第1話 弾薬問題とドワーフ-②
美味しい料理で腹を満たし、大いに英気を養ったアスモとニックは、翌日から別れて行動を開始した。
アスモはドワーフの国への渡航手段を調べ、旅券の手配や長旅に必要なものを揃えるためにフリーム中を奔走した。
一方のニックはこれまで通りにギルドに通い、依頼をこなして追加の資金集めにせいを出していた。
本当のところは面倒な調べものから逃げたかっただけというのはアスモには秘密だ。
「待ちやがれ!クソガキ共!」
そんな彼は今、観光客相手にひったくりを働いていた二人組の不良を追い、裏通りを疾走している。
ニックが今回受けた依頼の内容は、外国から来た商人がひったくられた鞄を取り戻すことだった。
窃盗ならば普通は警察の管轄なのだが、どうしても今日中に必要な書類が鞄に入っており、グリーゴウ商会の一件で大混乱の警察に任せていたら解決がいつになるかわからないと商人がギルドに依頼してきた。
しかし幾らなんでも依頼達成までの猶予が短すぎると、どのワーカーもこの依頼を受けようとしなかった。
そんなところに偶然ギルドに顔を出した、すっかり面倒な依頼担当で顔を覚えられているニックに受付嬢が泣きついてきたのだ。
ニックとて受付嬢から事情を聞いて、面倒だと思い依頼を受ける気はしなかった。
しかし泣きつくついでに受付嬢からすれば女性同士だからだと抱きついてきて当たった豊満なバストに判断を狂わされ、思わず依頼を受けてしまったのだ。
受けた以上は仕方がないと渋々依頼をこなす事にしたニックは街へと繰り出した。
街に警察の目が行き届いていない今は犯罪者たちにとっては正に稼ぎ時という好機。
こんな美味しい時を逃す筈はない、というか以前の自分なら間違いなく荒稼ぎする。
だから依頼主の鞄をひったくった犯人も再び犯行に及ぶと踏んだニックは、依頼人が被害にあった通りを中心に犯人を捜すことにした。
そしてニックの予想通りに犯人である二人組の不良が老人からバックをひったくりを行う現場に遭遇し、追いかけっこが始まったのだ。
過去に金目当てで武装した賞金首を追っていたこともある彼にとって不良二人を捕まえるなど大したことではないはずだったのだが、要り組んだ街中での追いかけっこは土地勘のある方が有利らしく中々捕らえることが出来ない。
「追い詰めたぞクソガキ共!変な気起こさずに大人しくしろ」
長い逃走劇の末、ニックは袋小路に不良達を追い込んだ。
「バーカ、俺たちは追い詰められたんじゃねえ、誘い込んだんだ。おい!ビックマン!仕事だ!」
不良の声に応じて袋小路の入り口に身長2メートル近くある大男がのっそりと現れる。
「おいおい、仕事ってこんな小さな子の相手をしろというのか。これくらい自分等で何とか出来るだろ」
「うるせえ!用心棒代は払ってんだから仕事しろよ!」
人の頭の上で言い争われることに若干イラつきつつもニックは冷静に状況を分析する。
追っていた二人に関しては足は速いが、見るからに喧嘩慣れしていなさそうな不良もどきで、自分にとっては敵ではない。
だが後ろの大男はそうはいかない。ただの大男ならば問題は無いが、用心棒を生業としているだけあって服の下から盛り上がり、激しく主張している筋肉と拳の殴りだこがその実力の高さを表している。
「お嬢さん、今なら見逃してあげよう。私に幼気な少女に拳を振るう趣味は無いからね」
ニックの正体を知らない大男は目の前の少女に紳士的な提案をしたつもりだったのだが、それがニックの怒りの引き金を引いてしまった。
「誰がお嬢さんだとぉ!テメエの目玉はガラス玉かーーー!」
頭に血が上り、顔を真っ赤にしたニックという弾丸は真っ直ぐにビッグマンに向かって発射された。
「おやおや、やんちゃなお嬢さんだ。少し遊んであげよう」
ニックは走りながら身を屈めて全身のバネを使い、指を鳴らして拳を構えたビッグマンの腹目掛けて飛び蹴りをお見舞いしようとする。
