DISC2
終わりのための始まりの序曲
何年も続いた戦争の末、王国の劣勢が誰の目にも明らかになってきたころ。
「あっ、そうだ! そろそろ王都いこうか!」
京都行くみたいに言うな。
いつものクソ会議の半ば、まるで世間話のようなノリで出された王都襲撃の指示に、思わず内心でツッコんだ。
考え直せとジジイが必死に提言していたが、それで思いとどまる奴ではないし、ほかの軍団長も乗り気である。第十一軍だけは予算をどうやりくりするかで頭を抱えていたが。
しかし、とうとうこの日がきたか。
プロローグから七年。
間もなく、本編の再始動である。
しかしそれに当たって俺にはいくつか気がかりがあった。
大陸の最北端に位置し、帝国でもっとも治安が悪いと言われるスラム街。
ソルはそこで一人の女と出会うことになる。
女はいわゆる情報屋なのだが、子供のころ人身売買の組織に捕まって長年酷い目にあった経験があり、どうにか逃げ出した後に紆余曲折を経てその立場を掴んだ。
最初はソルのことを相手にもしていなかった情報屋だが、ある日かつて逃げ出した組織に見つかり捕まってしまったところをソルに助けられ、結果として心を開いて手を貸すようになる。
女の情報に、ソルは重要な場面で幾度も助けられることとなるのだが。
「こいつ今……スラム街の女帝になっちまってるんだよなぁ……」
あの女が裏から街をまるごと牛耳っていて、情報も人も金も全部あいつの手のひらの上である。もはや情報屋どころではない。
なぜこんなことになったのか。
まずは思い出していただきたい、俺がこの首輪をつけられた時のことを。
俺はあの日、人身売買グループに捕まった仲間を助けに行った。
お分かりいただけただろうか。
そのとき助けた仲間が、情報屋になるはずだった女である。
いや助けたことに後悔はない。ないけど、まさか俺の行方を探すため情報屋になり、勢い余ってスラムの女帝になるとか思わないだろ。ポテンシャル高すぎだろ。
血染めの食屍鬼として元気にやっていると知ってからは、俺の噂を集めて笑いつつのんびりやっていたらしいが。
こっちも色々必死で連絡ひとつしなかったのは悪かったが、数年前に気まぐれで立ち寄った故郷で再会し、それを聞かされたときの俺の気持ちも考えてほしい。
でもあんな棒きれみたいだった子供が、ゲーム随一のスタイルを誇るあの情報屋だとか思わないだろ。俺悪くないだろ。
そんなわけでまた気づかぬうちに色々やらかしてしまったので、万が一にもソルが情報屋と出会えないなんて事にならないように、次善の策をとっておくことにした。
「お前、もしここにソルってやつが来たら話きいてやれよ」
「久しぶりに顔出して第一声がそれなの? 別にいいけどさー」
「あと近いうちに色々やばくなるから気をつけろ」
「はいはい、王都に攻め込むんでしょー? もう情報入ってるよ。そっちも気をつけてね。あと帰る前に他の連中にも顔見せてってあげてよ」
「おお」
当時の仲間は皆こいつの下で働いていた。まぁ元気そうで何よりである。
先への布石はこれでいいとして、あとは王都襲撃に関する気がかりだ。
ひとつは“グール”の役目について。
原作では普通に攻撃要員だったと思うのだが、なぜか俺に任されたのは《遺物の回収》だった。王国の宝物庫から、貴重な遺物を奪ってくるだけの簡単なお仕事である。
王都襲撃ではグールとのイベント戦闘があった気がするけど、この場合どうなるのだろう。
とはいえ貴重な遺物回収に関してはすでに「命令」され済みなので、やるしかないのだが。
そして最後の気がかりはこいつである。
なぜか団長室で筋トレしているグラフをちらりと見て、やや後ろめたい気分で話を向けた。
「お前さ、今のうちに王国戻るなら送ってくけど」
「は? 今更ですか?」
「えぇ……」
もうちょっとなんか別の反応あるだろ。
確かに俺も今更だなと思ったけど。ぶっちゃけ馴染みすぎてて忘れてたんだけど。こいつそういえば捕虜だったわって思い出したのついさっきだけど。
「自分、周りからはもうとっくに第十二軍扱いされてるんですけど」
「え、お前うちの団員だったの?」
「むしろ何だと思ってたんです」
「……試用期間中の護衛騎士……?」
「長すぎでしょう試用期間。何年経ったと思ってるんですか。
大体、もうとっくに死んだと思われてますよ。そんなところにのこのこ帰ったって裏切り者と思われるのが関の山です」
「いや、おま、……えぇ……?」
本当にいいのかそれで。
グラフはそこで筋トレの手を止めると、ひとつ息をついて俺に向き直った。
「もともと愛国心に溢れた人間ではありませんでしたし、残してきた家族もいません。気を使っていただいた事は感謝しますが、ぶっちゃけ余計なお世話ですね」
「そこまで言うか」
「はい。……ところで、王都での任務はジュバと?」
「いや今回は置いてく。遺物取ってくるだけだしな、俺一人でさっさと終わらすわ」
「なら、自分がついて行きましょうか」
「は? お前が? どこへ?」
「王都へ」
「なんで」
「王城の中なら大体知ってますから案内できますよ」
いやそういうことではなく。
王国に未練がないのは分かったが、だからといって襲撃に同行しなくてもいいだろう。それこそ完全に裏切り者として認識されるぞ。
「いえ、姫に聞いたんですけど、グールさんって命令に逆らうと皇帝から虐められるんでしょう?」
「姫! 伝え方!!!」
俺をいじめられっこキャラにしないでほしい。
「もしあんたがしくじって消されたら、誰が自分の給料払うんですか。嫌ですよ裏切り者の上に無職とか」
「お、おお」
「だからそうならないように道案内くらいはします。襲撃の日程決まったら教えてください。……それでは、自分は姫の護衛に行ってきますので」
てきぱきと筋トレグッズを棚に片づけて、グラフが部屋を出ていった。どうでもいいけどお前ら私物持ち込みすぎだろ。俺の団長室だぞ。
「…………」
今までずっと黙ってソファで本を読んでいたジュバが、ふと顔を上げて護衛騎士の消えた扉のほうを見た。
そしておもむろに呟く。
「団長が心配だからついてくって普通に言やいいのに。……ああ、あれか、気恥ずかしいのか」
「お前たまにぶっ込んでくるよな」
そこまで察してるなら黙っててやれ。
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