第ニ話 さらば相棒-③

「それで今朝の一件に繋がる、というわけなのですね」


 話を聞いていたメイドはいつの間にか頼んだワインを飲みながらニックの話を聞いていた。


「お前なあ、人の話を肴に飲んでんじゃねえよ!」


 これ見よがしにワインを飲むメイドに強制禁酒中のニックは怒る。


 時間は遡り、話はニックがこの世界に来てから3日目の夕方に戻る。


 初日に不良から勉強料として頂いた財布も軽くなり始めたニックは何か稼ぐ手段は無いかと思案しながら歩ていた。


 しばらくそのまま歩いていると裏通りに入ってしまったらしく、周囲に怪しい店や大人の為の店が増えてきた。


「そこのお兄さん、うちに泊まっていきませんか?良い子付けますよ」


 ニックに話しかけてきたのは近くの娼館の呼び込みらしく、無視するニックにしつこく付きまとう。


 最初は全く興味は無かったのだが、勝手にペラペラと話し続ける呼び込みの話を聞いているうちに、最近ご無沙汰だったのを思い出したニックは興味本位で値段を聞いてしまった。


 そこからは話は速かった。有り金のほとんどを使い果たすことになるが、だんだんと理性より本能が勝り始めていたニックには泊まらないという選択肢がどこかに行ってしまったらしく、呼び込みに案内されて娼館に入った。


 受付で支払いを済ませ部屋に案内されて待っていると、シースルーの黒のネグリジェを着た妖艶な女が食事と酒をもって入ってきた。


 女に酌をしてもらい、食事と酒を楽しんだニックはその後、本命である女との一晩をたっぷりと楽しんで眠りについた。

 

