第五話 情報収集開始ー①
「お見苦しいところをお見せしてしまってすみませんでした」
夫の醜態にポカンとしているアスモとニックにカレンは謝罪する。
「い、いえ、お気になさらずに……家族思いの素敵な御主人様ですわね」
相手が今後世話になる支部の支部長夫人なのでアスモも必死にフォローをする。
「そう言っていただけると助かります。お二人はこの後どうされるんですか?」
「今晩はワーカーズホリデーに泊まって、明日ギルドの方に御挨拶させて頂こうと思ってます」
「それでしたらそこのバス停からギルドまで行くバスが出ていますよ。ワーカーズホリデーはそこから歓楽区側に歩いててすぐの所です」
フリームは大きく4つの区画に分けられている。
住人の多くの家が立ち並ぶ居住区、ブランド品の専門店や生活雑貨を取り扱う商店など、ここに来れば買えないものは無いと言われている商業区、役所や商会の事務所等が集中している行政区、最後にレストランにカジノ、ホテルや娯楽施設がある歓楽区だ。
もちろんきっちりと分けられている訳ではなく、行政区にも住宅はあるし、住宅区にも店はあったりするのだが。
「ありがとうございます。じゃあニックさん、行きましょうか」
「ああ、じゃあな、アシュリー。ちゃんとお母さんの言う事聞いて良い子にするんだぞ」
「うん!またね、キャンディーのお姉ちゃん!」
親子と別れた二人は、バス停でバスを待つ人の列に並んだ。少し待つとバスがやってきたので乗ると、それなり混んでおり、二人はギルド前のバス停まで立っているはめになった。
降車した後、街の中でもひと際明るい歓楽区の方へと歩き出すが、流石に二人の歩みに元気ない。
「いい加減移動ばっかで疲れたな。早く飯食ってベッドに入りてえぜ」
「もう少しだけ頑張ってください。私だって同じ気分なんですから」
とぼとぼ歩いていると、クレアの言う通りギルドからすぐの所にワーカーズホリデーがあった。
自動ドアに驚いて出たり入ったりして遊ぶニックを放ってアスモは部屋を取る。遅い時間だったが幸い一部屋空いており、無事今晩の宿が確保できた。
「ニックさん、いつまで遊んでるんですか。部屋が取れたので早く荷物を置いて食事にしましょう」
自動ドアから離れてアスモと共に部屋に向かったニックは初めてのエレベーターにもう一度驚くことになった。
部屋に荷物を置いて、食事の席に着いた二人はハジュリよりも豊富なメニューに頭を悩ませるが、疲れと空腹のせいで悩むのが面倒になり、食べなれた物と出るのが速くすぐに食べらる物を注文した。
「この世界にもだいぶ慣れたと思っていたが、今日は驚きっぱなしだったな」
「ころころと変わるニックさんのお顔、とても可愛らしかったですわよ」
放っておけと言いながら手をひらひらと振るニックは、疲れで怒る気力も無いようだ。
「初めて見た物だらけだったんだからしょうがねえだろ。そういや、見たことない言えば、あの支部長を引っ張ってった姉ちゃん、えらく耳が長くなかったか?」
「彼女、エルフ族ですわね。こんな街中で見かけるなんて珍しいと思ますわよ」
エルフ族とは、タルゴーラムの東方に位置するエルドランティスという国に住む種族で、主な特徴は整った顔立ちと長い耳、人間の数倍と言われる寿命の長さである。
また、アスモの言った通り、自然を愛し、自然と共に生きる種族なのでこんな都会の街で会うことは珍しいのである。
「この世界には人間以外にもいるんだな」
「他にもニックさんの世界にいなかった種族と言えば、ドワーフ族や獣人族ですわね。特徴は出会ったときにでもお教えしますね」
ちょうど料理が運ばれてきたので、異種族講座はここで終わってしまった。
食事を済ませたニック達は最後の気力でシャワーを浴びてそのままベッドに倒れこみ、夢の世界に旅立っていった。
流石に今夜ばかりはアスモも欠片しかない理性を働かせてニックを襲わなかった。いや、どちらかというと疲れているニックを襲えば確実にいつも以上に怒られる気がしたから、かもしれないが。
翌朝、一晩ゆっくりと休んで気力も体力も回復した二人は、面倒ごとから済ませようと行政区にある警察署に行き、事情聴取を済ませた。
「さてと、次は街に繰り出して大罪の情報でも集めるとするか」
「それより先にギルドに行きますわよ。折角紹介状を書いて頂いたんですし、顔を出しておいて損はないはずですわ」
大罪探しを口実に街を観光してやろうと思っていたニックは露骨に嫌そうな顔をするが、アスモは無視してバス停の路線図からギルドに行ける路線を探す。
すぐに路線は見つかり、警察署とギルドがそこまで離れていないこともあってすぐにギルドに着いた。
ハジュリ支部とは比べもにならない程立派な建物の前で、ニックは支部の名前に違和感を覚える。
「なあ、この街の名前って確かフリームだよな?何で看板にはタルゴーラム総支部って書いてんだ?」
「ああ、それはですね、ここが国中の支部を統括する、いわばタルゴーラムにおいてのギルドの本部だからですよ」
ワーカーギルドの本部はワーカーギルド発祥の国にあり、それ以外の国にあるギルドは全て支部の扱いになるのだ。
ただ、大陸全土にある支部を本部だけで管理するのは実質不可能なため、国ごとに支部を纏める総支部が置かれており、タルゴーラムの場合は利便性などの面からここフリームに置かれている。
「じゃあここがこの国のギルドの元締めって訳か」
「ニックさんの言い方だとギャングか何かの集まりみたいですけどその通りです」
自動ドアをくぐり中に入ると、ハジュリと比べてあか抜けたデザインの内装に目を引かれるが、受付や掲示板といったものの配置は似ている。
受付やスタッフ、ワーカーの数もやはり多く、皆それぞれに忙しそうにせわしなく動いている。
二人はとりあえず紹介状を見せる為に依頼を出しに来た依頼人とワーカーで込み合っている受付に並ぶ。
並んで待っていると、二人は突然名前を呼ばれ、声がした方を見ると、シャロンが手招きしていた。
「お二人共、支部長がお会いになりたいそうなので支部長室の方へお越しください」
シャロンに案内され、支部長室に通された。
ジョシュアは二人が入ってきたのに気付くと、書類から顔を上げて席を立ち、二人に歩み寄る。
「やあ二人共、昨日は見苦しいものを見せてしまってすまなかった。そして妻と娘を救ってくれたこと、改めて礼を言いわせてほしい。ありがとう」
「別に構わないさ。人の親なら誰だってああなるだろうよ」
アスモはニックの口の悪さは今更どうにもならないと諦めたらしく、何も言わない。
「そう言ってもらえると助かる。そうそう、君達が捕まえたあの二人、よその街で賞金が掛けられていたらしくてね。警察から賞金を預かっているから今持ってこさせよう」
ジョシュアに目配せされたシャロンは賞金を取りに部屋を後にした。二人は来客用の椅子を勧められて座ると、ジョシュアも正面に座った。
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