第一話 仕事と生活-②

 町に戻った二人はその足で周りの建物よりも少し立派な2階建ての建物へと入っていく。二人が入った建物にはワーカーギルドハジュリ支部と書かれた看板が掲げられていた。

 ワーカーギルドとはテリサトゥム大陸全土に支部がある団体である。国家機関から一般市民まで分け隔てなく依頼を受け付け、それをギルドに登録しているワーカーと呼ばれる者達にそれぞれの技能に合わせて斡旋するのを主な業務としている。

 二人もワーカーギルドに登録したての新米とはいえ、ワーカーであることには違いない為今回の森に出没したゴブリン達の調査の依頼を受けることができた。

 今はその完了報告をする為にギルドを訪れたのだ。


「すみません、依頼の完了報告をしたいのですが」


 二人は受付で今回の依頼の報告を始める。今回の依頼内容は街道沿いから森の中にいるのを目撃されたゴブリンの調査である。


 本来ならばゴブリンが出没した場合は町の警察や、群れの規模が大きくなれば軍が派遣され、討伐隊が編成される。警察や軍の手が足りない場合はワーカーギルドに討伐依頼が出されることもあるが、今回は少し違う事情で調査依頼としてギルドに依頼が出された。


 今回の場合、馬車に揺られていた子供がそれらしき影を見た、というだけのハッキリと存在が確認された訳では無い情報が警察に寄せられた。


 子供の見間違えの可能性も高い為、警察としても軽々に動くことが出来ず、かといって見間違えと言い切って放置し、ゴブリンが増えてから動いてはそれはそれで問題になるという厄介な状態だった。

 そこでフットワークの軽いギルドに事態の詳しい調査の依頼が回ってきたのだ。


「お二人共お疲れ様でした。警察からの緊急の依頼だったのに中々引き受けてくれる方が居なくて困っていたので本当に助かりました」


 美人、というよりはかわいい顔立ちをしている受付嬢が報告内容を書き留める。彼女はこの支部の看板娘で、男性ワーカーからの人気が高い。


「いえいえ、こちらとしてもギルドに貢献出来て何よりですわ。それで今回の報酬は幾らぐらいになりそうですか」


「基本報酬が10万テト、そこにゴブリン1体につき1万テトが付くので今のところは19万テトですが、今回は存在の確認はおろか巣の位置まで特定してくださったので

警察からの追加報酬もあるかも知れませんから少しお待ちいただいてよろしいですか?」


 二人から聞き取った報告を、メイドと雑談をしながら報告書に手早く仕上げると、受付嬢はギルドの職員にそれを警察署まで至急届けてほしいと渡す。


 二人は受付嬢に促され、依頼書が張り出されている掲示板前の休憩や打ち合わせができるようにと設置されている席に腰掛ける。


 ここではメニューは少ないが飲食物の提供もしている。ただ、財布の軽い二人は何も頼まず、報酬内容が決まるのを雑談を交わしながら待っていた。すると、ウェイターがアイスティーを運んできた。


「ん?俺達は何も頼んでないぞ」


「これはギルドからですよ。支部長からお出しするように言われたんです」


「それじゃあ遠慮なくいただくとするか」


「支部長様によろしくお伝えください」


 アイスティーを置いて別の注文を取りに行ったウェイターを見送り、二人は再び雑談に戻る。


「フフフ、早速厄介な仕事をこなした効果が出ましたわね」


「嫌われ仕事を片づけて顔を売った成果が茶の一杯とはしけてるな」


「まあまあ、小さな一歩も前進には変わりありませんわ」


 そうかい、と少女はどうでもよさそうにアイスティーを飲み始める。


 それから程なくして警察署に行っていた職員が戻り、受付嬢に何やら封筒を渡す。中身を確認した受付嬢はそれを一旦受付裏の部屋に持っていく。


 しばらくして出てきた彼女は二人の元に別の封筒と、予め預かっていたワーカーとして登録している者に発行される登録証を持ってくる。


 「お二人とも、お待たせしてしまって申し訳ございませんでした。こちら今回の報酬にですが、警察から追加報酬がでましたので25万テトになりました」


 受付嬢から金の入った封筒を受け取り、メイドが中身の確認をする。


「確かに受け取りました。またこういった依頼があればお受けしますのでいつでも言って下さい」


「ありがとうございます。支部長も大変喜んでおられましたよ」


 受付嬢に見送られ、ギルドから外に出た時には日が落ちかけ、家々に明かりが灯り始めていた。


「もうこんな時間か。考えたら朝からロクに飯食ってねえから腹と背中がくっつきそうだぜ。せっかく財布も膨らんだことだし何か良いもん食いに行こうぜ」


「おいしいものを食べるのは賛成ですけど、高いものはダメですよ。今回の報酬は当面の生活費とあなたの装備を整えるのに使うんですから。お酒もダメですからね。まあ貴女の今の姿じゃそもそも注文できませんけどね」


