第ニ話 さらば相棒-①

 ニックはフォークをアップルパイに突き刺しメイドを睨み付ける。


「そんな事聞いてどうするんだ」


「別に、どうもしませんわ。強いて言うならば好奇心、というやつです。それにこれからしばらく一緒にいるんですから互いのことは知っていた方が良いと思いませんか?」


 メイドの言葉にイラつたいたのか、ニックは残りのアップパイを乱暴に口に押し込むと、フォークの先をメイドに向ける。


「ふん!ただ仕事で一緒になっただけの奴にペラペラとなんでも喋る気はねえよ!」


 大人の男がやれば様になるのだろうが、ニックがやると子生意気な少女が大人に反抗しているだけにしか見えない。


 その証拠にメイドは微笑ましそうにしている。


「まあそう言わずに、これでは気になって夜も眠れませんわ」


 しばらくにらめっこが続いたが、どうやってもこの話が何も教えないで終わることは無いとニックは悟ったのか、渋々口を開き始める。


「ギャングに女を殺されてその復讐をした。その時に全身に鉛玉を食らっておっ死んだ。そんだけの話だよ。あの坊主からは何も聞いてないのか?」


 これで満足したかと言いたいかのようにジンジャーエールを一気に飲み干してグラスを机に叩きつける。


「ええ、あなた個人については何も。それでなんで大罪狩りを引き受けたんですか?」


 メイドはそっぽを向いてそれ以上聞くなという態度をとるニックにさらに質問する。


「はあ、まあいい。仕事を引き受けた理由くらいはちゃんと教えてやるよ」


 抵抗するだけ無駄と、半ば諦めたようにニックは語り始めた、神との出会いを。



 ギャングに殺された愛する女の復讐を遂げ、死んだはずのニックが覚ますはずのない目を何も無い白い空間で覚ました。


「なんだここは?これがあの世ってやつなのか。随分と殺風景でつまらなそうな場所だな」


 ニックは起き上がって周りを見回すが、建物はおろか石ころ一つ落ちていない。ましてや人間なんて影の形も無い。


「意外とそうでもないさ。住めば都っていうだろう」


 気配も無く背後から聞こえた声にホルスターの銃に手をかけながら振り返る。


「やあ、ニコラス・ジョンソン君。確か親しい人間はニックと呼んでるんだっけ?」


「坊主、テメエ一体何者だ」


 ニックに背後から声をかけたのはあどけなさの残る中世的な顔立ちの少年だった。


 30過ぎの厳つい顔の男に睨まれたら普通の子供なら泣き出しているところだろうが、少年は泣きだすどころか笑みを浮かべている。


「僕は神様ってやつさ。そしてここはあの世であってるけど天国でも地獄でもない、強いて言うなら手前の休憩所ってところかな」


「坊主、一回頭のお医者に診てもらった方が良いんじゃねえか」


 訳の分からない空間にいるとはいえ、子供にいきなり自分は神だと言われても、はいそうですかと信じる者はいないだろう。


「ひっどいなあ、ホントに神様だってばあ」


 膨れっ面で怒る少年に、このままでは話が進まないと諦めたのか、ニックはとりあえず話を合わせることにした。


「分かった分かった、そういう事にしといてやるよ。それでその神様が俺に何の用なんだ」


「何か言い方が引っかかるけどまあいいや。実は君に仕事を頼みたくてね」


「仕事だあ!俺はもう死んでんだぞ。今更金を稼いでどうするってんだよ。ここが天国と地獄の手前ってんならとっと地獄に落としてくれよ」


「地獄に落ちるっていう自覚はあるんだね」


 少年が当然の様に自分は地獄に落ちると言きるニックに少し不思議そうにする。


「こういう時はみんな自分から地獄に行きたいなんて言わないんだけどね」


「信仰心はガキの頃に捨てちまった上にやりたい放題で生きてきたんだ。罪だって数え切れないくらい犯したしな、はなから天国なんざ行けるとは思っちゃねえよ」


「確かに天国に行けるのは清廉潔白な人間だけさ。例えば君の愛しい人とかね」


 子供の言葉にニックの顔が一瞬強張るが、すぐに少し安堵したような顔をする。


「あいつは俺なんかを愛したせいで酷い死に方をしたんだ。天国に行けたってのなら俺なんかのことは忘れて幸せに過ごしてくれりゃあいい」


 帽子を押さえて顔を隠すニックの頬を一筋の涙が伝う。


「そんなこと言って、ホントは君も一緒に居たいんじゃないのかい」


 少年の言葉が癪に障ったのか、ホルスターから銃を抜いて突きつける。


「ガキが知った様な事抜かしてんじゃねえ!あいつは俺のせいで死んだんだぞ!今更どんな顔して会えばいいってんだ!それにあいつだって俺の顔なんざ見たくもねえはずだ!」


 銃を突きつけられながらも笑顔を崩さない少年は、自分の額に向いている銃口を無視して話を続ける。


「僕は天国を収めるのも仕事の一つでね、だから君の愛しい彼女と話をするくらい朝飯前さ。彼女は君のことを恨んではいない、寧ろもう一度会いたいと言っていたよ。それに、君のせいで彼女が死んだというなら直接会って謝りたいんじゃないのかい?」


 彼女が会うことを望んでいる、その事実はニックの心を激しく揺さぶったらしく、銃口が震えだす。


「さて、仕事の話の続きをしようか。実はね、地獄から七つの大罪といわれる強力な悪魔のうち、6体が逃げ出してしまったんだ。そいつらを捕まえるのに協力してほしいのさ」


 ニックは少し話を聞く気になったのか、銃をホルスターに仕舞う。以前顔は不機嫌そうだが。


「さっきも言ったがもう金を稼ぐ気は無え。仕事の話なら別のやつにしろ」


「話はきちんと最後まで聞いてほしいな。仕事を引き受けてくれたら僕からの報酬として天国行きの切符を進呈するよ」


 少年からの提案にニックは驚いた顔をする。少年からの提案が信じられないようだ。


「地獄行きが決定してる奴にそんなことして良いのかよ」


「普通は良い訳ないさ。悪人を天国に入れるわけにはいかないからね。でも君みたいに己の罪を認め、生前にその罪を償おうとした人間にはチャンスくらいあげてもいいかなと思ってね」


 子供のウィンクを無視してニックは腕を組み、考え込む。


 いや、考え込むフリをしただけで、心は最初から決まっていて答えは出ている。愛した人間にもう一度会うチャンスを得られるのならば、誰だって選ぶ答えは一つだろう。


 ただ、素直に認めると目の前の自称神様の手のひらで踊らされている様な気がしてが気に入らなかったので考え込むフリをしただけのようだ。


「その仕事、引き受けてやるよ。詳しく話を聞かせろ」


 ニックの出した答えに満足したのか、少年は満面の笑みで仕事の詳細を語り始める。

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