人間引きちぎりマシーンと書いて部下と読む
「うわ……やば……」
語彙の死んだ感想しか出てこない。
血塗れの地下研究施設で暴れ回るひとりの大男を眺めながら、俺は遠い目で今回の任務内容を思い出していた。
事の起こりは、自他ともに認めるマッドサイエンティストである第八軍団長の、研究の一環だった。
そいつはいわゆる「強化人間」というやつを作りだそうとしたらしい。実験の内容についてもざっくり聞いたがもれなく胸糞だったので省略する。
とにかく奴はその実験においてある意味での大成功、そしてまたある意味での大失敗をおさめたわけだ。
「強化人間づくりは大成功、制御できなくて大失敗、ってか」
大男が暴れ回っている広い実験室を見下ろせる部屋の窓から、その行動パターンを観察する、という名目で現実逃避を続ける。
研究者たちの制御をぶっちぎった大男は、ついでにそのまま施設内にいた研究員たちも物理的にぶっちぎって、生存者が誰もいなくなってからも、ひたすら暴れ続けている。なお第八軍団長は真っ先に逃げたため無事である。逃げ足はすごいんだよなあいつ。
なお強化人間といえども遺物の力には適わなかったようで、施設の出入り口にかけられた進行阻害の結界を通過できず、この地下施設内に隔離された形となっていた。
もうこのまま埋めちまえよ、と思うのだが、それが出来ないわけがある。
皇帝が、あの“成功作”に興味を示したのだ。
奴はクリスマスにおもちゃをねだる子供より軽く、言った。
“『それ持って帰ってきてよ』、今度の戦場で使ってみよう”
ざっっっけんな、と吐こうとした悪態は、脳の痛みに阻まれて消えた。
どういうシステムだか知らないが、帰りたい、とか命令を放棄するようなことを言っただけでも、首輪は反応してジワッと締め上げてくる。行動に移そうとなんてしようものなら一瞬で地獄の苦しみだ。
つまり俺は、なんとしてでもアレを捕獲しなければならないわけだが。
「人材回収っていうならせめて人の枠におさまってるもん指定しろよ……素手で金属ねじ切ってんぞ……何だあれ……やば……」
そりゃ語彙も死ぬわ。
いや、ここまで散々グチグチ言っておいて何だが、たぶん俺は勝てる。
なにせアレの暴れ方には自我がない。手負いの動物がなりふり構わず暴れ回っている、というより、バグった機械が暴走している雰囲気に近い。
間違いなく強い相手にも関わらず、戦闘狂魂にいまいち火がつかないのもそこが原因だろう。
“グール”が楽しんでいるのは、戦闘中のぎりぎりの駆け引きだとか、動きの読み合いだとか、ある種の人間的な感覚のやりとりである。それらを一切含まないあの大男の破壊は、あまりテンションが上がるものではない。
なお凡人としての自分は終始一貫ビビっている。何アレやば。
「……しゃーねぇ、行くか」
ひとつ溜息をついて覚悟を決める。
割れて風通しの良くなった窓から飛び降りて、暴れ回る大男の背後に着地した。
「よう。就職斡旋に来てやったぞ」
反応は速かった。
こちらを振り向くと、一気に距離を詰めてくる。機動力の高いゴリラとか最強だな。
俺を引き千切るべく伸ばされた手をわずかな体の動きでかわしてから、近くにあった手術器具の乗ったトレイを思いきり顔面に叩きつけてやる。奴は視覚を遮られたために一瞬動きを鈍らせたが、ひるんだ様子はない。
腰元からダガーを一本抜いて逆手に持ち、思い切り首を斬りつけようとしたところで、頭がずきりと痛んだ。間隔は短いながらも脳を握りつぶされるような痛みに思わず動きが止まる。
「ぐぅ、……っぁぶね!?」
その隙を狙いすまして飛んできた拳を鼻先すれすれで交わし、一旦後退しようとしたが、大男はすかさず距離を詰めて続けざまに拳を繰り出してきた。
殴る。殴る。殴る。たまに払う。
攻撃は原始的でパターンも単調だが、一撃に込められた威力は圧倒的だ。
それらをかわしながら、先ほどの痛みの意味を考えて舌打ちする。
『持って帰って来い』だけなら死体でもよかっただろうが、『今度の戦場で使う』ならば生かして連れ帰らなければならない。
だから“あの大男の死に繋がる可能性が高い”と俺が認識している攻撃は、「命令違反」になるわけだ。この首輪まじめんどくせぇ。