 この国では飲酒は20歳以上と決められており、おまけして見ても15、6歳くらいにしか見えない彼女の注文は通らないだろう。


「ち!まあいい、さっさと行こうぜ」


 酒を飲む気満々だったのに出鼻を挫かれた少女は腹を立てたのか、メイドを置いてきぼりにしてさっさと歩き始める。


「ちょっと待って下さい、何処かお店の当てがあるんですの?」


「そんなもん適当に歩いてりゃ何かあんだろ」


「そんなことだろうと思いましたわ。受付の方から良いお店を聞いておきましたからご案内します」


 今度は少女の前をメイドが歩きだす。少女も不満そうな表情をしながらも、腹で暴れだす虫をこれ以上抑えきれないようで素直について行く。

 

 二人が着いたのはギルドから5分程歩いた所にある酒場で、看板にはワーカーズホリデーと書かれている。


「なんだ、ギルド目と鼻の先じゃないか」


「ウフフ、オススメの店、というのは少し語弊がありましたわね。ここはギルドと提携している酒場兼宿屋ですの。ワーカーだったら格安で飲食と宿泊ができるお店なんです」


 ワーカーズホリデー、ワーカーギルドがある都市や街には大抵あるギルドが経営する酒場兼宿屋である。


 駆け出しや自分の技能にあった依頼がなかなか無く、困窮したワーカー達の為に一種の救済措置として経営されているものだ。


 ワーカーならば、登録証を見せれば格安で飲食と宿泊でき、おまけにツケもきく。酒場だけなら一般人でも利用できるが、宿泊はワーカーのみに限られている。

 多少は財布が膨らんだとはいえ、まだまだ重たいとは言えない二人にはぴったりだと言え店だ。


「上手い飯が食えるならなんでもいいさ。宿屋を一々探す手間も省けるなら文句は無えよ」


 ドアを開けて店に入るとウェイターが元気よく二人を出迎え、席に通す。夕食を取ったり酒を楽しむには少し早い時間らしく、席はまばらに埋まっていた。

 席に着いた二人は登録証をウェイターに見せる。


「ワーカーの方ですね。宿泊の方はどうされますか?」


「お願いします。部屋は一部屋で結構ですので」


「畏まりました。登録証の方はお預かりしますね。お部屋の方の確認をしてきますので、メニューをどうぞ」


 メニューを受け取った二人はざっと見ながら今日の夕食を選び始める。


「何で一部屋なんだ、別々でいいだろうが」


「格安とはいえ贅沢はダメです。代わりにお酒以外は何でも頼んで良いですから」


「だったら財布が空になるまで食ってやるよ」


 まだ酒が飲めないのが不満なのか、少女はご機嫌斜めだ。


「どうぞどうぞ、ここの値段だったら財布が空になる前にあなたのお腹がはち切れますわよ」


 舌打ちをしながらも、空腹には勝てないらしく、素直にメニューを選び始める。二人が大体の注文を決め終わった頃にタイミングよくウェイターが戻ってくる。


「お部屋のご用意が出来ました。2階の3号室でこちらが鍵になります。ご注文がお決まりでしたらお伺いしますよ」


「私はチキンソテーのセットとレモネードをお願いします」


「俺はジャイアントステーキとポテトフライ大盛りで。後ソーセージの盛り合わせとジンジャーエールな」


 注文を書き留めたウェイターは厨房に向かった。先に飲み物が出てきたが、あまり混んでいないこともあってすぐに料理も出てきた。


 少女は我慢の限界だったらしく、熱々の鉄板で音を立てるステーキをナイフで雑に切ると頬張る。案の定熱かったらしく口から懸命に息を吐いて熱さを逃がそうとしている。

 

 そんな少女を愛おしそうに見ながらメイドも食事に手を付ける。

 熱いと連呼しながら、少し冷ましてから食べればいいものをあっという間に注文した分を少女は食べ切った。


 さらに酒が飲めないのならばと再びメニューを開きデザートを選び始める。

 少女がデザートに選んだアップルパイを頬張り始めた頃、メイドも食事を終え、食事後にと追加で頼んだコーヒーを飲み始める。


「安いって言ってたが味は悪くなかったな」


「そうですわね。それに宿泊費と合わせても1万テト程ですし、しばらくはここを拠点にしましょうか」


「その辺はお前に任せるわ」


「はいはい、お任せください」


 話は終わったとばかりにパイの面積を削る作業に戻った少女にそういえば、とメイドが切り出す。


「ニックさんて何で亡くなられたんですか?」

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