第五話 情報収集開始ー③
翌朝、二人は歓楽区にある依頼主が経営するというレストランへと向かった。建物自体は他のもの比べると少し古びているが、よく手入れされているのが分かり、歴史を感じさせる店構えだ。
「依頼主の店ってのはここか。なんかうまそうな匂いがするな」
鼻をヒクヒクさせて匂いを嗅ぐニックを、こっちの方が美味しそうだと言わんばかりの目で息を荒げたアスモが凝視する。
「確かにそうですわね。営業時間前ですし、仕込み中なのでしょうか…もう無理です!いただきます!」
一瞬の隙をついてニックの前に回り込み、唇を奪おうとしたアスモは鈍い頭突きの音と共に撃沈した。
「バカやってないでさっさと入るぞ。これから仕事って時くらい自重しやがれ」
頭突きで落ちたハットを拾い、土埃を払って被り直したニックは店のドアをノックし、ギルドから派遣されたワーカーであることを告げる。
直ぐに中から男性が応じる声がする。しばらくするとドアの鍵が開く音がして、コックコートを着たロマンスグレーの髪がよく似合う初老の男性が出てきた。
「お待ちしておりました。さあ、どうぞ中に入ってください」
中に通された二人はテーブル席に案内されて、少し待つように言われた。程なく店主は厨房からティーセットを持って戻ってきた。
「今回は依頼を受けて頂き本当にありがとうございます。私はこの店の店主でロットンと言います」
お茶を二人に出したロットンは深々と頭を下げる。
「私はアスモ、彼女はニックと言います。こちらこそよろしくお願いいたしますわ」
アスモの自己紹介を聞きながらロットンは自覚は無いのだろうが二人のことを不安そうな目で交互に見る。
警備の人間を依頼してやってきたのが変わった格好の少女と痴女一歩手前のメイドなのだからそれも仕方のない事だろう。
視線の意味に何となく気づいたニックは、ワーカーを始めたこの一月の間に何度もあった事なので慣れたのか、怒りはしなくなっていた。
「ロットンさん、俺達は見てくれはこんなだが報酬分の仕事はきっちりする。だから安心しな」
ニックの一言で自分の心情が目に出ていたことに気づき、グレコは謝罪した。ニックとアスモもそれを受け入れ、アスモが仕事内容の確認へと話を移した。
「警備する日数は3日間。泊まり込みで部屋はそちらで用意して頂けるということでよろしかったですわね」
「ええ、2階に使ってない部屋があるのでそちらを使ってください」
「しかし3日間だけでいいってのは何でだ?3日後に解決する当てでもあるのか?」
ロットンは少し困ったような悲しいような顔をする。
「そういう訳ではないんですが、3日後に昔から通ってくださっている常連の方の誕生日パーティーをうちで開くことになっているんです。そのパーティーさえ無事開催できれば後はどうなったって構いません」
「ロットンさん、それは幾らなんでも投げやりすぎますわ。私達もお手伝いいたしますから何か根本的解決方法を…」
熱くなるアスモをニックが制する。アスモの言っていることは間違ってはいないのだが、それはただ警護の依頼を受けただけのニック達の仕事ではないからだ。
そもそもギルドや警察ですら手を出せないことに一ワーカーである2人にはどうしようもない。
「話は分かった。3日間、俺達が必ずこの店とあんたを守り抜いてやる」
握手を求める少女の、見た目と不釣り合いな凄みに一瞬戸惑うが、だからこそ依頼を任せられると感じたのだろう、ロットンはそれに応じる。
これで正式に依頼の契約が完了した3人は、具体的な警備計画の話を始める。そこでアスモは疑問に思っていた、何故ロットンの店が買収の対象になったのかを聞く。
歓楽区の土地が欲しいのなら、わざわざ営業中の店がある場所を無理に立ち退かせるよりも、空き地や空き店舗を買えば良いだけの話だからだ。
そういった類の物が一切無いのなら話は別だが、ここに来るまでの道中、幾つか見かけたのでそれは無い。
「ここは行政区に近く、ランチを食べに来るお客様が多いんです。それに夜、仕事終わりに来られるお客様も多くいます。だからこの辺にはレストランや居酒屋なんかが集中しているのです。奴らがうちを狙ったのはそれが理由でしょう」
グリーゴウ商会がこの店を狙った理由は昼夜両方の客入りが見込める立地条件と、居抜きで店舗を手に入れれば一から店を作るよりも早く安く自分達の店をオープンできるからと言ったところなのだろう。
疑問が解決したアスモはまず、店とロットンが受ける嫌がらについて確認する。
現在主に2つの嫌がらせ受けているという。一つは落書きや根も葉もない噂や誹謗中傷を書いた紙を店に張ると言った行為。
これらはロットンが食材の買い出しに行ったりして店を開けている間や就寝している夜中に起こるので、犯人は分からないという。
だから打てる対策はロットンが外出する時はニックとアスモのどちらかが店で留守番し、店に誰もいない時間を作らないようにする。もう一人は念の為ロットンのが出かける時は常に同行し、護衛することで対処する。夜間の方は交代で寝ずの番をすれば大丈夫だと判断した。
もう一つは店の前をガラの悪い連中がうろついたり、客として店内に入ってきては店内で騒いだりして他の客を追い出してしまうことだ。
これについての対処は簡単だ。実力行使でも構わないとロットンからのお墨付きが出たので、ニック達の得意分野である体を使った話し合いで解決できる。
打ち合わせが終わり、2階の部屋に荷物を置いた二人は早速行動を開始した。
店の営業は昼のランチタイムと夜のディナータイムの2回。
ニックは昼の営業までにはまだ時間があるので、店とロットンのことはアスモに任せてそれまでは店の周りの状況確認と見回りを兼ねて少し外に出ることにした。
歓楽区の中でも飲食店がが集中しているとロットンが言っていただけあって、カフェやレストラン、居酒屋に弁当屋まで様々な飲食店がある。少し窓から中を覗くと、既に空いている店はもちろんだが、どの店も開店の用意や仕込みで忙しそうにしている。
「どこもそれなりに繁盛してるようだな。だからこそこいつはおかしいな」
ニックの見つめる先、ロットンの店の両隣だけが閉まっている。見たところつい最近まで人がいた形跡があり、閉められてからそんなに時間が経っていないのだろう。
薄々疑問の正体に気付きつつ、ニックは見回りを続ける。
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