第七話 強欲のマモンー⑤
「あー、疲れた。とっととシャワー浴びて寝たいぜ」
草臥れ切った顔をしたニックが欠伸を噛み殺しながらぼやく。アスモの方も疲労困憊といった様子で、となりをトボトボと歩いている。
「寝ようにも手持ちではワーカーズホリデーにすら泊まれないんですからまずはギルドに行って一仕事しないと」
二人は昨夜、マモンが所蔵していた武器の暴発による事故の被害者を装ってウェイター達の控室に通された後、倉庫の方の対応で手薄になった屋敷からの脱出に成功したのだった。
その後二人は予め調べてほとんど人目につかない事が分かっていた路地裏でさっと着替えを済ませて、朝までやっている酒場で安酒で粘って時間を潰していた。
いくらギルドが24時間空いているとはいえ、直ぐに向かえば勘の良い人間に後日事件が表に出た時、僅かでも疑われる可能性を恐れたからだ。
「だからあのお宝の山を頂いとけばよかったんだよ」
「私の目が紅いうちはそんな火事場泥棒みたいな真似は許しませんわよ。そもそも時間が無かったんですから諦めて下さいな」
ニックが集めた金貨と金塊の山は、結局アスモの谷間に収められることは無かった。
アスモが考えた脱出案は、最善の案ではあったが、用意に時間を取られた為にそこまで手が回らなかったからだ。
正確にはそうなるようにアスモが仕向けたからでもあるが。
そんな訳でパーティーに潜入する為の変装道具一式と、先に払っておいた超高級ホテルの宿泊代とで二人の財布は殆どすっからかんになった。
おまけに安酒とはいえ朝まで酒場で粘ったので、財布にはもう小銭しか残っていない。
ニックは財宝の山を持ち出せなかったのが未だに納得がいっていないらしく、不服そうな顔でキャンディを舐めている。
「過ぎたことをいつまでも引きずるなんて男らしくないですよ。しっかり切り替えてキリキリ働きましょう」
「へえへえ、分かりましたよっと」
キャンディを噛み砕いたニックは直ぐに2本目を舐め始める。
疲労困憊の二人がギルドに入ると、職員たちが右往左往してギルド内が騒がしい。
飛び交う怒号から原因が自分達にある事を察した二人は、若干の気まずさを覚えながらも掲示板に貼ってある依頼の中で出来るだけ手早くこなせそうな依頼を選び、受付に持っていく。
「あの、この依頼を受けたいんですけど」
「少しお待ちいただけますか。さっきの情報の確認まだなの!」
「ちょっと待ってくれ!こっちも手一杯なんだ!」
眼の下に隈を作った受付嬢とヨレヨレのスーツの職員の喧嘩一歩手前のやり取りに巻き込まれながらも二人はなんとか依頼を受注し、休みたがる体に鞭を打って働き、今日の宿代の確保に成功した。
流石のアスモも今日ばかりは性欲よりも疲労の方が勝ったらしく、二人は揃って昨日とは違う狭い部屋の少し硬いベッドで泥のように眠った。
翌朝。夢すら見ない程の心地良い深い眠りを、ドアをノックする音で無理矢理覚醒させらたニックは舌打ちをする。
「朝っぱらから何だってんだ。俺は今日は何もしねえぞ」
「仕方ありませんわね。私が出ますわ」
再び深い眠りの世界に旅立とうとしたニックはドアに向かって目をこすりながら歩いていくアスモを見て旅立つのを止めた。
「アスモ、お前素っ裸じゃねーか。そのまま出る気かよ」
今回ばかりは露出で興奮したいとかではなく純粋に寝ぼけていたようで、赤面しながらベッドの隅に脱ぎ散らかしている服を取りに行く。
「もういいよ。お前洗面所で着替えてろ、俺が出る」
そう言うニックも着の身着のままで寝ていたので、服は着ているがヨレヨレで来客を迎える格好では無いのだが。
アスモが洗面所に引っ込むのを確認してからニックがドアを開けると、そこにはファロンが立っていた。
「朝早くに申し訳ありません。支部長がお呼びですので至急ギルドまでご同行願います」
「分かりましたわ。直ぐに支度しますので少しお待ちください」
マジシャンもびっくりの早着替えで出てきたアスモが、面倒だから拒否すると言おうとしたニックを遮った。
二人は直ぐに支度を整えてファロンと共にギルドに向かうと、そのまま支部長室へと通された。
「おはよう、二人共。朝早くからすまないね」
支部長室では最近ずっと疲れ切った顔をしていたジョシュアが、遂に止めを刺されたかのような酷い顔で待っていた。
「いえ、構いませんわ。それよりも何か御用でしょうか?また厄介な依頼でも舞い込んだのですか?」
なぜ呼ばれたか大体アスモは察したが、一応当たっているか確認するためにカマをかける。
