インスタント円卓会議


 ジュバは文字通りの死屍累々となった砦前をぐるりと見回し、それから、返り血で二つ名通りの血染めになった俺を見下ろした。


「団長」


「なんだよ」


「あれか? これもあんたの“計画”ってやつ?」


「そんなわけないじゃないですか」


 思わず敬語になるくらいには予想外だ。

 というかお前分かってて聞いてるだろう。


 周囲で死んでいるのは全て第五軍の団員たちである。

 軍団長のほうは途中で「こうなれば先に儀式を!あの女どもの血を陛下に捧げるのだ!」とか電波叫びながら砦の中に入っていったから、そっちをソル達に任せて、外は俺が引き受けた。


「しかしあんたにしては珍しく盛大に殺しまくったな。全滅だろこれ」


「仕方ねぇだろ。死ぬまで向かってくるんだから。……これだから狂信者どもは嫌なんだ」


 相手が逃げれば見逃すし、命乞いも聞くつもりでいるが、あの手の輩は崇拝対象のために死ぬことすら幸福と思っているからタチが悪い。

 自爆も特攻も辞さない奴らばかりなので、むしろ下手に温情を見せるとこっちが危ないくらいだ。そりゃ殺すしかないだろう。


 血で張り付く髪をかき上げてひとつ息を吐きかけた瞬間、背中にドッと撃たれたような衝撃が伝わってその息が詰まった。


「げっは、てめ、ジュバこの野郎……! なんだいきなり!」


「人を元気づける時ってこうやって背中叩くんだろ? 本に書いてあったぜ」


「間違っちゃないが、一般人に今の威力でやったら最悪死ぬぞ。つぅか何で俺を元気づけようとしてんだ」


「あんた殺しすぎると意外に気にするからな。今も微妙にへこんでんだろ」


「…………お前はまじでぶっ込んでくるよな」


 だからそこまで察してるなら黙っててくれよ。

 まぁ元気づけようとか、そういう事に思い至れるほどの人間性が育ったのだと思うとやや感慨深いものはあるが。


 俺がそんな親ゴリラみたいな気分に浸っていると、砦の中から出てきたソルが外の惨状に驚いたように目を見開いた後、俺を確認して何故かほっとしたように表情を緩めた。

 あれか、外に残ったのが「ここは俺に任せろ!後からすぐに行く!(※来ない)」的なフラグだと思われたんだろうか。


「……怪我、は?」


「してねぇ。そっちは片ついたのか」


「ん……あいつは倒した。女の人たちも無事。今ルーナがつれてくる」


 こちらに駆け寄ってきたソルがそう告げて間もなく、砦の出入り口のほうから女の悲鳴が聞こえた。もちろん黄色いのじゃなくガチなやつである。


 十数人の女達はまず外の光景に悲鳴を上げ、そこに血塗れでたたずむ俺を見てまたひきつれたような声を上げる。

 こちらに向く怯えきった視線を受け止めて、そりゃそうだと肩をすくめた。


 死体の山に囲まれて、血濡れでたたずむ悪人面の男。

 前世の“オレ”だってそんなものを第三者として目撃したら、恥も外聞もなく悲鳴を上げていただろう。


 これはやはり俺が気を利かせて場を去るべきなのだろうか。いやでもようやく追いついたのになぁ。

 ぐだぐだ迷っている間に殿しんがりにいたらしいヒロインが砦から出てくると、俺の姿を見つけて「あっ」と表情を輝かせた。


「ねぇ! あなたのおかげでみんな無事に助けられたわ、ありがとう!」


 何も含むところのない、まっすぐなヒロインの感謝の言葉が響きわたる。

 すると幾人かの瞳に「あれ……?もしかして良い人なの……?」的な困惑が混じり始めた。おいやめろ。雨の日に子犬を拾った不良を見るみたいな目やめろ。


 その視線に耐えかねて砦のほうに背を向けると、ソルがわざわざ俺の正面に回り込んできて口を開いた。


「……女の人達を、村まで送ってくる……から、ここで待っていて欲しい」


「あ?」


「それと、これ……拭くのに、使うといい」


 ソルは身につけていた旅人用マントを外すと、そのまま流れるように手渡してきた。

 反射的に受け取ってしまった俺を満足そうに見やってから、ヒロインのほうへ駆け戻っていく。


「……それじゃあ」


「また後でね!」


 主人公組はそんな気安い言葉を残して女達と一緒に砦から離れていった。

 彼らの消えた方角を呆然と眺めながら、ソルに言われたことを脳内で反芻する。


「待ってろっつったか? あいつら戻ってくる気なの?」


「そうなんじゃねーの」


「これで何を拭けって?」


「団長だろ。血を落とすのに使えってことだよ」


「……俺、敵だよなぁ……?」


 思わずぽつりと呟けば、またそれかよ、とジュバが呆れた顔をした。





 それからしばらくして、ソル達は本当にこの砦まで戻ってきた。


「グールくん! おっつかれ~!」


 輝く笑顔の女帝と共に。


 なんでいる、とは言わない。

 俺はこいつの情報網を借りてソル達を探していたのだから、どちらの位置も筒抜けで当然である。


 だから普通ならここで始まるのだろう5W1Hのやりとりを丸ごと放り投げて「お前んとこので助かったわ」と情報の礼だけ告げると、レサトはちょっと照れた様子で笑った後、それをごまかすように少々わざとらしくエヘンと言って胸を張った。