だが、ニックの足は腹にめり込む前にビッグマンの屈強な手に捕まってしまい、そのまま片手で持ち上げられて宙づり状態にされてしまった。
「足癖が悪いのはあまり感心しないね。女の子はもっとお淑やかであるべきだ」
「うるせえ!俺は手癖足癖両方悪いんだよ!」
宙づりになりながらも逃げだそうと喚き散らしながら暴れるニックを煩わしく思い始めたのか、紳士的な口調ながらも足を握るビッグマンの手に力が入る。
体格に見合った握力で握れた足からはミシミシと嫌な音が鳴り始め、ニックの顔が苦痛に歪む。
「おい!離さないとお前のその馬鹿でけえ肩ロース焼いて食ってやる!」
「おお、それは怖いな。離すから食べないでおくれ」
離すどころから腕をを大きく振りかぶったビックマンは、道の脇に積み上げられていた朽ちかけた木箱の山に向かってニックを投げた。
長い間放置されていたのか、ニックがぶつかった拍子に崩れた木箱の山から大量の砂や埃が舞い上がり、不良達は激しく咳き込む。
「ガキ相手にやり過ぎだビッグマン!流石に殺しは今のサツでも本気で動くぞ!」
自分たちの想定以上の状況になり、パニックになって詰め寄ってきた不良達を宥めるようにビックマンは、服についた埃を払いながら崩れた木箱の山からふらふらと這い出てきたニックを指さす。
「ほら見てみろ。人間は案外丈夫に出来ているのさ」
「馬鹿言うな、俺が特別丈夫なだけでその辺のガキなら死んでたぞ」
頭から血を流し、埃と砂に塗れながらも闘志を失わずに鋭い眼光を向けてきたニックに得体の知れない恐怖を感じた不良達は、思わずビックマンの背後に隠れる。
「それは失礼した。君ぐらいの年齢の子と闘うのは初めてでね、加減が分からないんだ」
ビックマンは謝りながらも薄ら笑いを浮かべている。
目の前の少女が久方ぶりに戦うに値する相手だと分かり、興奮が抑えきれないのだ。
「気にすんな。お陰で頭に上った血が抜けてスッキリしたからな」
シャツの袖で乱暴に血を拭ったニックはウェスタンハットとポンチョを脱ぎ捨て、ガンベルトまで外して拳を構える。
互いにファイティングポーズを取った二人の視線がぶつかり合って激しく火花を散らす。
再び先に動いたのはニックだった。
体勢を低くしながら自分に向かって走ってくる少女に、バカの一つ覚えでまた飛び蹴りでもしてくるのかと拍子抜けしたビッグマンの心に一瞬の油断が生まれた。
ニックはその隙を見逃さず、飛び蹴りをするとフェイントをかけ、油断から見事に引っかかったビッグマンの股下に滑り込む。
「なんだお前、体の割にこっちは小せえんだな」
股下からの声に腹を守ろうと防御した手を退けると、ビッグマンは次にニックがやろうとしていることを悟り、一気に青ざめる。
少女の細いながらも筋肉質な手が男最大の弱点に置かれていたからだ。
「ビッグマン、いやスモールマンか。未来の子孫にさよなら言いな!」
ニックには今は無い大事な相棒を握られたビッグマンはさよならの代わりに、近くにいたニックと不良達の鼓膜が破れそうになるほどの絶叫を上げた。
「うるっせえ!静かにしろ!」
膝から崩れ落ち、苦悶の表情で絶叫し続けるビッグマンの頭に無慈悲なニックの踵落としが決まり、静かになった。
「次はテメエらの番だ。どう料理してやろうか」
握っては開いてを繰り返すニックの手を見た不良達は戦意どころか逃げる気力も失ってしまったのか、股間を押さえながら青い顔をして震えながら地面にへたり込んでしまった。
決着が着き、落ち着いてボロボロになった自分の状態を把握したニックは大きく溜息を吐いた。
「ああ、クソ!おっぱいになんか釣られるんじゃなかった」
埃を払ってウェスタンハットを被り直したニックは、一服代わりの棒付きキャンディを口に咥えると、冷えた頭でどう不良達を警察署まで連れて行くか悩むのだった。
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