ゴリラと書いてジュバと読む


 さてこのあたりで少しゲームの世界観について復習しておこう。


 舞台となるのは、ひとつの大陸。

 古代人たちによる高度文明が滅んだあとの人類の技術進化はあまり芳しくなく、特に移動手段においてその傾向が顕著であった。

 要するに陸路は馬か馬車。海路にいたっては、別の問題もありほぼ手つかずの有様である。


 よって本編は主にこの大陸の中だけで進んでいくこととなる。

 海の向こうにもちゃんと大陸は存在するのだが、そのへんはぶっちゃけクリア後の隠しダンジョン的なやつで、シナリオには関わらないしどうせ今はいけないから無視だ。


 大陸にはふたつの国が存在する。


 ひとつは、コラプシア帝国。

 大陸の北側を主な領土としている。北にいくほど治安が悪い。

 かつては後述するアストラ王国の一部だったが、三百年前にこの地域を任されていた辺境伯が勢い余って独立し、徐々に力をつけていった国だ。


 もうひとつは、アストラ王国。

 大陸の南側を主な領土としている。温暖な気候で国民性も穏やかな平和な国だ。

 アストラの王族は、遺物を作った古代人の末裔と言われている。


 大抵は「帝国」や「王国」としか呼ばれないので国名はあまり覚える意味がなかった印象がある。

 なお言わずもがな、前者がラスボス側で、後者が主人公側の国だ。


 帝国は昔から何かと王国に小競り合いを仕掛けていたが、それでもギリギリの一線は保っていた。

 それを踏み越えて、一気に戦争ムードを高めたのが今の皇帝である。あいつマジろくなことしねぇ。


 激化する戦いの中で、穏健派の多い王国は、手段を選ばぬ帝国に徐々に押され始めている。

 それは原作開始へのじりじりとしたカウントダウンでもあった。



 最近は遺物探しよりも前線に引っ張り出されることが多くなった。

 今日も今日とて駆り出された戦場で、しかし俺はダガーの一本も抜くことなく、岩に腰かけて遠い目で景色を眺めていた。


「もうあいつ一人でいいんじゃねぇかな」


 視線の先には、王国の兵達を紙屑のように蹴散らす大男の姿がある。

 手に持ったハルバードを一振りするだけで人が吹き飛んでいくその様は、なんかこう、なんとか無双感がすごい。


 素手でやらせると問答無用で引きちぎろうとするから、むしろ攻撃力を抑えるために武器を持たせたのだが、あまり意味がなかったかもしれない。

 こういう開けた場所での殲滅戦になるとあのダンプカーゴリラの独壇場である。俺やることあんま無いわ。


 帰っていいかな、と思いかけたところで、あいつが逃げようとする兵まで斬り伏せようとしているのを見て、腰を上げる。


「おいジュバ!!」


 声を張って呼びかけると、奴はぴたりと動きを止めて、振り上げていたハルバードを下ろした。

 そして街中を散歩するような気軽さで、死体だらけの戦場をひょいひょいと歩いて戻ってくる。


「何だよ? 団長」


「逃げる奴はほっとけっていつも言ってんだろうが」


「団長だっていつも訓練とかで逃げるやつも捕まえてボコッてんじゃねーか」


「俺はボコボコにするだけで殺してねぇ」


「えー、でも敵だぜ」


「敵でもだよ」


 このべらべら喋ってるやつは誰か。

 そう、あのバグッた機械こと人間引きちぎりマシーンである。


 預かった当初は、もしかして赤ん坊に教えるみたいに一個一個言葉を覚えさせなきゃならないかと思っていたのだが、どうやらからっぽの頭に詰め込めるのは夢だけじゃなかったらしい。


 やつは数ヶ月の間に知識をぐんぐん吸収して、半年ほど経った今ではすっかり人間らしくなっ……てはないな。人を紙屑みたいにぶっ飛ばす輩は少しも人間らしくはないな。まぁ、うん、バグったゴリラくらいにはなった。


