答え合わせのステイルメイト
「つまりね、あたしとお姫ちゃんは手を組んだんだよ!」
「何がつまりなんだかさっぱり分からねぇがとりあえず聞こうか」
今までのメンバーに、戻ってきたレサトとジュバを加えた総勢七名がぎっちり詰まった応接室。
俺は机に肘をつき両手を口の前で組んだどこぞの総司令みたいなポーズで、話の続きを促した。おそらく目つきはいつもの五倍悪くなっていることだろうが精神的な余裕のなさの表れなので許してほしい。
しかしまず話し始めたのはレサトではなく、その隣に座る姫だった。
「ずっと、兄を止めたいと願ってきました」
彼女はかすかに揺れる声で、けれど確固たる意志を持った言葉を紡いでいく。
「わたくしは姫としてはまるで力を持たない飾り物の身です。心の底では半ば諦めつつも、“妹”として“兄”を諫めることだけがわたくしに残された唯一の役割なのだと、そう思っておりました。あなたと会うまでは」
そこで姫は柔らかな微笑みを浮かべてこちらを見た。
「……俺なんかしたか」
「ふふ、内緒です。けれどグール様とお茶会をするようになって、お料理が楽しくなって、そんな時にふと考えたのです。民のためにも兄を止めたいと願ってきたけれど、民が本当に望んでいることは何なのか、この国は一体どうなっていくべきなのか」
最初は胸の端を過ぎるだけだったその疑問は時が経つにつれてどんどん膨らみ、やがて姫はこう思ったのだという。
自分の目で確かめてみたい、と。
それを聞いた瞬間、俺は解けずに放置していたギミックの最後のパーツを得た気分で内心膝を打った。
「食堂で働いてたのはそれでか!」
「はい。グラフ様とも色々相談したのですが、それが一番わたくしの希望に添うだろうとご提案いただきまして」
「ある日突然そんな相談された自分の心境わかりますかグールさん」
「まぁ、その、なんだ……頑張ったな?」
「ええ本当に」
どうやら食堂で会ったときのアレは悪びれていないというより、あの状況に至る前に姫と一通りの大舌戦を繰り広げたであろう男の、無我の境地だったらしい。
姫は言い出したら聞かないんだからさっさと折れてしまえといつも言っているのに、こいつも毎回よく粘るものだと感心する。
「そうして民たちと共に過ごして、彼らの弱さを知り、それ以上の強さを知りました。
姫が、誓いを立てるように胸の前で強く拳を握った。
「妹として兄を止められなかったその時は――――“姫”として、“皇帝”を討つと」
そう言い切った後で、姫は空気を変えるためにか軽く肩をすくめて苦笑して見せた。そんな気安い仕草も、おそらく城下の人々から学んだものなのだろう。
「……などと大きなことを申しましたが、実際にどうすればいいのかはまるで見当もつかず、考えて考えて、もはや焦りすら覚えてきたころにお会いしたのがレサトさんでした」
「お前か」
「あたしー!」
元気に拱手したレサトが、姫の言葉を引き継いで話し始める。
「あたしもねぇ、ずっと考えてたんだよ。どうすればグールくんを自由に出来るかなって。でも正直ほんと手詰まりで、もうあたし何のために女帝にまでなったんだろって、ふがいなくてさ。そんな
「ふふ、わたくしは藁ですか?」
「すっごい豪華な藁つかんじゃったよね! で最初は様子見に行くだけのつもりだったんだけど、グールくんの話してるうちに盛り上がっちゃって、最終的には食堂のみんなも巻き込んで熱いグールくん談義を……」
「何してくれてんだお前」
「それでなんか意気投合してお互い相談し合ってるうちにさぁ、これお姫ちゃんの地位とあたしの情報が合わさればいけるんじゃない? って話になって」
ガールズトークからの国家転覆って話題の振り幅でかすぎるだろう。
そして二人はグラフも巻き込み、少しずつ計画の準備を進めていた。
しかし実行に移すにはもう一押し確かなものが欲しい、と最後のきっかけに悩んでいたところで現れたのがソルとヒロイン、そしてこの状況だったらしい。
「じゃあやろっかーってことで、みんなこっち来てもらったってわけ。作戦会議しないとだからね」
「……大体分かったが、お前の説明聞いてるとクーデターじゃなくて休日の計画立ててるみたいな気分になる」
