上げるというお互いにウィンウィンな取引らしい。

 他にも客から買い取った古着も取り扱っており、いわばこの店は服達の最終処分場だ。


「他の店の売れ残りばっか集めても売れないんじゃないか」


「それが案外売れるようでこのお店結構人気らしいですわよ。やはり人間は安さには勝てないようですわね」


 確かにその通りなのだが、堕天使に人間を語られたくないとニックは思った。

 アスモは店内をキョロキョロと見回すと、お目当ての物を見つけたのかニックを引っ張っていく。

 引っ張られた先にニックを待っていたのはドレスコーナーだった。


「何だよ、お前のパーティー用のドレスを買いに来たのか。だったら俺は向こうで替えのシャツでも見てるから選び終わったら呼んでくれ」


 一気に興味を失ったニックは立ち去ろうとするが、アスモにがっちりと両肩を掴まれる。


「何を言っているんですか。あなたのドレスも選ぶんですよ」


 アスモの異様なまで吊り上がった口角にニックは戦慄する。アスモが以前この顔になった時、ニックは下着やで無理やり試着させられて買わされたり、服屋で着せ替え人形にされたりと本人的にはロクな目に合ってきていないのだ。


「ちょっと待て、パーティーなんだから正装するのは分かるが何で俺もドレス何だよ!スーツでいいだろスーツで!」


 今までのパターンだと、抵抗は無駄であり、この後口で丸め込まれて結局着せられるのは分かっていた。だが、今日こそは最悪の事態から逃れる為にニックは徹底抗戦の構えだ。


「ニックさん、今あなたは女性なんですからスーツでパーティーにでたら目立ってしまいます。郷に入っては郷に従え、ちゃんとその場に馴染む格好で目立たないようにしないといけませんわ」


「俺の平らな胸だったらバレねえよ!」


「でもしゃべれば一発でバレますわよ」


「見た目がガキみたいになってんだ、声変わりしてねえっていえば分からんさ。だから絶対にドレスは着ねえ!」


 いつも以上に抵抗するニックに業を煮やしたアスモは、これだけは使うまいと思っていた最終手段を使うことにする。


「それじゃあ選んで下さい。私の魔眼で洗脳されて好き放題に着せ替え人形にされた後、アナタに似合いそうなフリフリのドレスを買ってそれを自我が戻った状態でパーティーに着て行くか、それとも自分の意思で少しでもあなたが恥ずかしくないドレスを選ぶか、どっちがよろしいですか?」


「お前、いくら何でもそれはないだろ!そこまでして俺にドレスを着せたいのか!」


「もちろんです。ほらあそこ、アナタによく似合そうなドレスがありますわよ」


 アスモが指さす先にはフリルとリボンがこれでもかと付いたピンクのドレスがあった。それを見た瞬間、ニックの徹底抗戦の意思は音を立てて崩れた。


「わ、分かった。せめて自分で選ばせてくれ、後生だから」


 死んだ魚のような目で懇願するニックに、アスモは完全勝利を確信した。


「分かりましたわ。ではお好きなドレスを選んでください」


 ニックは必死になってドレスを選び始める。少しでも恥ずかしくない、そして万が一戦闘になった時少しでも動きやすいものは無いかと探す。

 小一時間かけてようやく選び抜いたのは、スカートの丈が膝くらいまでの飾り気の少ない薄いブルーのワンピースタイプのドレスだ。

 ニックとしてはもっと丈の長いものにして少しでも露出を抑えたかったのだが、戦闘になった場合のことを考えるとこれが限界だった。


「これならまだ我慢できる、はずだ」


 普通に戦うよりも神経をすり減らしたのか、ニックの顔はこの短時間で一気にやつれていた。


「まあいいでしょう。私としてはもっとフリフリのものを着てほしかったんですけどね。」


「それは本当に勘弁してくれ。お前も自分用のをさっさと選べよ」


 半分ドレスがトラウマになりかけているニックは一刻も早くドレスのコーナーから抜け出したいらしく、アスモを急かす。


「慌てないで下さい。もう自分の物は目星をつけていますから」


 そう言ってアスモは手に取ったのは胸元が大胆に空いた大胆に空いたボディーラインを強調するワインレッドのドレスと肘まである長手袋のセットだ。


「私の瞳の色と合わせてみたんですけどいかがですか?」


 ドレス選びで神経をすり減らし過ぎたニックは一言、良いんじゃないかと言い、さっさとドレスを会計に持って行こうとする。

 そんなあまりにも生気を失ってしまっているニックを見て、流石にアスモもやり過ぎたと反省するが、もう一つ残っているお楽しみを思い出し、またあり得ない角度で口角を上げる。

 ニックを追いかけて自分も会計に行こうとしてまだ買うべきものがある事を思い出し、ニックを呼び止める。そのまま最早魔眼を使われていないのにされるがままになっているニックを連れて靴のコーナーに行く。


「ドレスにいつものブーツという訳にはいきませんから靴も買わないといけませんわ」


「もういい、靴ぐらいならお前の好きに選んでくれ」


 フィッティング用の椅子に座り込むとニックは燃え尽きてしまった様にうなだれて固まってしまった。

 アスモとしては戦闘になる可能性が無いのならデザイン重視で選びたかったが、一応は戦闘をする予定なので、ドレス姿でも違和感のない範囲で動きやすそうな靴を選ぶ。

 ニック様に選んだのは並んでいる商品の中で一番ヒールの低いシルバーのパンプス、自分用のは黒のピンヒールにした。

 選んだものをニックに見せるが、また良いんじゃないかの一言で終わってしまった。

 ようやく会計を済ませ、店を出るとニックの顔には少し生気が戻っていた。

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