「ねえねえニックくーん起きてー。浮気者のニックくーん、さっさと起きないと愛しの彼女にバラしちゃうよー」


 女と共にベッドで眠っていたニックはつい最近聞いた覚えのある声に起こされ、面倒そうに瞼を開ける。


「なんだよ、気持ちよく寝てたってのによぉ」


「起きたかなニック君、昨夜はお楽しみだったみたいだね」


 ニックを起こした声の主は子供、彼を大罪狩りに送り出した自称神の少年だった。


「おい坊主、ここは子供が入ってきていい場所じゃないぞ。何してんだよ」


 ニックに子ども扱いされた上に鬱陶しそうに質問された少年は口を尖らせて怒りだす。


「ナニもヘチマも無いよ!君の為に大罪に詳しい部下を連れてきてあげたの!それなのに君は大罪を探すどころか娼館でおねえさんとお楽しみとはどういう了見なわけ」


「あらぁ、ボウヤ、どこから入ってきたの?後10年してからいらっしゃいな」


 二人の声に女が目を覚まし、目の前に子供がいることに不思議そうにしている。


「はあ、僕は子供じゃないよ。君はもう少し眠っててくれるかな」


 少年が指を鳴らすと女は糸が切れた人形のようにベッドに倒れこみ、寝息を立て始めた。


「お前のその手品すごいな。今度教えろよ」


「手品じゃないよ。そんなことより君はここで何をしているのかな」


「素敵なレディと素晴らしい一夜を楽しんだだけだが」


 悪びれもせずに答えるニックに少年は大きくため息をつく。


「愛した女性がいるのにそれってどうなの?」


「確かに俺には生涯を添い遂げたいと思うほど愛した女がいる。だがな坊主、男には股座にいる相棒に逆らえない時があるのさ」


 ドヤ顔で股間の大口径を指すニックに少年の顔に軽蔑の色が浮かぶ。仕事を頼む相手と間違えたと思い始めたのかもしれない。


「つまり君が悪いんじゃなくて君のその相棒が悪いってことかな」


「そういう事だ。ちゃんと仕事はするから安心しろ」


 話は終わったとばかりにベッドに潜り込もうとするニックに、遂に少年の堪忍袋が切れた。


「分かった、じゃあその相棒は僕が預かろう」


 少年が再び指を鳴らすとニックの体が光に包まれる。驚き叫ぶニックの声が段々と高くなり、光に包まれた体のシルエットが縮んでいく。


 ニックが光から解放されると、30過ぎの屈強な男の体が10代半ばの少女の物へと変わっていた。


「おい!これどうなってやがんだ!声が高い!胸がほんのり膨らんでるし髪も伸びてやがる!」


 そしてニックは、あるべきはずの存在感が消えた下半身を恐る恐る確認する。


「相棒ーーー!あ!相棒が居なくなっちまったあああああ!」


 悲痛な叫びをあげながら何度も確認するように股間を凝視し、触ってみるが、長年人生を共に歩んできた相棒の姿はどこにも無かった。


「テ、テメエ!俺に一体何をしやがった!相棒をどこにやったんだ!」


「君の相棒は預からせてもらったよ。ついでに君の体もいじらせてもらった。その愛らしい姿だったら大人の遊びはできなくなるだろうからね」


 ニックの狼狽ぶりに怒りも静まったのか、少年は満面の笑みで答える。


 ベッドから飛び出したニックは部屋の姿見で自分の全身を確認する。鏡に映っていたのは見慣れた自分ではなく、10代そこそこの少女だった。


顔にはまだ幼さが残り、体つきもこれからの成長に期待といったところだ。


 ただ、やたらと全身に筋肉がついており、腹筋は6つに割れていた。腕に力を籠めると力こぶもできる。


「君の戦闘能力はなるべく落とさないよう気を使って性別を変えたんだけど少女にしてはえらく筋肉質になったね」


 自分でやっておきながらニックの変化が面白いらしく、少年は腹を抱えて笑っている。


「相棒を返しやがれこのクソガキーー!」


 少女にされたニックは、自分なりにはドスを聞かせた声で叫びながら少年に襲い掛かろうとする。


 男の頃の声ならば迫力もあったのだろうが、今は全く迫力が無く、むしろ無理に大人ぶろうとする子供のようで可愛い。


「アスモデウス、頼むよ」


 少年がまた指を鳴らすと襲い掛かるニックと少年の間に突如女が現れた。


 ニックはその女の豊満なバストに顔をうずめる形でキャッチされてしまった。


「ウフフフフ、可愛らしいお嬢さんですこと。これからしばらく一緒に過ごせると思うと胸が高鳴りますわ」


 女に捕食者の目で見られたニックは今までに感じたことの無い悪寒を感じ、慌てて女から離れて距離を取る。


「どっから出てきやがったお前!何もんだ!」


「彼女は色欲のアスモデウス。七つの大罪の中で唯一地獄から脱走しなかった大罪さ」


 女は少年の紹介に答えるように際どいボンデージの衣装から胸をこぼしそうになりながらお辞儀をする。


「初めまして、アスモデウスと申します。気軽にアスモとお呼びください」


「おい坊主、とりあえずこいつを狩ればいいのか?」


 ベッドの近くに置いてあるガンベルトから銃を抜き、アスモを狙うニックを慌てて少年が止める。


「違う違う!彼女は僕が地獄に送り込んだスパイ。だから正確には悪魔じゃなくて堕天使なんだ」


 少年に目配せされると女は背中から漆黒に染まった翼を広げた。


「天使だったころの白い羽も好きでしたが、これはこれで気に入っていますの」


 銃を突きつけられながら気にも留めずに自分の羽を見る女にやる気が削がれたのか、ニックは銃口を下げる。


「坊主、こいつ何のために連れてきたんだ?」


「君を送り出した時に言ったろ、大罪に詳しい人間を送るって。それが彼女さ」


「スパイって大罪の一人だったのか。ということはこいつが脱走計画を察知できなかったマヌケか」


 ニックにマヌケ呼ばわりされたアスモは瞳を潤ませ今にも泣きそうになりだす。


「その通りです。私がもっとしっかりと職務を果たせていれば主様にもご迷惑をおかけせずに済んだんです」


 アスモはなんとか堪えようとしたが、堪え切れずに深紅の瞳から涙があふれ始めた。


 さっきまで自分を捕食者の目で見ていた女が急に泣き出し事にニックは狼狽え始めた。


「おい、泣くなって。悪かったよ。女に泣かれると弱いんだよ俺」


「彼女、今でこそ色欲の大罪だけど、昔から責任感が強くて真面目だったからね。今回君のサポート役を務めることも少しでも責任を取りたいからって自分で言い出したくらいだし」


 アスモはその場に崩れ落ち、本格的に泣き始めた。

 その後、5分程少年が慰めてようやくアスモは泣き止み、話が本題に戻った。

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