第三話 新たな武器ー①
ニックは窓から差し込む朝日で目を覚ました。昨日はいつもより早く寝たうえ、酒も飲んでいないのでさわやかな目覚めだった。
「おはようございますニックさん。良い朝ですね」
布団で簀巻きにされ、シーツで縛られたアスモは先に目を覚ましていたようで朝の挨拶をしてくる。
「ああ、良い朝だな。夜中にお前が襲ってこなかったらもっと良い朝だったろうよ」
アスモが簀巻きで縛られて寝ていた理由は夜中、自分の欲望を抑えきれずにニックを襲おうとしたからだ。
だが、気配に敏感なニックに気づかれ返り討ちに会い、おかしな格好で一夜を過ごす羽目になったのである。
「申し訳ありません。目の前に御馳走があったのでつい。反省していますので解放して頂けませんか?そろそろ我慢の限界ですの」
もじもじと芋虫の様に動くアスモに察したニックが拘束を解いてやると、アスモは慌ててトイレに駆け込む。
トイレから出てきた彼女の顔はスッキリとしていた。
「ふう、危なかったですわ。いくら襲ったとはいえ一晩放置はひどすぎませんか。そういうプレイだと思うとなかなか悪くはなかったですけど」
自分の体を抱きしめて身悶えするアスモを見て引き攣った顔をしたニックは一歩後ろに下がった。
「だったら今日も寝るとき縛ってやるよ」
冗談か本気か分からないことを言い合いながら支度を済ませた二人は、昨日夕食を食べた一階に向かい朝食を注文した。
「それで今日はどうすんだよ。ギルドに行って仕事でも探すのか」
「その前に買い物に行って装備を整えませんか?ニックさん、そろそろ銃の弾が少ないんでしょう」
「確かにそうだが、この世界に45口径の弾なんざあんのか」
「ある訳ないじゃないですか。この世界とニックさんがいた世界とでは技術体系が全然違うんですから。火薬なんて何十年も前に廃れてますわよ」
「じゃあどうすんだよ!どこぞで聖なる剣でも探して来いってのか」
「違いますわよ。この世界にはこの世界の武器があるんですからそれを使えばいいじゃないですか」
アスモの提案にニックは渋い顔をする。いくら弾薬が補充できないとはいえ、使い慣れたコルトSAAを手放して他の武器を使うということに抵抗があるようだ。
「そもそもこの世界はどうなってんだよ。ランプは油を入れなくても着くし、井戸が近くになくても蛇口とかいうのからいくらでも水が出てきやがる。おまけに火が無いのに湯まで出てくる」
「それはこの世界特有の資源、マナクリスタルのおかげですわね」
アスモは自分と合流するまでの間、この世界を学ぶ為に先発したはずなのに何をしていたのかという疑問を呑み込みながらニックに説明しだす。
マナクリスタルとは、この世界の空気中に漂う魔力が結晶化した物で、元は資源としては利用価値も無く、簡単に採取も出来るため宝飾品としての価値もほとんど無い、誰にも見向きもされない鉱石だった。
ところが50年程前、イグニストーンという鉱石にマナクリスタルに触れると、結晶化した魔力を解放することが出来る性質があることが分かったのだ。
さらにイグニストーンにマイアサーキットと名付けられた特殊な紋章を刻むことで、解放されたことにより一時的に濃度の濃い魔力に命令を与え、火に変えたり冷気に変えたりという様々な事象を引き起こすことが出来る技術が開発され、その技術は瞬く間に大陸中に広がった。
これが後に魔動革命と呼ばれる技術革新となった。それ以来マナクリスタルは一気に利用価値の無いただの鉱石から万能資源として脚光を浴びることとなった。
この魔動革命により様々な技術が数十年単位で向上し、今ではマナクリスタルは人々の暮らしを支える無くてはならないものとなったのだ。
「つまりそのマナクリスタルってのは薪やら油の代わりになる石ってことか」
「かなり大雑把な解釈ですが概ね間違ってはいませんわね」
ニックのこの世界の技術への理解が深まったところで熱々のコーヒーとサンドイッチが机に置かれたので二人は話を中断して食べ始めた。
朝食を食べ終わった二人は、アスモの案内で武器や防具などの戦闘に必要な物を専門に取り扱う店を訪れた。
「ここもギルドに近いんだな」
