生きて帰るまでがイベントです


 ヴァルト平野の戦い。


 それはソルとヒロインにとっての仇討ちイベントであり、あの皇帝の初登場イベントであり、グールの爆死イベントでもある。あと確かジュバもここで死んでたな。


 原作において、戦う覚悟を決めたソルとヒロインは各地で帝国の圧政に苦しむ村や街を救いながら帝国軍を撃破していく。

 するとソル達の快進撃に触発された人々が義勇軍を発足しはじめ、明確な打倒帝国の流れが出来上がってくるわけだ。

 そこで義勇軍を鎮圧というか虐殺するためにやってくるのが、グールとジュバである。


 人々を嬲り殺すグールとジュバ! そこに颯爽と現れるソル達! 死闘の末に見事撃破!

 しかしグールまだまだ戦いたい! そこへ響きわたる謎の機械音! 爆破! 爆死! からの皇帝初登場!


 ……これがざっくりしたイベントの概要だ。細かいところは俺も忘れた。


 というか正直グールは爆破される意味があったのだろうか。

 あの皇帝のことだから、進行方向にいて邪魔だったとかその程度の理由なんだろうが。もしくは負けてなお喚く俺が見苦しかったか。いや“俺”じゃないけど。俺だけど。


 でもこれ結局仇を討つところがメインのイベントだから、俺がソルの故郷の仇ではなく、ジュバはヒロインの両親の仇でない今、果たしてどうなるか。


「南のほうが騒がしいんだって? じゃあちょっと遊んできてあげなよ、デフリ、ダズート」


 よっっっっし。

 会議で皇帝が言い放った言葉を聞いて、俺は内心で力いっぱいガッツポーズを決めた。


 なるほど、仇役がその二人になったからイベントもそのままスライドしたのか。

 さすがに戦場に出なければ爆破もされないだろう。はりきりマッチョとよくない眼鏡、後は頼ん……。


「そうだ! グールも一緒に行ってあげたら?」


 一瞬頭が真っ白になった。


「…………何故……?」


「だって二人だと大変そうじゃないか、手伝ってあげなよ」


 おまえ原作では俺とジュバの二人にやらせたくせに。


「お言葉ですがねェ皇帝陛下ァ、こんな奴らいなくても俺様だけで十分ですよ!」


「私も同感です陛下。このような下賤な輩どもは邪魔にしかなりませんよ。私一人で結構です」


 そうだお前らもっと言ってやれ。


「うんうん。やる気があるのは良いことだよね。……ねぇ、でもさぁ」


 ぎしり、ぎしり。

 ふいに耳に届いた歯車が軋むような機械音に、軍団長たちがはっと目を見開く。


「僕は“君たち”にお願いしてるんだけどなぁ?」


 瞬間。


 氷が、岩が、風が、刃物が、光が、音が。

 ありとあらゆる衝撃が無差別に放たれた。


 それから数秒か、数分か。


 天井でシャンデリアの残骸が軋んだ音を立てて揺れる中、俺は小さく咳き込みながら、体の上に乗っていた瓦礫を押しのけた。他の場所でも軍団長たちがよろよろと身を起こしている。ジジイはぴんぴんしていたが。


 室内は、見るも無惨な状態へと変わり果てていた。

 そんな中で一人だけ空気の防壁のようなものに守られた皇帝が、何事もなかったかのように笑う。


「じゃあよろしくね、三人とも!」


 その言葉に、反論の声は上がらなかった。


 大量の遺物による無差別範囲攻撃。

 これだからコイツは嫌なんだ、と音に出せない舌打ちを、心の中で飲み下した。





 そして広大な平野で今、ふたつの陣営が睨み合っている。


 ひとつは、圧政に抗うため立ち上がった民達による義勇軍。

 ひとつは、彼らの希望を踏みにじるために立ちふさがる帝国軍。


 そんなわけで、なんか、結局参加することになってしまったが、それでも負けなければ爆破される事はないだろう。そう信じたい。


 とはいえ主人公たちに勝つわけにもいかないから、そこはあのコンビに任せて俺は義勇軍を適当にあしらいつつ時間切れまで持って行こう。

 皇帝登場まで粘れば、あとは奴の気まぐれによって戦いは終了となる。



 帝国軍の内訳は、よくない眼鏡が率いる第四軍団、はりきりマッチョ率いる第六軍団、そして第十二軍団という名の俺、となっている。


 しかし俺だけ帝国兵にすら遠巻きにされているのは、俺の戦法も皇帝ほどではないが無差別型であるからだろう。みんな巻き込まれるのが嫌か。そりゃそうだ。構図が安定のぼっちである。


 ちなみにジュバは置いてきた。

 だってこんな殲滅戦向きの場所にジュバ持ってきたらオーバーキルだろう。あいつなんか原作よりパワー増してる気がするし頭も使えるようになってるし、ソル達が到着する前に義勇軍が終了する。


「帝国軍! お前達の暴虐に屈するつもりはない! 奪われた土地を、自由を、平和を……! 今こそ我々の手に返してもらおうか!!」


「おめェらのモンなんて最初から何一つねぇんだよォ! この大陸のすべては皇帝陛下のもんだ!」


「今日はどこを狙って斬りましょうかねぇ、ああそうだ、胴体を真っ二つにしましょうか。首はすぐ斬れてしまってつまらないですから」


 各軍のトップがひとりずつ何か言っていくものだから、最後に残った俺に自然と視線が集まる。

 ええ……俺も何か言うの……?


 非常に気が乗らなかったが、凡人の心が集団の圧力に屈した。

 俺はひとつ息をついて相手の陣営を見据える。


「逃げるやつは追わねぇ。本気で戦って死ぬ覚悟のあるやつだけ掛かってこい」


 あと命乞いはいつでも受け付けているので、どうか気楽に戦り合ってほしい、とは他二人の手前もあるので言葉にはしなかったが。

 何にしろ、勢いはあってもろくに技術のない民兵相手に本気を出したりはしない。


 ただし。


「即死にだけは、気をつけな」


 そう言ってシャウラを抜き放つ。


 本当にそれだけは根性で回避して貰わないと、見逃すもクソもない。こっちも気をつけるがある程度は頑張ってくれ。


 そんな俺の切実な願いを合図にして、ヴァルト平野の戦いは幕を開けたのだった。

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