第五話 情報収集開始ー②
「そういえば二人は今日は仕事を受けに来たのかい?それなら時間を取ってしまってすまないね」
すまなさそうに頭を下げるジョシュアをアスモが慌てて止める。
「そんな頭を上げて下さい!今日ギルドに来たのは依頼を受けに来たのではなく、お渡ししたいものがあったからなんですの」
丁度良いタイミングだと言わんばかりにアスモは、ギルドを訪れた目的、ハジュリの支部長から貰った紹介状をジョシュアに渡す。
「ほう、これはハジュリの支部長からじゃないか。支部長クラスが紹介状を書くことなんて滅多にないんだが、君達は余程気に入られたようだね。ところで君たちは何をしにこの街に来たんだい?」
紹介状を受け取り、中身を確かめながらのジョシュアの質問に、悪魔を探しに来たとは口が裂けても言えないニックは、少しぼかして答える。
「別に大層な目的なんかねえが、ちょいと探し物があってな。田舎じゃ中々情報すら手に入らないから都会に来たんだよ」
「ふーむ探し物ねえ。そのままハジュリに居れば支部長のお気に入りとして面倒な仕事とは別に割りの良い仕事も回してもらえたろうに、それを捨ててでも探さないといけない物とは一体何なんだい?」
それぞれの支部は面倒な依頼を片づけてくれたり、確実に依頼をこなす有能なワーカーを手放したくはないので、割りの良い仕事を他のワーカーから不満が出ないレベルで斡旋したりして別の支部に行かない様に繋ぎとめようとする。
認定証をもらう為にどちらにしろランクの低いワーカーは一時的に別の支部に行くことがあるのでその場合は支部同士で静かな取り合いの戦争が起こるらしい。
そういう背景がある為、探し物をする為に来たというにニックにジョシュアが疑問を覚えるのは当然だ。
ジョシュアの質問に答えられず、言葉に詰まるニックを助けるように支部長室のドアがノックされた。
ジョシュアが応じると封筒に入った賞金を持ったファロンが、困った顔をして入ってきた。
「来客中に申し訳ありません支部長、またグリーゴウ商会絡みの依頼が来たのですが」
ジョシュアはまたかと額に手を当て天井を見つめる。顔は勘弁して欲しいと書いてある様に見える程うんざりとしている。
「はあ、それで今回はどうしたんだ?落書きの後始末の手伝いか?それともまさかまた警備の依頼なんて言わないでくれよ」
「そのまさかです。歓楽区にあるレストランの店主からの依頼なのですが……」
依頼内容は、グリーゴウ商会に店の買収話を持ち掛けられた店主からのもので、買収を断っところ連日嫌がらせを受けるようになったので警備の人間が欲しいというものだ。
「今月に入ってからグリーゴウ商会絡みの依頼が多すぎるな」
「すみません、グリーゴウ商会というのは一体?」
「ああ、二人はフリームに来たばかりだから知らないか。グリーゴウ商会は一月ほど前にできた商会で今、飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長しているんだ」
急成長の裏には強引な買収やギリギリ法には触れない詐欺まがいの商売や押売りといった黒い理由があり、客や取引先等とトラブルが絶えない。
しかも法律には触れていないので警察は民事不介入を理由に動かない為、助けを求める者が最後の頼りとしてギルドに依頼を出してくるのが現状らしい。
「このままではうちのギルドでも対処しきれなくなるが、警察が介入しない案件をうちでどうこう出来るわけがないし、おまけにトラブルに巻き来れたくないとワーカー達は依頼を受けたがらない。本当に頭の痛くなる話だよ」
いよいよ頭を抱え込んでしまったジョシュアを見てファロンも大きくため息をつく。彼女もグリーゴウ商会絡みで色々と奔走しているようで、顔には疲れの色が出ている。
どんよりと疲労のオーラを出す二人を見ていて、あまりにも可哀そうになってきたニックは助けの手を差し出すことにする。
正直ニックとしてはジョシュアがいくら困っていようがどうでもいいのだが、エルフの特徴である端正な顔立ちの女性、早い話が美人が困っているのは見過ごせないのである。
「とりあえずその警備の依頼とやらは俺達が引き受けてやるよ」
ニックの申し出に二人の顔が少しだけ明るくなる。この依頼も目ぼしいワーカー達に声を掛けたが断られ、困ったファロンがジョシュアに相談するために持ってきたらしい。
「それは助かるが良いのかい?探し物があってそれが目的にでこの街に来たのだろう?」
「別にいいさ。どうせ簡単に見つかるもんでもないからな。それに遅かれ早かれ仕事はしないと宿代も払えなくなっちまうしな」
確認するようにジョシュアはアスモの顔を見るが、アスモも頷きニックに同意する。
「ではお願いすることにしよう。紹介状に厄介な案件は君たちに相談すればいいと書いてあったが本当だったんだな」
この先も厄介な依頼ばかりが回ってきたら困るので、余計なことを書いたハジュリの支部長を心の中で呪いつつ、ニックはファロンからの説明に耳を傾ける。
依頼である警備は翌日からだったので、二人は賞金を受け取りファロンに見送られてギルドを後にした。
ファロンが支部長室に戻るとジョシュアは難しい顔をして書類を見ていた。
「その書類、何か不備がありましたか?」
「いや、違うよ。これはグリーゴウ商会についての調査報告書なんだが、これには商会の幹部達についてはある程度判明した経歴が書かれている。だが、社長であるマモンと名乗る女性については経歴は愚か出身地すら特定できなかったそうだ」
「ギルドの情報網をもってしても何も分からないなんて彼女、一体何者なのでしょうか」
ギルドはそれぞれの支部毎に裏と表、両方の世界に独自の情報網を持っており、情報収集能力だけで言えば警察以上と言われている。
そんなギルドが人1人について何も分からないというのは異常なことなのだ。
「ただ者ではないとしか言えないな。ファロン君、引き続き各支部への情報提供の呼びかけとグリーゴウ商会の動向調査を続けてくれ」
指示を受けたシャロンが支部長室を出ていき、一人になったジョシュアは再び書類を見ながら考える。
マモンという女社長は相当にやり手らしく、グリーゴウ商会は黒い商売とは別に健全な商売でも多額の利益を上げている。
つまりわざわざ黒い商売に手を出してトラブルやリスクを背負う必要は無いのだ。
そこまでして商会を急成長させる理由とは何か。いくら考えても出ない答えにため息をつき、思考から逃げたくなるがタルゴーラム総支部支部長としての立場がそれを許してくれない。
「たまには早く家に帰って家族と夕食を食べたいものだ」
せめて家に帰る時間を作って娘の寝顔を見るくらいはできるよう、ジョシュアは再び机の上に山となっている仕事に手を付ける。
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