燃える王都と火事場泥棒


 故郷の村を失ってから七年。

 立派な王国騎士に成長した青年ソルの物語が、再び幕を開ける。


 これからはより一層気を引き締めてフラグ管理を……と言いたいところだが、ゲームの内容うろ覚えすぎてもうなんかそういうの無理だ。

 爆死にだけ気をつけて行き当たりばったりで対処するしかない。とことん詰んでる。


「では、行きましょうか」


「……おう」


 炎と悲鳴に包まれた王都を城壁の上から見下ろして、俺は緊張をごまかすために深く息を吐いた。



 さあ――――ゲーム・スタートだ。







 と、改まってはみたものの。


「やることはこれなんだよなぁ」


「火事場泥棒みたいですよね」


「みたいってか、そのものだろ」


 襲撃でどこもかしこも酷い事になっている中、俺たちは無人の宝物庫でひたすら遺物を漁っていた。

 さすがに全部は無理だから本当に貴重そうなやつに絞るからな、と首輪に言い訳しつつ、持参した袋にお宝を放り込んでいく。


「この王冠とかどうですか」


「それは見た目良いけど効果が微妙だからいらん」


「へぇ。詳しいんですね」


 ゲームの知識に加え、一時期さんざん遺物探しをやらされた影響で妙に審美眼がついてしまった。

 爆死しなかったら遺物鑑定士として生きていこうかな、と愚にも付かないことを考える傍らで、あることを思い出した。


「王冠といえば……」


 ラスボスの皇帝を倒すと確定ドロップする遺物がある。

 それはクリア後要素のキーアイテムであると同時に、装備すれば全耐性効果が付加されるもので、EXダンジョンではレベルが上がるまでの間ずいぶん助けられた。


 その遺物は『アストラの王冠』。


 アストラとはこの王国、もしくは王族のことだ。

 なのに何で帝国皇帝からドロップすんだよ、と思った記憶があるが、なるほどこうして襲撃のときに奪っていたわけか。


 あれ、でも、ねぇよなぁ。

 ざっと確認してみるが、それらしいものは置いていなかった。


 いや待てよ。


「グラフ、王冠って普通だれが使ってる?」


「そりゃ王様でしょう。王冠なんだから」


「だよな」


 つまりあれか、首ごと戦利品として持ち帰った感じか。確かここでヒロイン以外の王族は殺されてたはずだしな、ジュバと俺に。

 ……そうだ原作だと殺したの俺らだった。何か別の方向から思い出してしまった。そうそう、それでグール達とのイベント戦闘に入るんだった。


 でも俺の任務は遺物回収だし、ジュバは置いてきてしまった。ということは王と王妃は死なないのかもしれない。

 それとも別の誰かがしとめて、俺達の代わりにアストラの王冠を持ち帰るのだろうか。


 まぁ、そこはもう考えても仕方ない。何はともあれ俺の任務はこれで終了だ。


「さて、帰るとする……ぁいでででで!!」


 唐突に脳を締め上げるような痛みが走る。

 これは不本意にも慣れ親しんだ、命令違反をしようとした時の痛みだった。


「どうしました、お腹でも痛いんですか」


「ガキか俺は! ちげぇよ、この首輪のせいだよ!」


 いやしかし待て。意味が分からない。

 命令どおりに『貴重な遺物』は回収したじゃないか。


 貴重な……。…………。


「王冠取ってこいってか!?」


 つまり『まだ貴重な遺物がある』ことを俺自身が認識してしまったがゆえに、命令センサーが働いたらしい。

 何だよこの首輪、脳波でも読みとってんのか。思い出さなきゃよかった。


「それも皇帝の命令ですか?」


「そうといえばそうだが、俺がやっちまった感もあって自己嫌悪がすごい」


「すみません、よく分かりません」


 S○riかお前は。


 とにかく国王がつけてる王冠を回収するまで帰れなくなった、と伝えると、グラフが玉座の間まで案内してくれることになった。正直マップほとんど覚えてなかったから助かる。


 おかげで最短距離でたどり着くことが出来たのだが、そのまま深く考えず流れるように扉を開けてしまったことを、俺はとてつもなく後悔した。


「村のみんなの、仇……!」


「アァ? どこの村だ? 腐るほど潰してきたからなァ、分かんねぇわ」


「お父さま! お母さまぁ! なんで、なんで、なんでっ!!」