「まっかせて! うちの子達にはグールくんには腕もがれても笑顔で協力しろって言ってあるから!」


 もがないんで風評被害やめてください。



 そして砦内の比較的まともな(電波な飾り付けが少ない)一部屋で、俺達は机を囲んだ。


「それじゃあなたの話を聞きましょうか。気が変わって協力してくれるつもりになった、ってわけじゃなさそうよね。どうしたの?」


 砦の水場を借りてすっかり血染めじゃなくなった俺は、ヒロインの問いかけに溜息を吐いて肩をすくめる。


「皇帝の指示だよ。お前らと“遊びたい”から、自分のところまでつれてこいだと」


「あら、素敵なお誘いね。美味しいお菓子は出るのかしら」


「さぁな」


「あ! そういえばさっき戸棚でお菓子見つけたんだっけ! せっかくだからみんなで食べよ! はいグールくんも」


「…………俺の立場としては力づくにでもお前らを回収しなきゃならん。かといって大人しく従ってもらったところで、また別の問題があるんだけどな」


 菓子を受け取りつつ会話を続ける。外が死体だらけとは思えないほど暢気な空間であった。

 ソルもまた菓子を貰いつつ、首を傾げる。


「問題、って?」


「クソ皇帝のせいで、その件に関しての通達がいっさい回ってねぇ。だから今までの大立ち回りで顔が割れてるお前らを連れ帰ろうと思ったら、十中八九、他の軍団と揉めることになるわけだ」


「何かの手違い……ではないんでしょうね、その様子だと。でもそんなことをして何の意味があるの? それってあなたが大変になるだけじゃない」


「だからだろ。あいつはそういう奴だよ」


「だって、まさか。『血染めの食屍鬼』は皇帝のお気に入りだとよく言われているのに」


「お気に入りねぇ」


 それも間違ってはいないのだろうが、“半分”だ。

 あいつはもう半分ではいつだって俺を始末したくて仕方がないのだろう。今回も結局はそういうことで、ソル達もろとも死んでくれやしないかと期待しているに違いない。


「……でも、そういえば王都でもわざわざあなたを追い込んでいたものね。本当によく分からない男だわ」


「まぁ、俺のことは置いといて、だ。答えを聞こう。大人しく俺についてくるかそれとも、」


「行くわ」


「行く」


「即答かよ」


 早押しクイズじゃねぇんだぞ。


「どうせいつかは殴り込む予定だったんだもの、そっちから招いてくれるなら願ったり叶ったりよ」


「おい。今言った通り、俺は通行許可証代わりにはなれねぇからな。むしろ余計に帝国軍と揉める可能性もあるし、お前らだけで帝都目指したほうがいいくらいなんだぞ。正気か」


「何よ、自分から誘っておいてひどい言い草ね。どうせ連れて行くなら縛り上げて担ぐより、私達が自分で歩いたほうがあなたも楽でしょう?」


 それはそうだ。そして首に爆弾(物理)を抱えている以上、俺に選択肢はない。


 でもあまりに決断が早すぎて逆にこわいというか、本当にそれでいいのか、と助けを求めるように見やったソルという名のストッパーは、ハッとした表情を見せた後、俺の前にそっとお菓子を置いてくれた。違うそうじゃない。


「ということで私達は行ってくるから、そっちはお願いねレサト」


「はいは~い承りましたぁ。あ! ねぇグールくん! そしたら少しの間ジュバくんお借りしてもいい?」


「んなもん本人に聞け」


「さっき聞いたら団長に聞けって言われたんだもん。やっぱさ~、見た目が強そうで実際強い人がいてくれるだけでサクッと進む話もあるんだよね~」


 情報網を借りた恩もあることだし、俺としては手を貸したいところだが。


「お前それでいいのかよ」


「おれは別に何でも。団長が行けってんなら行くし」


「あー……じゃ頼む」


「了解」


「基本的にはレサトの言うこときいとけ。でも人は千切るなよ。殺りすぎるなよ。お前は軽い肩パンのつもりでも、一般人は錐揉み状に吹っ飛ぶからな。気をつけろよ」


「わーってるって」


「グールくんおとうさんみたい」


「こんな物騒な初めてのおつかいがあってたまるか」



 そうしてレサト、ジュバと別れた俺達は、主人公とヒロインと中ボスという訳の分からない組み合わせで、帝都へと向かうことになった。


 ソル達は新たな未来を掴むために。


 俺は。

 ――――“物語”の、結末を目指して。

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