「ギルドに近いほうが客入りが良いんじゃないんですか。こういうお店を利用するのはワーカーの方が多そうですし」
店の中には所狭しに商品が置かれており、一つずつ見ていたら半日は掛かりそうなぐらいだ。しばらく二人は商品を吟味していると、カウンターにいた初老の店主が話しかけてきた。
「お前さん達、見ない顔だがワーカーなのかい?」
「ええ、そうなんですの。最近登録したばかりの新米ですけどね」
「ほお、そうかい。しばらくこの街で仕事をする気なら贔屓にしとくれ。今日は何をお探しかな」
人のよさそうな店主に、ニックの武器を探していると伝えるといくつかの商品をカウンターに置いて進めてくれた。
「まずは無難にマイアワンドだな。色々と種類はあるんだが初めて扱うならブラストのワンドが良いだろう」
店主が一番目に紹介してくれたのは70㎝程の短い杖だった。
マイアワンドと呼ばれるこの杖は、マナクリスタルを消費することで刻まれているマイアサーキットの種類により、火や氷の塊を杖の先端の発射口から発射できる中、近距離向きの武器だ。
店主が進めたのはその中でも一番扱いやすいとされているブラストというワンドで、魔力の塊を弾丸のように撃ち出すシンプルなタイプだ。
ワンドを手に取ったニックは近くにあった鎧を着せたマネキンに向けて構えるが、首を傾げる。
「ニックさんの銃と似たような武器だと思いますけどダメなんですの?」
「悪くはないがなんかしっくりこないな。おっさん、次のやつを見せてくれ」
杖の代わりに店主は両刃の片手剣をニックに渡した。普通の剣と違い、柄の部分にトリガーが付いている。
「そいつはフレアブレード。ワンドと同じようにクリスタルを消費して刀身を燃え上がらせることが出来る剣で人気商品なんだがどうだい」
「いや、俺剣なんて扱えないぞ。ナイフなら多少は使えるんだが」
オススメなのにと、残念そうに店主は剣を仕舞い込む。
その後もいくつかの武器を吟味したがどれもニックが気に入るものが無く、武器選びは難航した。
「お前さんは一体何だったら気に入るんだ」
「しっくりこねえもんはこないんだ。命を預けるもんだからな、そう簡単に決められねえよ。他になんかないのか」
「他と言っても店にある武器は全部見せたしのう」
困り顔の店主は、ふと思い出したように店の奥から埃の被った箱を持ってきた。
「こいつは昔一点物の貴重品と言われて仕入れたんだが皆に扱いづらいと言われてな。ずっと売れ残ってた逸品だ」
ニックが箱を空けると丸く束ねられた鞭が入っており、アスモが横から覗きこむ。
「確かに実戦で使うには少々癖が強そうな武器ですわね」
「だがただの鞭ではないんだ。これはショックウィップという名で、持ち手のトリガーを引くと電流を流すことが出来るらしくてな、使いこなせれば悪くはないと思うんだが」
苦笑いの店主から受け取った鞭をニックはじっくりと眺め出す。
「オヤジ、こいついくらだ」
これもニックが気に入るとは思わなかったアスモと店主は少し驚く。
「ニックさん、鞭なんて扱えますの?」
「昔食い詰めた時、カウボーイをした事があってな。そこで覚えた」
カウボーイという聞き慣れない単語に店主は首を傾げるが、使えるのならば格安で売ってくれる事になった。
「本当にいいのか?15万って値札の半額じゃないか」
「どうせ誰も買わんからな。倉庫が片付いてむしろ助かるよ」
財布を握っているアスモが代金を支払い、ニックは鞭をベルトにねじ込んだ。
「毎度あり。また入り用の物が有ればいつでも来てくれ、サービスするよ」
長年のお荷物を厄介払いできてご機嫌な店主に見送られて2人は店を出た。
「あまり期待していなかったが悪くない獲物が手に入ったな」
「ニックさんが気に入ってくれたのでしたら良かったですけど、予算オーバーで財布が軽くなってしまったのでギルドに行って仕事を探さ無いといけませんわ」
「まったく、いつになったら大罪探しに集中できるのやら」
ため息をつきながら二人は、とぼとぼと財布を重くする為にギルドへと向かった。
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