「こんだけやりゃ十分だろ、帰んぞ」


「まだ全然暴れ足りねーんだけどなぁ……」


「ジュバ」


「わ、分かったよ怒んなよ」


 ジュバ、とは俺がこいつにつけた呼び名である。といっても原作通りの名前を引っ張ってきただけなのだが。


 当初は、わざわざ名前を呼ぶ気はあまりなかった。

 しかし暴れ癖や人間ちぎり癖を矯正するにあたり、オイとかコラなどの指向性に乏しい怒声だと無関係の人間までやたら怯えさせてしまうため、やむなく名前を教え込んで、ピンポイントに叱る術を獲得したというわけである。


 俺が身を翻して歩き出せば、ぶつくさ言いながらもついてくるジュバ。

 半年でこれだから、あと数年もすればもっと情緒あるゴリラになるのかもしれない。


 そんなことをぼんやり考えながら、決着のついた戦場を後にする。

 なお第十二軍団のメンバーは未だ二名だ。軍団って……なんだろうな……。



 時にボコり時に餌付けしつつ徹底的に教え込んだおかげか、最近は俺が見ていなくても、ジュバは少しの間なら大人しくしていられるようになった。

 なのでここしばらくお茶会に誘われるたび、ゴリラの世話で忙しい、と断り続けていた姫のところへ久しぶりに顔を出したわけだが。


「いらっしゃいませグール様! 見てください! わたくし、お茶菓子も自分で作ってみましたの」


「あんたはどこへ向かってるんだ」


 姫だろ。何やってんだ。あと作りすぎだ。

 机の上には、少しいびつな形をした焼き菓子がこんもりと積まれていた。俺がこない数ヶ月の間に何に目覚めてしまったのか。


「メイドたちに教わりながら、一から自分でやってみたのですが……なかなか彼女達のようにはいかないものですね、たくさん失敗してしまいました」


 姫は照れたように苦笑しながら、俺の前に紅茶を置いた。これも毎度のごとく、姫が手ずから淹れたものだ。自分が何様だか分からなくなってくる。俺、中ボス、爆死。


 いくら悪評を気にしないというからって、一国の姫様が俺みたいのにそこまでしないほうがいいんじゃないの、と吐き出しかけた苦言は。


「でも、楽しかったです。誰かのことを思いながら作ると、お料理ってとてもわくわくするんですね」


 そんな言葉と、花が咲いたような笑顔に阻止されて、音に変わることなく霧散する。

 何ともいえない思いをごまかすように口に放り込んだクッキーはぼそぼそと粉っぽくて、お世辞にも美味しいといえる代物ではなかった。だが。


 久々のお茶会に嬉しそうな姫をちらりと見て、苦笑する。


「ま、お姫様にしては頑張ったんじゃねぇの」


「ありがとうございます。でもまだまだ要練習ですね」


「次のお茶会は、期待しとく」


「……はい!」


 いびつなクッキーの甘さが、妙にじわりと、胸に融けた。





「にしてもあんた作りすぎだろ。どんだけ出てくんだ」


「つい楽しくなってしまって……」


「さすがに食いきれねぇぞ」


「よろしければお包みしますので、お世話なさっているというゴリラさんへのおみやげにして頂ければ……あら、でも、ゴリラさんは人間の食べ物をあげても大丈夫なのでしょうか……もっと果物とかのほうが……?」


「うん、そうだな。俺がちゃんと説明してないのが悪かったな。姫さん、そいつ一応人間なんだ、一応」


「……ゴリラで……人間……?」


「分かった次連れてくるわ。ほんっと混乱させてごめんな。全部俺が悪いわゴメン」


 次のお茶会でめちゃくちゃ一緒にお菓子食べた。

 悪人顔には俺で耐性ついたせいかジュバにまるでビビらなかった姫まじ強い。

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