大降りの右ストレートをかわすついでに、今度は脇腹を斬りつけてみる。
すると皮膚の表面に、紙で切ったような薄い跡が残った。
薄かろうが何だろうが傷跡が残るということは、ダメージ無効などではない、あくまで“硬い”だけのはずだ。
あいつの攻撃を避ける自信はある。なら比較的やわいところからじわじわ削っていけば、時間はかかるだろうがいつかは勝てるだろう。いつかは。
「……めんどくせぇな」
そのまま大男の背後にすり抜けて一度距離を取るついでに、あちこちに転がっている薬品の瓶などを拾い上げていく。
再び突進してきた奴を跳び箱の要領でかわし、ついでに身をひねって思いきり後頭部を蹴りつけてやると、その勢いのまま壁にぶつかった。
当然ながらダメージなど受けていないそいつがこちらを振り向くのを待って、ゆっくりと口を開く。
「ひとつ教えといてやろうか。俺のメイン武器は一応このダガーってことになってるが、実際は少し違う」
おそらく言葉は通じてないだろうが構うものか。
大量の薬品瓶を抱えて、俺はにたりと笑った。
「俺の戦闘スタイルはな、“あるものは何でも使う”だ」
お前に効く薬品が見つかるのが先か、お前が俺を引きちぎるのが先か、はたまた仲良く共倒れか。
さて、楽しくロシアンルーレットと行こうじゃないか。
頭のどこかで凡人の意識がドン引きしている傍らで、ようやく少しテンションが上がってきた俺は、向かってくる奴を見据えてひとつめの瓶を手に取った。
結果として。
奴を一時的に無力化し、捕獲することに成功した。
が、研究施設はそのまま永久封印されることになった。いやぁ。混ぜるな危険って本当なんだな。
第八軍団長にはめちゃくちゃ嫌味を言われたが無視した。そもそも発端はお前のせいだ。
途中から楽しくなってやりすぎたらしく、大男はダメージから回復したあとも俺に怯えている。
相変わらず言葉は通じないが、なにやら動物的な本能に上下関係が刻み込まれたらしい。
ていうかコイツあれだった。
原作に出てくるグールの配下ってコイツだった。
紫の短髪に、全身にばっしばしのタトゥーに、二メートル越えの体躯。
つれて帰ってきて、血落として服着替えさせて髪整えた顔を見たところでようやく俺は思いだした。いたわこんなやつ、と。
でも作中ではもう少し人間らしいというか――いやグールと同類って感じの殺戮大好きゴリラではあったけど――普通に言葉を喋れていた気がするのだが、何コレもしかして俺が教えないといけない感じ? まじで?
なお職業斡旋をするだけでよかったはずの俺が、なぜこんな事まで心配しているかというと、例のごとくあの皇帝のせいである。
奴は言った。
「じゃあソレ、ちゃんと使えるようにしといてね。あそうだ、せっかくだし君の軍団にいれてあげたら?」
言い様が明らかに「君の軍団(笑)」だった。
ざっけんなそれこそ首輪使えよ、という意味合いのことをなんとか敬語で伝えると、遺物は基本的に一点物だからもう無いと言われた。類似品くらいあるだろよく探せよ。
とはいえ「命令」ではなかったから、誰かに押しつけようと思えば出来なくもなかったのだが……この人間引きちぎりマシーンを誰が好き好んで引き受けてくれるというのか。
俺に対してはかろうじて怯えの感情を見せるし、多少威圧すれば一応大人しくさせることは出来るものの、根本的にはあの地下施設で暴れ回っていたときと何も変わっていないのだ。自我のないバグった機械。目を離せばすぐ暴れ出す。
俺以外で制御できそうな人間、と思ってジジイに話を通してみたが、自分で拾ってきたんじゃから自分で面倒みんかい、と一蹴された。犬猫か。
「おい、通りすがりの団員捕獲すんな千切ろうとすんなすぐ離せ」
殺気とともに睨みつければ、びくっと身を固めて、掴んでいた半泣きの団員からそろりそろりと手を離して、俺の様子を伺うでかい男。
犬猫と違って微笑ましさの欠片もないその光景に、深々とため息をついてから、俺もまたちらりとそいつを見た。
「…………第十二軍団長のグールだ。まぁ、仲良くやろうぜ」
こうして、長らく団長と書いてボッチと読んでいた俺のところに、初の団員が加わったのであった。
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