怠惰のベルフェゴール編
第1話 弾薬問題とドワーフ-①
「お待たせして申し訳ございませんでした。こちらが今回の依頼の報酬となっておりますのでお確かめ下さい」
タルゴーラム総支部の受付で、最近はすっかり有名になった背の高いナイスバディーな露出過多のメイドと、いつも棒付きキャンディーを咥えているその年齢には似つかわしくない眼光の鋭さと筋肉を合わせ持つ、ポンチョとハットがトレードマークの少女の凸凹コンビが依頼の報酬受け取っていた。
「いえいえ、お構いなく。グリーゴウ商会が潰れた混乱はまだまだ収まりそうにありませんわね」
タルゴーラム中の表と裏、両方の世界で派手に暴れ回っていたグリーゴウ商会の会長マモンの正体がニック達が追う大罪だった。
そこで二人がマモン主催のパーティーに潜入し、狩ったのが今から一月前。
その後、元々マモン一人の独裁状態で経営されていた商会は頭を失ったことで幹部たちによる醜い利権争いが起きて空中分解状態にとなった。
おまけにその幹部達はマモン程優秀な経営者では無かったようで、時間が経つにつれて経営状態は悪化の一途を辿り、その泥船から逃れようと内部告発の嵐が起きて商会から大量の逮捕者が出たことが止めとなり、遂には商会は潰れたのだった。
だが、商会は思ったよりも様々な所に根を張っていたらしく、政治家や富豪は汚職に脱税で、有名な舞台俳優や芸術家、ミュージシャンは商会が非合法に売っていた薬物使用等で芋づる式に逮捕者が続出した。
おかげでタルゴーラムの首都であるフリームは経済的にも社会的にも大きな打撃を受け、混乱の坩堝に落ちたのだった。
もちろんギルドも例外に漏れずその混乱に巻き込まれ、商会が潰れる前よりも忙しくなり大混乱、ギルド職員とワーカーの両方の深刻な人手不足に悩まされる事になった。
アスモとニックの二人も、以前支部長であるジョシュアに回してもらった割りの良い仕事をこなして懐を大いに潤したのだが、次にどの国に行くか中々決まらずにフリームに留まったせいでこの混乱に巻き込まれ、遠回しに追い出そうとしていたジョシュアにすら逆に引き留められてしまい、連日山の様にギルドに来る依頼処理に追われる羽目になってしまった。
この日も朝早くから依頼を複数こなした二人は、へとへとに疲れ果てながらワーカーズホリデーに向かって歩いていた。
「なあアスモ。俺達ってさっさと稼いでこの国からとんずらこくんじゃなかったっけか」
焦点の定まらない虚ろな目をしたニックが、懐から取り出した本日7本目のキャンディーを咥える。
「そのつもりだったんですけどねえ。まあこの忙しさは私たちがある意味元凶みたいなものですけど」
同じく疲労からか深紅の瞳がすっかり濁ってしまったアスモがため息を吐く。
「元凶ったってそもそも頭失ったぐらいで簡単に瓦解するグリーゴウ商会の野郎共が悪いだろ」
苛立ちをぶつけるかの様にニックはキャンディーをかみ砕き、8本目を懐から取り出そうとするのをアスモが止める。
「余り食べ過ぎると体に悪いですよ。さっさと夕食に行きましょう」
「酒も飲めねえ煙草も吸えねえ、おまけに飴もダメってやってらんねえな全く」
激務の上に流石に我慢をさせ過ぎたと判断したアスモは、ニックのメンタルケアの為に今夜の食事をワーカーズホリデーではなく、 以前依頼で助けた時に出された食事をニックが気に入り、それ以来時間や財布に余裕のある時に行くようになったロットンの店にアップグレードすることにした。
店に着き、テーブルに案内されたニックはテーブルに突っ伏す。
それを注意するアスモもきっちり座ろうとはしているが、いつもより座り方がだらしなくなってしまっている。
「私はビーフシチューのセットで」
「俺はいつものでな」
「はい、承りました。メニューをお下げしますね。」
依頼で会った時はおかしな目で見ていたウェイターのレックも、常連となった珍妙な格好のコンビにすっかり慣れたようで、注文を受けると厨房へと向かう。
「しかしこれからどうするよ。このままじゃいつまで経っても大罪探しが捗らないぞ」
