第十二軍団と書いてボッチと読む


「まったく、いい加減にせんか!」


「ってぇ!!」


 脳天に拳骨を落とされて、目の前に火花が散る。


「なんだよ、ちゃんと加減してボコッただろ」


「限度というものがあるわ! 団員ほとんどのしちまいおって、これでは後の訓練ができんじゃろうが!!」


 あのくらいで伸びるほうが悪い、とグールとしての己が告げていたが、それ言ったらまた殴られるよなぁ、と凡人の己がかろうじて失言を押しとどめていた。

 しかし表情には十分出ていたのだろう。眼前で仁王立ちしたジジイはまた眉尻を釣り上げると、流れるような動作でアイアンクローを決めてくる。


「いてぇんだよ離せジジイ! ちょ、いって、マジでいてぇ!!」


「やかましい! 少しは学習せい!」


 ジジイ、と年齢的な点からそう呼んではいるが、一般的にその呼称から想像される姿とは真逆の鍛え上げられた体躯から繰り出されるアイアンクローは、首輪のアレほどじゃないが正直めちゃくちゃ痛い。なんでジジイのくせにこんなムキムキなんだ。


 数年前にスラム街から俺をつれて帰ってきた皇帝が、その世話を丸投げした相手というのがこのジジイ――帝国軍第一軍団長『隻眼のタレス』である。

 通り名から分かるように、片目は大きな傷で潰れている。ちなみにこいつも中ボスだ。


 保護者気取りで何かと口うるさいが、帝国軍では数少ないまともな大人でもある。最初に預けられたのがこのジジイでよかった、とうっかり思う程には軍団長はろくでもない奴らしかいない。まぁ悪役側だもんな。そりゃそうなるよな。


 なお原作でのグールは第十二軍団長。ろくでもない奴らの一員だ。

 しかし現状において自分はまだ第一軍のヒラ団員でしかないし、そもそも第十一軍までしかないのだが、どこかのタイミングで新設するのだろうか。そのあたりも描写がなかったからよく分からん。


 でもこんなクソみたいな国で役職についても面倒なだけだし、無いなら無いでいいや等とのんきなことを考えていたその日の午後。


「第十二軍を新設することにしたんだ。団長は君だよ、グール」


 謁見の間に呼びつけたかと思えば笑顔でそんなことを言ってきた皇帝に、俺は苦いものを噛み潰したような表情を向けた。こいつが嬉しそうなときは大抵ろくなことがない。


「あれ? 喜ばないの? 大出世だと思うけどなぁ」


「クズ山の少し高いところに置かれたからって喜べるかよ、ざけんな」


「『ダメだなぁ』グール」


「ぐ、……!」


 瞬間的に激痛が走った頭を抱え、その場に膝をつく。


「皇帝陛下にはもっと『丁寧な口調で話さないと』! 君のそういった自由なところは好ましく思うけど、役職につくんだからそろそろ最低限の礼儀は弁えないとね」


 皇帝はまるで無邪気に虫の羽をむしる子供のような目でこちらを見下ろしながら、道理を知らない子供を窘める大人のような声で、そう言った。


「第十二軍団長の件、受けてくれるかな」


 吐き出そうとした言葉が鋭い痛みに押しつぶされる。

 内心でひとつ舌打ちを零して、玉座を睨み上げた。


「……謹んで、拝命致します」


 このクソ皇帝が!




 そんなこんなで新設された第十二軍団のメンバーを紹介しよう。


 団長、俺。


 以上である。

 …………以上である。


 新手のイジメかと思うわ。

 あの皇帝のことだからそういう意図もあったに違いないが、一応それっぽい名目も存在する。


 第十二軍団は皇帝直属、少数精鋭のいわゆる特殊工作チームであり、主な任務は各地に眠る遺物の回収、ということだ。

 少数精鋭ぼっち(笑)である。


 一応、俺の一存で団員を増やしていいことになっているが、軍内部で悪名高い俺の配下になってくれる奴がいるわけもない。要するにぼっちである。


 何から何までクソだが唯一良かった点は、就任祝いとして皇帝から遺物の武器をもらったことだろうか。


 原作ゲームでもグールが使っていた、二振りのダガー。

 『シャウラ』と名付けられた一対のそれに付加されている力は、『呼ぶと戻ってくる』だ。


 地味な能力だが、普通にダガーとして接近戦に使ってよし、投げてブーメランのように使ってよし、高いところに生った果物を取るのに使ってよしの便利グッズだ。便利だ。そう自己暗示をかけないとやってられない。

 さらに言うと音声認識な仕様なので、声が届かないところまでかっ飛ばしたら終了である。


 活用法を編み出そうと訓練のときに一度試したら、他の団員連中からさらに怯えられるようになった。ジジイにはクソほど怒られた。別に殺しゃしないのに。



「そういやグールちゃん、団長になったんだって?」


「おっ、やったじゃねぇか。今度からグール団長って呼ばねぇとなぁ」


「なら今日は好きなだけ食べてきな! おばちゃんのおごりだよ!」


 城下にある行きつけの食堂ではもみくちゃにされた。


 軍内部は基本的にクソか頭のおかしいやつか俺に怯えてるやつしかいないので、帝都につれてこられた当初からよく城下をぶらついていたせいで顔見知りが多い。

 ついでに帝都……というか帝国は全体的に治安もクソなので、暴れ者に出くわすたびに軽く蹴散らしていたら、なんかこう、いつの間にか住民に慕われていた。まぁ俺も削れたメンタルをここで回復させてもらっているので結果としてウィンウィンである。


 団長ぼっち就任は嬉しくもなんともないが、街の皆の優しさが胸にしみた。俺まじもうここに住みたい。



 それからしばらくは皇帝の指示通りに、遺物を集めて回った。


 あいつから飼い主の証を奪わなきゃならんのに、あいつを強化する遺物を黙々と集めている俺は何なのか、と虚無メンタルになった時期もあったが、「命令」で逆らえない以上やるしかない。そこに関しては考えるのを保留にした。


 そうして遺物の眠る罠だらけの遺跡をやけくそ気味にエンジョイしながら、ふと考えた。原作が始まるのはいつ頃なのだろう。


 戦況から見るに本格的な開始はまだだろうが、確か主人公の幼少期に、プロローグ的なイベントがあったはずだ。グールはそこにがっつり関わっている。

 まぁ俺がこうして遺物回収に勤しんでいる以上はまだなんだろうが。その件も保留にした。


 あとぼっちぼっち自虐しててちょっと思い出したのだが、グールにも配下っぽいやつが一人いなかっただろうか。何かいたような気もする。だが思い出せない。

 そもそも一周しかやってない、特別気に入ってたわけでもないRPGの中ボスの、さらにサイドにいたやつなんて細かく覚えてるわけなかった。保留にした。


 そうして遺跡探索のおかげで妙に強くなった以外は何の実りもない日々を過ごし、やがて団長ぼっちとしてもそれなりに様になってきたころ、俺はまた皇帝に呼び出された。


「君にさ、回収してきてほしい人材がいるんだ」


 嫌な予感しかしねぇ。


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