哲学的グールの逡巡


 王都陥落後、無事に逃げ出したソルとヒロインは追っ手から逃れるため各地を転々とすることとなる。

 その中で己の心やお互いの思いと向き合って、やがて二人は帝国の暴虐を止めるため、悲劇を繰り返さないための戦いに身を投じることを決意するわけだが。


 しばらく俺はやることがない。

 いや、あるのかもしれないが俺の頭ではもう思いつかないので、主人公サイドと関わることなく日々を過ごしていた。


 姫はこのところ散歩が趣味だとかでよく部屋を留守にしている。

 王都を落としてから帝国の空気はさらに好戦的なものになっているし、そりゃ息抜きに出たくもなるだろう。まぁ護衛にグラフが付いているから問題ない。


 俺とジュバはといえば、地方に散らばる王国軍の残存勢力との戦いに駆り出される日々である。

 皇帝の野郎、最近俺が喋らないと見るや「命令」使ってまで返答させやがる。なんだあのパワハラ上司。


「ハ! 死にたくなきゃ下がってな!!」


 今日も今日とて戦場でシャウラを振るい、敵の剣を奪い、なんかそのへんに落ちていた物やら人やらをぶん投げる。大して骨のある奴はいなかったがそれなりにストレス発散になった。


 少し離れたところで大暴れしているジュバをちらりと見て、うわ、と零す。相変わらず人間がちり紙のようだ。


 こうして見ていると、ジュバの本質というものは出会ったころからあまり変わっていないのが分かる。

 今ではだいぶ人間らしい様子を見せるようになったが、どうも根本的なところで感情というものを理解し切れていない節があった。


 それはきっと俺の根っこに凡人の価値観があるように、グラフの性根がどこまでも騎士であるように、あいつの根底にはやはり人間引きちぎりマシーンが存在するからなのだろう。


「ジュバ! 帰るぞ!」


「へーい」


 敵をあらかた伸したところで名を呼ぶと、振り上げていたハルバードをぴたりと止めて戻ってくる。


 この場で立っている者はもう俺達だけだったが、地面に転がる王国兵をざっと見れば、怪我の度合いはよりどりみどりなものの意外にも死者は少なかった。

 俺が戦っていた辺りだけでなく、ジュバの担当領域もである。


「思ったより殺さなかったんだな」


「あー、おれは別に殺しちまえばいいと思うんだけどよ。そのほうが楽だし」


 でも、と何気ない様子でジュバは言葉を続けた。


「団長はそういうの好きじゃないんだろ」


「……まぁ」


「だから、なるべく。気をつけてはいる」


 その答えを聞いて思わず目を丸くする。


 昔は、俺への動物的な恐怖で言うことを聞いていただけのようだった。

 けれど今のジュバの淡々とした語り口は確かな意志をもって、その行動をしないことを「選択」したのだということを伝えてくる。


 俺は小さく唸り、がしがしと頭をかいた。


 自分達の根っこは変わらない。

 それでも、その先に育つ枝葉は、変化する事もあるらしい。


「……帰ったら飯食いに行くか」


「お、団長のおごりか?」


「別にいいけどよ」


 思えばあの姫様も出会った頃と比べて随分逞しくなった気がする。

 俺みたいのに話しかけてくる度胸のあるところは変わらないが、もっと深い、芯みたいなところが。あと料理の上達っぷりもやばい。


 そしてグラフはどんどん図太くなっている気がする。俺らの言動にもまるで動じなくなってきた。

 それ以上メンタル鋼にしてどうするつもりだ、と少し戦々恐々としている。


「でもお前、肉ばっか頼むなよな」


「あんでだよ。団長だって肉は好きだろ」


「限度があるっつってんだ! 肉をおかずに肉を食って肉の合間に肉を食うな! 見てる方が胸焼けしてくんだよ!! この肉ゴリラが!」


 では俺は、どうなのだろう。

 これまでの日々で何か変わったのだろうか。何が変わったのだろうか。


 死を回避したいという思いは強く胸にある。それは凡人の記憶を取り戻した当初から何も変わらない最優先事項だ。


 俺は死にたくない。決して死ぬつもりはない。

 そのためなら何を犠牲にしてもかまわない。


「団長こそ毎回締めにパフェとか食うなよ」


「何でだよ」


「なんかこう、だんだん見慣れていく自分が怖いんだよ」


「わけわかんないところで恐怖感じてんじゃねぇ」


 けれど王都襲撃のあの日から、ふとした瞬間に思い出す。


 金の髪をした少女と飛び散る赤。

 その組み合わせにざわつく心に無理やり蓋をして、何も気づかないふりをした。俺は変わらない。それでいい。



 さぁ気を引き締めろ。

 次の大一番は、ヴァルト平野の戦い。



 ――――“グール”の爆死イベントである。

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