忙しく依頼をこなす合間を縫って、新たな大罪を見つける為に情報収集を続けてきた二人だが、あまり成果は芳しくはない。
いくら商業が盛んで大陸中の情報が集まりやすいフリームでも、大罪が関わっていそうなおかしな事件の情報となると、なかなか手に入りづらく、入ったとしても多額の旅費を払ってまで確かめに行く程の信憑性が高いものには未だ巡り合えていないのが現状だ。
「それなんですけどニックさん。ここは発想を変えて大罪探しでは無く別の目的で次に行く国を決めませんか?」
「別の目的って言ってもなんかあるか?」
疲れと空腹で頭の回らないニックは子首を傾げながら考えるが、大罪のこと以外というと、抑圧され過ぎたせいで思いつくのは遊ぶことばかり。
「今日の依頼中に思ったんです。ドワーフの国に行けば弾薬をオーダーメイドで作ってもらうか、若しくは代用品を見つけられるかもしれません」
出会ったばかり頃に弾薬はこの世界では補給できないと言った本人の口から飛び出した言葉に、ニックは呆れて天井を仰ぐ。
「お前自分で火薬なんざとっくの昔に廃れて弾なんてこの世界じゃどこにも無いって言ったの忘れたのか」
「それはそうですが……」
気まずそうにしながらもアスモは、何故そんな事を思いついたのか語り始める。
今日の二人がこなした依頼の中にドワーフの国から帰ってきた輸入商の護衛があった。
グリーゴウ商会の一件のせいで、商会お抱えの傭兵や不良集団が職を失い、金銭を求めて犯罪行為に手を染めているせいでフリームでは強盗や物取りが横行してる。
おかげで高額な商品や現金の輸送には護衛を雇う事が必須の条件となっており、その輸入商もドワーフの職人から新作の時計等の高価な商品を仕入れてきたらしく、ギルドに護衛の依頼してきたのだ。
護衛の依頼自体は無事に何事も無く終わったのだが、美人なアスモが隣で護衛してくれたことに舞い上がった輸入商が、護衛中ずっと聞いてもいないのにペラペラと行ったばかりのドワーフの国についてしゃべり続けた。
「それでピンと来たんです。様々な技術の先進国であるドワーフの国に行けば弾薬問題を解決できるのではと」
ニックとしてもショックウィップ一本では、ギルドの依頼をこなすには困らないが、大罪を相手取るにはやはり銃が必須な事はこの前のマモンとの戦いで痛感しており、弾薬の補給は死活問題だとは思っていた。
だが、これまで集めた情報と一緒で、ドワーフの国に行けば弾薬を補給できるかどうかは行かなければ分からない。
アスモの思い付きで行動していいものか、ニックは悩む。
「お待たせしました。ビーフシチューのセットとニックスペシャルです」
空腹のニックはとりあえず結論を後回しにして、目の前に置かれた通常サイズの3倍の大きさの特大オムライスの上にフライドチキンとエビフライにハンバーグ、止めのステーキが乗ったニック専用の大盛り裏メニューである通称ニックスペシャルに飛びつく。
「これは食べ終わるまで結論は聞けそうにありませんね」
ニックの返答を待っていたアスモは、子供の様に食事に夢中な相棒に呆れながら、自分も肉がスプーンでも切れるくらいよく煮込まれたビーフシチューを口に運ぶ。
ニック同様にすきっ腹だったアスモも、食事に夢中になり、二人の会話はここで完全に途切れてしまった。
結局ニックがアスモの提案に答えを出したのは、どう見ても少女一人が食べ切れる量に思えないニックスペシャルがニックの胃に消えていくのを見て驚く周りを気にもせずに食事を終え、しっかりとデザートまで平らげた後だった。
「アスモ、お前の思い付きに乗ってやる。このままここで馬車馬みたいに働かされるのもごめんだしな」
「分かりました。では明日から早速準備を始めましょうか」
ようやく返答が帰ってきたアスモは、明日からの仕事とはまた別の忙しさに思いをはせながら食後の紅茶を楽しみ始めるのだった。
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