「似たようなもんだよ!」
「そうだな」
俺は突っ込みを放棄した。
「にしても正面突破はねぇだろ。軍団長はこいつらがだいぶ伸してきたが、帝都にはまだ戦力残ってんだぞ」
「えー。じゃあ聞くけどグールくんどうやって皇帝のところまで行くつもりだったの?」
「……出来るだけ隠れていって見つかったらごり押す」
「正面突破と大差ないじゃないですか」
グラフが呆れたように言うが、俺にそんな細かい計画を立てられる頭があったなら原作知識でもっとチートな人生を送れていたことだろう。まぁ無いパラメーターを嘆いても仕方がない。あとは運と工夫でどこまで乗り切るかだ。
「つか正直、俺がごり押しであいつのところまで行くこと自体は出来ると思うんだよ。でもその後のことを考えるとな。さすがにもう少し安全策を取りてぇんだが」
「そんなグールくんに朗報です!」
「…………、ハイどうぞ」
「ここにシメールくん印のめちゃくちゃすっごい睡眠薬があります! これを飲んだ人はあら不思議、何をされても丸一日は絶対に目が覚めません!」
シメールといえばマッドサイエンティストな第八軍団長、今は王都で投獄されているはずの男だ。
この段階ですでにまともじゃない予感を覚えつつも、「……それで?」と続きを促してみる。
「帝都にいる帝国軍のお夕飯に、これをぶち込みます! えいやと! するとご飯を食べた軍団員たちはお月様の上がるころにはすっかり夢の中! もちろん食べない人も一定数いるだろうけど、何にしても内部はてんやわんやになるだろうからね! グールくん達はそこを狙い澄まして突撃だよ!」
「………………いくつか質問していいか」
「ハイどうぞ!」
まずレサトがセールストークを繰り広げた、無色透明の液体が入った瓶を指さす。
「それまじで効くのか? そもそもあいつが大人しく注文通りの品を作るとは思えねぇんだけど」
「だーいじょーうぶ! 変なことしたら千切ってもらうからねってジュバくんとあたしが見張ってる中で作らせたし!」
「それでジュバつれてったのか」
「効果てきめんだったよ~」
そりゃそうだろう。奴は人間引きちぎりマシーンのいわば生みの親である。ジュバの攻撃力は誰より承知しているはずだ。
「あとシメールくん本人の体で何回か試したし! 人体実験もばっちり!」
「お前わりとえげつねぇよな」
「いやいや~そんなそんな~」
「何で照れてんだ。まぁ薬の効果は分かった。次の質問だ、それをどうやって料理に入れるんだよ」
食事は城の厨房でまとめて作っているはずだが、そこまで侵入出来るならそもそも苦労はしていない。
その問いに、今度は姫が口を開く。
「薬を届けるのは城に食材を搬入している商人の方が。料理に入れるのは、城の料理人たちがやってくださるそうです」
「くださるそうですって……もう話ついてんのか」
「ええ。お願いしたら皆さま快く引き受けてくださいました」
「まじかよ。姫の人徳やべぇな」
ぽつりと零した俺の感想を聞いて姫とレサトはきょとんと顔を見合わせると、やがておかしそうに笑い出した。
グラフは呆れた溜息を吐いて、ジュバがやれやれというように肩をすくめる。全員の反応でソルとヒロインも何やら察したのか苦笑を浮かべていた。
「わたくしではなく、あなたの、ですよ」
「は?」
「姫の人徳もあるっちゃあるけど、帝都の人がこれだけ協力してくれるのはグールくんのことだからだよ。帝国軍って今、グールくんを実質裏切り者として扱ってるじゃない?」
それを知った城下の人々は、さすがに表立っては口に出さないものの随分と腹を立ててくれている、らしい。
呆気に取られて固まる俺を見て、レサトが嬉しそうににやりと笑った。
「グールくんはさ、自分が結構愛されてるってそろそろ自覚した方がいいと思うんだよね」
城下の人々の顔。王都で会った子供の声。手渡された布袋の重み。
そんなものがふいに頭を過ぎって、反射的に言い返そうとした言葉はなぜか形にならないまま、浅く吐いた息に混じって、消えた。
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