「そうではないんだ。まだ表には出ていないんだが、一昨日の夜からグリーゴウ商会のマモン氏が行方不明になんだ」
「それで昨日依頼を受けに来た時ギルドが騒がしかったんですね」
「そうなんだよ。おかげでギルド内は上へ下への大騒ぎさ。しかもこの事件、不可解な点が多すぎてね」
ジョシュアは、二人が聞いてもいないのに事件の概要を語りだした。
一昨日の夜、マモン邸で多くの客を招いたパーティーが開かれた。
その最中、マモンは会場を訪れいてた姉妹を連れてコレクションを収蔵している倉庫へと入っていった。しかしそこで武器の暴発事故と思われる事件が発生した。
「ここまでなら不可解、という程の事件ではないんだが、この後が奇妙なんだ。外から施錠されて誰も出入り不能な倉庫からマモン氏がいなくなり、代わりに一か月ほど前に葬式の最中に盗まれた遺体が見つかった。さらには事件の唯一の目撃者である姉妹が会場から消えてしまった上に招待客リストに載っていないらいしく、何者か分からないときた」
「そいつはまた変な事件だな。だがそれと俺らが朝っぱらからたたき起こされて呼ばれた理由に何の関係があるんだ?」
起こされたのが相当腹立たしかったらしく、ニックの機嫌は最悪で、ジョシュアに噛みつく。
「そうだね、回りくどいのはやめにしようか。現場から消えたという姉妹が君達に風貌が似ているらしいんだが、この事件に君達は関わているのかい」
いつもの物腰柔らかで親バカなジョシュアからは想像できない程鋭い眼光で二人に質問が投げかけられた。
二人の背筋を冷や汗が伝う。一言間違えば全てが露呈しかねないこの場面で、ニックは自分より口が立つアスモに全て任せることにして黙り込む。
「さあ、何のことでしょうか?私とニックさんは一昨日は羽休みで街を観光して夜は二人で飲み明かしていましたわ」
こういう事は全て自分任せにしてくるニックを心の中で呪いながら、アスモは苦しい言い訳をする。
「それなら良かったよ。僕としても家族の命の恩人を疑いたくは無かったんでね」
あっさりと信じたジョシュアに二人は拍子抜けする。
「さて、世間話はこのくらいにして本題に入ろうか。二人共登録証を出してくれるかな」
言われた通りに登録証を出すと、それをファロンが回収し、代わりに新しい登録証を二人に渡した。
「本来ならもう少し認定証を集めて貰わないといけないんだが、君達の実力と家族の恩人であるという点を考慮し、支部長権限で等級を5級から3級に上げておいた。それからいくつか頼みたい仕事もあるんだが引き受けてもらえるかな」
急な展開に二人は驚き、さらには提示された依頼があまりにも好条件な依頼だったのでさらに驚くことになった。
「あの様子だと、完全にバレてますわね」
重い瞼を無理やり開けてその日中が期限だった依頼をこなした二人は、ワーカーズホリデーで夕食を食べていた。
「だろうな。だがそれだとなんで俺らに便宜を図ってくれるんだ?」
「便宜、というよりはさっさと稼いで出ていけと言っているのだと思いますわ」
二人のワーカーとしての等級が上がったことにより、登録証がギルドの保証する大陸共通の身分証として機能するようになった。
これにより二人はタルゴーラム国内だけではなく、他国でも活動できる。
「最初から他国にも大罪が潜んでいる可能性は考えていました。だから早く他国でも活動できるように認定証を貰って等級を上げる為にギルドの厄介事を進んで引き受けていたんです。私達、外国に行こうにも必要な身分証なんて持ってませんから」
「そりゃそうだ。あのクソガキに金も持たされずにこの世界に放り出されたんだからな」
ニックの言っていることは間違っていないが、敬愛する上司を貶されてアスモは苦笑いした。
「ですが今回の事で一足飛びに計画が早まりましたわ」
「要は厄介払いしたい訳か。冷たいもんだな」
「容疑者として突き出されるよりはマシでしょう」
「それもそうだな。豚箱行きはゴメンだ」
過去に入った経験でもあるのか、心底嫌そうな顔でニックが言う。
「まあ今回は色々と運が良かった思いましょう。とりあえず今は体を休めるべきですし、今日はこれでお開きという事で。明日も紹介して頂いた依頼が沢山待ってますからね」
分かったと言いながら、ニックはアスモと共に席を立つ。
部屋に向かう間、彼はポケットに片手を突っ込んでいた。ポケットの中の黄金色の輝きを放つコインの存在を確かめるように。
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