第ニ話 さらば相棒-②
先日、地獄に封じ込められている悪魔、それも七つの大罪と呼ばれる人間の欲望を司る異名を持つ悪魔の中でも最強クラスの悪魔の内、6体が地獄から逃亡した。
「いやあ、ちゃんと管理してるつもりだったんだけど長いこと何もないと隙って生まれるもんだねえ」
「要はお前のヘマの尻拭いじゃねえか」
少年は痛いところを突かれたのか、ムスッとした顔をする。
「仕方ないじゃないか、僕だって結構忙しいんだ!それに地獄に送り込んでおいたスパイからあいつらが脱走を企ててるなんて報告も無かったし」
「はあ、それじゃあ俺の仕事ってのはそいつらを捕まえてくれば良いってことか。それでそいつらはどこに逃亡したんだ?」
「君が生きた世界とは違う世界。その世界のどこか」
自分が生きた世界とは違う世界というものにイマイチピンとこないのか、ニックは少し困ったように頭を掻きだす。
だが、すぐに理解するのは諦めたようだ。この話で彼にとって重要なのはどこで仕事をするのかでは無く、どんな相手を捕まえなければならないのか、だからだ。
「その違う世界ってのはよくわからんが、ようは見知らぬ土地で人探しをするようなもんだな。まあ、何とかなるだろう。そもそもそれぐらい本当に神様だってんなら簡単に探せるんじゃないのか?」
「僕だって最初はそう思って探したさ。でも、あいつら死体に憑依してるみたいなんだよ」
少年によると、悪魔達は肉体を持たないため、地獄以外で活動するのなら肉体が必要になる。
生きている人間や動物なんかの生物に憑依したのならば容易に察知することが可能なのだが、今回はそれができないらしい。
しかし、肉体がなければただ世界を漂うだけで何もできないので、何かしらには必ず憑依してい筈だという。
「だから死体に憑依している可能性が一番高いのさ」
「それって人形とかでもダメなのか?人形だって生きてちゃいないから分からないだろ」
「それはそうだけどその可能性は無いと思うよ。人間を扇動するのなら同じ人間が一番だからね」
今回の脱走の理由は恐らく、人間達からそれぞれが司る欲望を吸収して力をつけ、自分を打倒することなのだろうと神は言う。
「だから大罪たちは今頃逃げ出した先で様々な方法で人間達の欲望を刺激しているはずなんだ。それに自分でも司る欲望を味わいたいはずだから無機物には憑依していないと思う」
「じゃあ動く死体を探して捕まえればいいってことか」
「そう単純にはいかないよ。死にたてホヤホヤの体だったらそこに悪魔が入れば肉体が疑似的に蘇生すると思うから生きている人間と区別はつかないと思う」
生物が死ねば肉体から魂が出ていき、中身の無くなった肉体は滅び朽ちていく。
大罪たちは恐らくその生命のシステムを逆手に取り、魂が出たばかりの肉体に憑依することで、人間の魂の代わりとなって肉体の滅びを止め、疑似的に生命活動を肉体に再開させているというわけだ。
「おまけに死体を元々の自分に寄せて変異させてると思うから盗まれたり、墓場から無くなった死体とかを元の風体で探しても無意味だろうね」
参った、という風に少年が両手を挙げて首を振るのを見てニックも天を仰ぐ。
「こいつはえらく面倒な仕事を引き受けちまったみたいだな」
「だからこその破格の報酬なんじゃないか」
「まあな。とりあえず行く場所の情報と大罪共の情報をくれ、後は自分でどうにかするさ」
「それだけど、百聞は一見に如かずっていうじゃないか。だから行く世界については説明するより自分で見たほうが早いと思うんだ。大罪については後から詳しい人間を送ってあげるから彼女に聞いてね」
急に話を切り上げようとする少年に慌ててニックは詰め寄ろうとしたが時すでに遅しだった。
「それでは良い旅を、ニック」
少年が指を鳴らすとともにニックの体は空間から跡形もなく消えた。
「さてと、彼女の肉体も用意しないと。たまには温泉にでも行ってゆっくりしたいなあ」
見た目の割りには年寄臭いことを言いながら少年は次の仕事に取り掛かった。
「おい!待て!坊主ーーー!」
急に通りに現れた男が叫ぶ様子を見て、行きかう人々が不審者を見るような視線を向ける。
ニックは周囲の視線に気づいたのか、気恥ずかしそうに帽子を目深にかぶり直すと、とりあえず歩き出す。
歩きながらニックは周囲を観察する。
まず、理由は分からないが周りの人間の話す言葉は分かるし、看板や商店に並ぶ商品の名前や説明が書かれた物も読めるのでこの世界の住人との意思疎通は問題ないだろう。
ただ、見慣れぬ物や名前が多いのを見るとはやはり自分が生きてきた土地とは違うと実感させられる。
「さて、どうしたもんか。その辺の奴に地獄から逃げ出した悪魔を知りませんか、なんて聞くわけにもいかないしな」
悩みながら歩いていると、ガラの悪そうな三人組の一人と肩がぶつかる。正確には相手からぶつけてきたのだが。
「痛!おいおっさん!何すんだよう」
「慰謝料と治療費払えやコラ!」
「おいおい、ぶつかってきたのはそっちだろう」
明らかに因縁をつける気の三人に、世界は違えどこういう輩はどこにでもいるんだなと感心していると路地裏に連れ込まれる。
「さあ、さっさと金出しな!」
「悪いがまだこっちの世界に来たばかりでな、無一文なんだ。カツアゲなら他を当たりな」
「何言ってんだおっさん?頭おかしいんじゃねえか」
「変な薬でもキメたんだろ」
「メンドクセエ!袋にしちまえ!」
短絡的発想で三人はニックに殴りかかった。だが、所詮は町のゴロツキであり、人生のほとんどを裏の世界で過ごした彼の敵ではなかった。
一人目はニックに拳を当てる前に顔面にカウンターを食らいノックアウト。二人目は一人目が倒され怯んだ隙に腹部にストレートを食らい膝から崩れ落ち、三人目は戦意を失ったのか呆然と突っ立っていた。
「おい、そこのボケっとしてるの」
「は!はい!なんですか」
返答した三人目の声は震えていて、今にも泣きだしそうだ。
「財布だしな、勉強料ってやつだ」
震える手で差し出される財布はそれなりに膨らんでいた。
実はこの三人目、不良気取りのボンボンで、カツアゲする程金には困っていないのである。
ただ不良っぽいことがしたくて根っからの不良である二人とつるんでこんなことをしていたのだ。
「あの、勉強料ってなんの勉強料なんですか?」
「カツアゲと喧嘩仕掛ける相手はきちんと選べってことのだよ」
財布を受け取り懐に収めたニックは手を振りながら足早にその場を後にした。この世界にいるかは分からないが保安官でも呼ばれたら面倒だからだ。
「金も手に入ったことだし、少しばかり観光でもするとするかね。この世界の勉強がてらにな」
当座の活動資金を得たニックは路地裏から出ると、まずは今晩の宿を決める為に歩き出した。
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