フレンドリーヒロイン


 かつての王都は現在、帝国の支配下に置かれていた。

 あの襲撃で命を落とさず、かつ逃げ出すこともかなわなかった住民たちは、帝国軍の横暴に怯えながらの生活を続けている。


 そんな王都まで皇帝の気まぐれで足を延ばす羽目になった俺は、今は帝国軍の根城となっている王城の地下にて。


「地下牢って思ったほど居心地悪くないのね。まぁ良くもないんだけど」


 なぜかヒロインに親しげに話しかけられていた。


 意味が分からない。まるで意味が分からない。

 こんな原作に存在しない展開になっていることも、自分を誘拐して地下牢に閉じこめた男に対して、これほどフレンドリーに接することが出来るヒロインの肝の太さも。


「せめてクッションくらいあってもいいと思わない? 牢屋番さん」


「……何だよ、どこにあんだよ」


 襲撃以来ろくに来てないから、ご所望の品がどこで手に入るのかすら分からん。

 そう思って尋ねてみると、彼女は自分で言っておきながら意外そうに目を丸くした。


「本当に取ってきてくれるつもりなの?」


「あぁ? あんたが欲しいっつったんだろ」


「それはそうだけど。……ふーん、本当にソルの言った通りなのね」


 その言葉に思わず片眉を上げる。なんだ、何言ったんだあいつ。


「あなた、そんなに悪い人じゃないんでしょ。ソルが昔助けてもらったって言ってたわ」


「バカ言え。悪い人に決まってるだろ。現にあんた、俺に誘拐されてんだろうが」


「指示したのはあの皇帝じゃない」


 くそ、ああ言えばこう言う。

 何で俺にそんな良い人補正つけてるんだ。全部ソルのせいか。


「私の処刑についても乗り気じゃないみたい。なのにあなたは、どうしてこんなことをしているの?」


 ソルの髪と同じオレンジの瞳が、真っ直ぐにこちらを映す。

 強い意志の宿るその透き通った眼差しを直視できずに、俺は小さく舌打ちして顔を逸らした。


「俺が、俺の意思で生きて死ぬためだ」


 凡人としてのオレは普通に怖いから死にたくない。

 グールとしての俺はそもそも生き汚いし、どうせ死ぬなら楽しく戦って死にたい。


 脳内会議は満場一致。

 ならばどれだけ面倒だろうが億劫だろうが、生き残るためには足掻くしかない。


「それが理由?」


「ああ。そのためなら何でもする。だから俺は“悪い人”なんだよ、あいつにもそう言っとけ」


「なら、あなたはどうしてそんな顔をするの?」


「そんなって……どんな」


 問い返すと、自分よりずっと年下のはずの少女は、何故か物わかりの悪い弟を見るような呆れた顔をした。

 そんな反応をされるとは思っていなかったので、つい素でたじろいでしまう。


「なんだよ」


「何でもない。じゃあ別のことを聞くけど、皇帝の目的はなんなの? あの人やってることがめちゃくちゃすぎて、私には見当もつけられないわ」


 それはそうだろう、と一人納得する。

 何事にも直球勝負な性格をした王女様が、歪み捻れまくった皇帝の思考回路を読めるはずもない。


「例えあいつにお涙頂戴の事情があったところで、どうせ打倒帝国やることは変わらねぇんだろ。なら聞く意味あるか?」


「そういうふうに言うってことは、あなたは皇帝の考えを知っているの?」


「さてな。“オレ”は知らねぇし、知りたいとも思わねぇけど」


 ゲーム中での皇帝は、最期まで頭のおかしい愉快犯である。

 姫とのサブイベで多少過去について知ることは出来るが、それも大した掘り下げではなかった。


 しかしこちらの返答に明らかに納得していないヒロインの睨むような視線を受けて、ぐ、と息を飲む。


 駄目だ。どうにも弱い。

 ひとつ息を吐いて、頭の中から別の答えを引っ張り出す。


 実際知らないというのは本当なのだが、今世で不本意ながらアレと付き合いの長い“俺”に、差し当たってひとつ言えることがあるとするなら。


「あいつはただの……傍迷惑な臆病者だよ」


 それを聞いたヒロインが意味を噛み砕こうとするように小さく眉根を寄せた、そのとき。


「――――ひどいなぁグール! 僕のことそんなふうに思ってたんだ」


 うわ出た。


 思わず害虫と遭遇したみたいな反応をする俺に、皇帝は明るく笑いながら歩み寄る。


「なら僕も言わせてもらおうかな。君は僕にそっくりだ」


 色々言いたいことはあるが、墓穴を掘りたくないので黙るしかない。


「うん、利己主義で自己中心的なところが特にね。そんな君が何を犠牲に自由を勝ち取るのか、楽しみにしているよ」


「…………」


「『返事は?』」


「ぐ、……ハイ」


 くそテメェ生活指導感覚で「命令」するんじゃねぇざけんな止めろ。

 痛みの走る脳内をひたすら罵倒が駆けめぐった。


 皇帝は満足げに笑うと、今度は俺達のやりとりを黙って見ていたヒロインのほうに向き直る。


「処刑は七日後だよ。君の騎士様は来てくれるかな?」


「ソルは来てくれるし、私だって大人しく殺されてなんかやらないわ」


「なら良かった。簡単に諦められちゃつまらないからね。

 そうだ! じゃあ景品もつけようか! そのほうが燃えるだろう?」


「景品?」


「この王都だよ!」


「は、」


 まるで良いことを思いついた子供のように、しかし淀みきった大人の目で、皇帝は高々と宣言する。


「帝国軍の警備をかいくぐって、無事に彼が君を助けることが出来たなら、そのときは王都を返してあげる」


「何を、そんな簡単に……! ならあなたは何のために王都を奪ったのよ! お父様とお母様は、どうして死ななければいけなかったの……!!」


 皇帝とヒロインの深刻なやりとりを聞きながら、俺はふと既視感を覚えた。


 この会話、見たことがある。


 王都奪還に挑もうとする義勇軍とソル達。相対するは帝国軍。

 そこで城壁の上に現れた皇帝と、ヒロインがかわしていた会話。


 状況が異なるためか言い回しに変化はあるが、その大まかな流れは確か、こんな感じだったような。


「僕はみんなと楽しく遊びたいだけさ。だから全力でおいで、王女様」


 そして俺は気づいた。


 次のイベント始まってるじゃねぇか、と。


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