七転び八つ当たり


 協力はしない(キリッ)みたいな態度取った舌の根も乾かぬうちにまた会いに行くとか、俺めちゃくちゃ滑稽だな。

 あの皇帝もどうせなら王都に居る間に言ってくれれば良いものを、なんでわざわざ一度帰ってから言うんだ。いじめか。


 しかしこの命令は俺の存在こそ果てしなくイレギュラーだが、ソル達が皇帝のところにたどり着く、という大筋からは外れていないはずだ。

 とにかく正面対決までこぎ着ければ俺の目的は達成したも同然である。そう信じたい。


 ジュバを引き連れて帝都を出発した俺は、各地の村や街にいるレサトの部下から仕入れた情報をもとに移動していく。

 ソル達が王都で大人しくしていてくれれば楽だったのだが二人はとっくに王都を飛び出して、西に帝国軍の暴虐あれば行って懲らしめてやり、東に帝国軍の狼藉あれば行って全員ボコボコにし、北に帝国の……といった具合に各地で人々を助け歩いているらしい。


「にしてもあいつらフットワーク軽すぎだろ。どっかのご老公様かよ」


「あー? 肉がなんだって?」


「欠片も言ってねぇけど、後で奢ってやるから我慢しろ」


 交通手段の発達していないこの世界においては神懸かり的とさえ言える伝達スピードを誇る女帝レサトの情報網を持ってしても中々追いつけないほど、あの二人はとにかく一つ所に留まることを知らない。まぁそれだけ帝国軍のやらかしが多いという事でもあるが。


「くそ帝国軍……あちこちで余計な真似しやがって……」


「おれ達も帝国軍だけどな」


「俺なんか軍団長だぞ。ざけんな」


「全然追いつけねーからってワケ分かんねーキレ方すんなよ」


 そんなこんなで、質の悪いお使いクエストのごとくたらい回しにされた俺は。


「村の女の人達をかえしなさい!」


「何故だ? 彼女達は皇帝陛下への供物となるのだぞ。矮小な身でありながら、崇高なお方に捧げられる僥倖をむしろ喜ぶべきではないか」


「……村の皆は、哀しんでた。怒っていた。ぼくも、お前を許さない」


 ようやくたどり着いたどこかの森にある砦の前で、事情はよく分からん(おそらく胸糞なんだろう)がソル達と対峙していた第五軍団長に。


「やれやれ、言葉が通じぬ家畜にどれだけ皇帝陛下の素晴らしさを説いたところで意味がない。いいだろう。ならばこの陛下の忠実なるしもべが、直々に屠殺してォフぅッ!!!?」


――――助走つけて全力の跳び蹴りをかましていた。


 格好つけてレイピアを抜こうとしていた男が数メートルほど盛大に吹き飛んで、砦の壁際に大量に積んであった木箱にぶつかり、そのまま埋もれて見えなくなる。周囲にいた団員たちが慌てて掘り出しに向かった。


 なお俺は途中から怒りに任せた全力疾走でやってきたのでジュバを振り切ってしまったが、どうせそのうち追いつくだろう。

 呆気にとられて固まるソル達のこともひとまず置いておいて、木箱の山から発掘された男と向き直る。

 よろめきながらも立ち上がった第五軍団長は、怒りに血走った目でこちらを睨んできた。


「くっ……貴様! 『血染めの食屍鬼』! いきなり何の真似だ!!」


「やつあたりだ。すまん」


「素直に謝れば許されると思うなよ! この人喰らいの怪物め!!」


「うるせぇ狂信者。お前がいらんことしなきゃ俺のお使いクエストはもう少し早く終わってたんだよ」


「意味が分からん! これだから蛮族は……!!」


 この男はあの頭のおかしい皇帝の、頭のおかしい信者である。人のこと言えた義理じゃないけど帝国軍こんなのばっかだな。

 口を開けば皇帝皇帝とやかましいが、その分、皇帝の命であれば喜んで従う輩なので今に限って言うと楽な相手だ。


「俺は皇帝に言われて、あのガキどもを回収に来たんだよ。帝都から通達くらい来てんだろ。まさかお前が“皇帝の指示”に逆らう気か?」


 さっきの跳び蹴りとて、皇帝命令という最強のカードがあるからこその暴挙である。

 でなければいくら腹が立っていても、現状で敵対する気のない帝国軍の軍団長相手にあんなことはしない。跳び蹴り自体しなきゃいいという話だが、むしゃくしゃしてやった。自分たち以外の帝国軍なら誰でもよかった。


 すると第五軍団長はふるふると肩を震わせて、ぽつりと呟いた。


「……来ていない」


「分かったらさっさと退い、……は?」


「だから通達など来ていないと言っているんだ! 貴様、私への無礼だけでは飽きたらず、偉大なる皇帝陛下のご威光まで利用しようとはなんたる不届き千万!!」


「いや、ちょ、待て。来てない? 嘘だろ?」


 とは言ったものの、この狂信者がこと皇帝に関してを偽れるとは思っていない。

 つまり本当に通達は来ていないのだ。


 通常であれば、いつも奴の側にいる優秀な(頭はおかしい)女幹部が、最愛なる皇帝陛下の要望を叶えるために必要な業務連絡はすぐさま済ませているはずだが。


 ここで普通なら何かの手違いを疑うだろう。

 しかし不本意ながら皇帝と長い付き合いである己の勘は、半ば確信を持って告げていた。


 通達は“来ていない”のではない。


 そもそも“出ていない”のだと。


「前々から貴様の皇帝陛下への狼藉は目に余ると思っていた……陛下がお許しになるならばと見逃してやっていたが、今日という今日は、その四肢切り落として二度と陛下の御前に立てぬようにしてやるわ!! 敬虔なる信徒達よ、我らが皇帝に徒なす悪魔を逃がすな!」


 そのかけ声に呼応して、砦の中から、軍団員が蟻のように溢れてくるのが見えた。

 しかし俺は今それどころじゃない。


 あの男。

 あの皇帝。

 あのやろう。


「やりやがった……!!」


 口元にひきつった笑みが浮かんだ。

 人間、怒りが一周すると笑いがこみ上げてくるものである。


 立ち尽くす俺に向かって、今度こそレイピアを抜ききった第五軍団長が勢いよく迫ってきた。

 上等だなます切りにしてやる、と苛立ち任せにシャウラに手をかけた、そのとき。


 俺と第五軍団長の間に、ふたつの影が立ちはだかる。


「事情は分からないけど助太刀するわ! というか、元々こいつはぶっ飛ばすつもりだったんだけどね!」


「……一緒に、戦う」


 主人公組の背に庇われる“グール”とかいう訳の分からない絵面に目眩がしそうになったが、もういい、もう全部後だ。


「貴様まさか、この家畜どもと手を組んでいたのか!!」


「まさか。あいつらは人助けに来たんだろ? 俺がそんな殊勝なことするタマだと思うか?」


 これは共闘などではない。

 たまたま手段が同じになっただけで、目的はまったくの別なのだから。


「今から俺がやるのは、ただのやつあたりだ」


 覚えてろあのクソ皇帝め。

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