「君のご両親はごらんの通り、私が首をはねてしまったよ。ほら見てごらん、見事な切り口だろう?」


 どこからどう見てもイベントの真っ最中である。帰りてぇ。

 しかし逃亡を考えた瞬間に襲い来る痛み。詰んだ。


「ほら痛いんでしょう。逃げるのは諦めてさっさと行ってください」


「くっそ、この空気の中に飛び込むとか拷問か」


「この程度まだまだですよ」


「お前が言うと洒落にならん…………いや、よし、行くぞ」


 パッと行ってサッと戻ろう。そう心に決めて、惨状広がる玉座の間へと足を踏み出す。

 全員気にせずイベント進めててくれないだろうかと祈りながらも無駄に颯爽と入室してしまった俺に、ざっと視線が集まった。


 中にいたのは四人。


「よお血染めの。手柄ならもう貰っちまったぜェ?」


 ご存じ、はりきりマッチョ。

 ここでのイベントは要するに“故郷の仇との再戦”なので、七年前にソルの村を燃やしたこいつが、俺の代わりにこの立ち位置についたのだろう。


「おや、皇帝の犬じゃないか。今日もご機嫌取りの材料をお探しかい?」


 この当てつけがましいのは第四軍団長のデフリ。通称よくない眼鏡である。

 どうやらジュバの位置にはこいつがスライドしたらしい。


「あなたは……」


 オレンジの髪に金の瞳を持つ青年――成長したソルが、何かに気づいたように俺を見る。

 待ってくれ。とりあえず黙っててくれ。そんな思いを込めた切実な目配せをすると、察してくれたのかソルが口を閉ざす。


 そして。


「お父さま……、お母……さま……」


 ただ一人、王女だけはこちらには目もくれず、呆然と泣きながら父母の亡骸を眺めていた。


 ふわふわとした長い金髪にオレンジの瞳。

 “グール”としては初めて出会う、本来は明るく活発な気質を持つはずの少女。


 彼女こそが、このゲームのヒロインだった。


「…………」


 俺はわずか目を細めて彼女を見たあと、ひとつ息を吐いて、つかつかと王の死体へ歩み寄った。

 そして血だまりの中に転がった王冠をひょいと拾い上げる。


「俺の目的はこいつだけだ。お前らの邪魔はしねぇよ」


「ハッ、お利口なこって」


 軍団長二人がバカにするように鼻で笑うのを聞きながら、身を翻して扉に向かう。

 もういい何とでも言え。俺は帰るんだ。こんな心臓に悪い空間にいたくない。


 戻る俺を視線で追っていたソルだったが、その先にある扉の横で待機していた男を見て、なぜか驚愕の表情を浮かべた。


「グラフさん……!?」


「ああ、久しぶりだな見習い。元気そうで何よりだ」


「えっ」


 予想外のやりとりに、思わず間抜けな声を上げた俺をグラフがちらりと見る。


「何です?」


「いや、あー、知り合いか」


「自分が王国騎士だったころに面倒見てた見習いですよ」


 そんな設定あったのか。知らなかったから思わず素で驚いてしまった。サブイベでは何も触れてなかった気がするが。


「無事で良かった……けど、どうして帝国に……?」


 ソルが驚きと困惑をない交ぜにしたような表情で問いただすと、グラフは一瞬眉を顰めた。


 そこそこ長い付き合いになってきたから分かるが、あれは「説明面倒くせぇな」の表情である。

 いやさすがに何か言ってやれよ。そんな思いで死角から背中を肘で小突くと、グラフが渋々口を開いた。


「言い訳はしない、がひとつだけ訂正しておこうか。自分は帝国に与したつもりはない。そこを履き違えるなよ、見習い」


「よし帰るぞグラフ」


「はい」


 こちらを呼び止めようとするソルの声と、そんなソルに戦いを仕掛けるはりきりマッチョの声を背中に聞きながら、足早に王座の間を離れる。


 この後は原作だと、グールとジュバの体力を一定量削ったところで戦闘終了、生き残りの騎士たちが体を張って逃げる時間を稼いでくれて、その間にソルとヒロインは秘密の抜け道から地下水道を通って脱出、という流れだ。まぁ問題ないだろう。


 何だか戦ってるより疲れた気がする。

 もうさっさと帰ってこの遺物群を引き渡して泥のように眠ろう、と心に決めて深々と息を吐く。



 この日、王都は帝国の手に落ちた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る