ハプニングは付きものです


「みんな! もう大丈夫よ、あとは任せて!」


「……怪我人は退避を。軍団長は、ぼくとルーナが……なんとかする」


 戦場にかけつけたオレンジと金の髪を目にした瞬間にこの戦場で一番安堵したのは、おそらく義勇軍より誰より、俺だった。


 だっていくら俺が加減したって後の二人がガンガン殺してくし、主人公組の到着前に義勇軍殲滅しちゃうんじゃないかと途中から戦々恐々としていた。ジュバつれてこなくてよかった。


「どこかの元王女様に小僧じゃねぇかァ。何だよ、二人そろって仇討ちってか?」


「もちろん、それもあるけどね。今の私たちはそのためだけに此処にいるんじゃないわ」


「……悲劇を、終わらせるため。みんなの未来を取り戻すために……お前達と戦う」


「おやおや。大層な口を聞きますねぇ。ヒーロー気取りの復讐者ですか」


 イベント突入の気配を感じて、俺は早くも胃がキリキリしていた。


 しかしこの場合どうなるんだ。“何とかする”軍団長には俺も含まれているのか。

 考え事をしている間にも斬りかかってくる義勇軍の兵を適当に蹴り飛ばしたり立ち上がれない程度にボコッたりしていると、ソルが俺のほうをちらりと見て、周囲にざっと視線を滑らせた。


 何だよ。たぶん誰も殺してねぇぞ。

 ぶっ飛ばしたときに打ちどころ悪かった奴とかいたら知らないけど。


 目が合った瞬間、思わず内心で呟いたそんな言い訳が届いたのかは知らないが、ソルは俺に関して触れることなく、また奴らのほうへ向き直る。


 ヒロインは、最初からこちらの事は気にしていないようだった。

 まぁ王冠泥棒より両親の仇のほうが優先なんだろう。それにしても敵意が向けられていない気もするが。


 何にしても一番爆死に繋がりそうな展開が“ソル達と戦って負けること”だったので、蚊帳の外にしてもらえるなら嬉しい限りだ。


「オラ来いや小僧ォ!」


「…………今度こそ、倒す」


「両親と同じように美しく両断してあげましょう、元王女様」


「ふん! その顔ぼっこぼこにしてあげるわ!」


 ヒロインつよい。


 軍団長二名と主人公組の激しい戦いが繰り広げられる傍らで、俺は義勇軍の面々をちぎっては投げ、ちぎっては投げしていた。なおこれは比喩であり、千切る(物理)ではない。ジュバじゃあるまいし。


 義勇軍を蹴散らす合間に、ソル達のほうもちょっと観戦する。


 ソルの武器は、炎の色にきらめく大剣だ。

 前に会ったときは持っていなかったが、あれこそがソルのメイン武器、火の特性を宿した遺物である。効果は「斬ったところが燃える」だ。


 ヒロインの武器は鈍色に輝くモーニングスター。そう、鉄球のついたアレである。

 このゲームにおいてヒロインは回復係などではなく、ごりっごりの戦闘要員なのだった。効果は「打撃力増加」で、アタックへの全振り具合が恐ろしい遺物武器だ。


 しかしさすが主人公組。王都で会ったころと比べてその成長は著しい。

 はりきりマッチョもよくない眼鏡も実は相当強いのだが、どんどん押され始めている。


 これは時間の問題だろう、と思った予想通り、決着のときは間もなく訪れた。


「俺様がこんなガキ共に……! くそっ、くそ、くそがァアア!!」


「こんな美しくない結末など……私は認めない、認めないからな……!」


 敗北を受け入れられない二人が喚きながらボロボロの体を起こし、また武器を構えようとした、その瞬間。


 一筋の光が彼らのもとへ落ちた。


 ぴゅん、と玩具の光線銃のような音を立てたそれは、しかし玩具ではあり得ない威力を持って、彼らとその周囲を焼き尽くす。


 立ち上る火柱を呆然と眺めていたソル達は、やがて燃え尽きた黒煙の向こうから、ゆっくりとこちらに歩いてくる人影に気づいた。

 すると同時に煙が、つむじ風のようなものに吹き飛ばされて消える。


 晴天の下。

 今起きたばかりの惨劇など微塵も感じさせない笑顔で、その男はソル達の前に現れた。


「やあ。すごいね君たち、あの二人に勝っちゃうんだから」


 ――――これが、皇帝の初登場シーンである。


 まぁ原作だと火柱じゃなくて俺が爆発四散した後になるわけだが。


 いや、しかし、乗り切ったんじゃないか?

 さすがにここからついでみたいに爆破はしないだろう。


「すごく楽しませてもらったから、ここは僕の負けってことにしよう!  兵はみんな引くよ。ね、いいでしょ?」


「ふざけないで! 民を弄んで、土地をぐちゃぐちゃにして、あなたは一体何がしたいの!」


「僕は楽しいことがしたいだけさ。だからまた遊んでよ。ばいばい」


 うん、よし、行けた!! この段階での爆死は回避した!!!

 その達成感のあまり、気が緩んだのが良くなかったのだろうか。


「と思ったけど、ただ帰るのもつまらないよね。

 グール! 『そこの王女様、つれてきて』」


「は? ……っ!!」


 思わず零してしまった間抜けな声は敬語と見なされなかったようで、脳に貫かれるような激痛が走る。


 くそ、わけがわからん。原作にこんな展開は“なかった”。

 痛みのせいでまとまらない思考の中で、とにかく与えられた「命令」を実行しようと地を蹴る。


「何を……っ!」


「おっと、君の出番はまだだよ」


 皇帝が腕を一振りすると、ソルの周りを取り囲むように高い岩壁が出来上がる。


「ソル!?」


 ヒロインがそちらに気を取られた隙をついて一気に距離を詰め、その首筋にダガーを当てる。


「あなたは、」


「……悪いな王女様、ちょっと付き合ってくれ」


 耳元で小さく告げれば、ヒロインは意外なほど素直に武器を手放してみせた。もう少し抵抗されるかと思ったが。


 ここからどうするんだ、と皇帝に視線で訴えてみると、奴は「うーん」とわざとらしく悩むそぶりを見せた後に、ポンと手のひらに拳を打ち付けた。


「そうだ王都いこう! あそこで公開処刑だ!」


 だから京都みたいに言うな。


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