貴重なアイテム使える派 or 使えない派


 飛びかかってくる合成獣キメラをわずかな動きでかわし、そのまま相手の勢いを利用して胴体を切り裂く。

 どちゃりと生々しい音を立てて地に落ちたそれには目もくれず、次の合成獣の頭頂部にシャウラを一本突き下ろしたが、少し浅い。


 横から新たに突き出される鋭い爪を跳んでかわすついでに、刺したシャウラの柄を思い切り踏み抜いて、先ほどの合成獣の頭蓋を粉砕する。


 普通の生き物と違ってどこまでダメージを与えれば行動不能になるのかよく分からないのでとりあえず徹底的にやりつつ、ちらりと向けた視線の先には、ガロットと戦うソル達の姿がある。


「ンもう! しつっこい子鼠ちゃんねぇ! とっとと諦めてアタシのオモチャになりなさい!」


「それはこっちの台詞よ! 早く降参して、王都から出ていってよね! おばさん!」


「おばっ……! こ、の、調子こいてんじゃねぇぞメスガキがぁ!!」


 こわい。

 一緒に戦っているソルもちょっと肩身が狭そうにしている。


 俺もまた其方からそっと目をそらし、合成獣狩りに集中する。

 集中……そう、集中したいのだが、なんというか、正直なところを言うと。


 飽きた。


 合成獣どもと戦い始めてから十数分、俺の脳内にはその三文字が溢れかえっていた。

 最初は新鮮さもあって楽しかったけど、操られてるせいか動きは単調だし、攻撃手段もワンパターンだし、段々作業みたいになってきた。


 それからまた少しして、これシメールから笛をぶんどるほうが早いのでは、と俺がようやく思い至ったころ。


「飽きちゃったなぁ」


 先ほどまでの俺の思考を代弁するような声が、ぽつりと場に落ちた。


 とっさに見上げた先、皇帝はつまらなさそうな顔でシメールを一瞥したあと、ふいに俺の方を向いてにこりと笑う。嫌な汗が背筋を伝った。


「ねぇ、みんなで楽しく遊んでるところに水差すみたいで悪いんだけどさ、僕そろそろ帰るね」


 自分が始めた遊びに無理やり巻き込んでおきながら張本人が真っ先に帰る、という実際の友人関係だったら空気の読めないことこの上ない所行だが、現状においては有り難い。


 よし帰れ、すぐ帰れ、と心の中で強く念じるが、これで本当にただ帰るだけの奴ならどれだけ良かったことか。


「そうだシメール、最後にひとつ助言をしてあげようか。そんなつなぎ合わせただけのお人形をどれだけ揃えたって勝てっこないよ。

 グールを殺したいなら――――」


 舞台役者のような勿体ぶった素振りで、皇帝がゆるりと手を持ち上げた。おい、まさか。

 その指先は首元に輝く飼い主の証のほうへと伸び……そこを素通りして、服の内側から小さなガラス玉のようなものを取り出した。よしセーフ!!!


「これぐらいやらないとね」


 いやセーフじゃないな。なんだあれ。


 皇帝が指先に軽く力を込めると、そのガラス玉はまるで飴細工みたいに砕ける。

 すると同時に、ぱきん、と音がして地面が割れた。


 地面が、である。


 俺のいる広場の中心から半径数メートルのところにコンパスでぐるりと線を引いて、その部分にだけ張った薄氷をかかとで割ったかのように、足下の石畳と地面が砕けて落ちていく。


 世の中にはまだまだ俺の知らない色んな遺物があるようだ。

 遺物鑑定士への道は遠いな、と遠い目でくだらないことを考えつつ、周囲にざっと視線を巡らせる。


 ずっと俺が合成獣相手に大立ち回りしていたおかげか、人々は広場から少し離れたところまで退避していて、この大穴に巻き込まれることはなさそうだった。


 俺はど真ん中なのでさすがに回避は無理だが、まぁいくら何でも地殻を突き抜けてマントルを通って……なんてレベルの穴ではないはずだし、適当なところで瓦礫を使って壁際によって、シャウラを突き刺して足場にして云々、とそれなりに考えていた次善の策は。


「きゃっ……!」


 ヒロインの微かな悲鳴を聞いた瞬間に、すべて吹き飛んだ。


 場所とタイミングが悪かったのだろう。ガロットの攻撃を避けるために後退させた足を滑らせ、そのまま落下しかけていたヒロインのほうへ、反射的にシャウラを二本とも投げつけた。


 人体を避けて服の端だけを貫き、崩れかけた石畳のへりに突き刺さった刃先が少女の体をかろうじて陸地に留めたのを見届けて、ほっと息をつく。そしてすぐにハッとした。


 どうやって助かろう、俺。


 爆死回避しても墜死してちゃ意味がないだろう。

 待て、まだだ、まだ何とかなる。とにかく底につく前にしがみつけそうな場所を探すかクッションを……と新たな生存戦略を練ろうとしていた俺の視界に、衝撃の光景が飛び込んできた。


 いや、光景、というか。


「ソル! 行って!!」


 ――――主人公が飛び込んできた。


 そうして大穴に飛び降りたばかりか、瓦礫を蹴って落下速度を上げたソルは、あっという間に俺がいる深さまで落ちてくる。


「ばっ、おま、何を」


「……話は後。掴まって」


 混乱と驚愕でまともに言葉も出ない俺をちらりと見てから、ソルは真剣な表情で暗い地の底を見据えた。

 その目に諦めの色はない。わざわざ飛び込んできたからには、何かしらの策があるらしい。


「ああクソ、なるようになれ!!」


 すぐ横を並んで落ちていたソルの背中を雑に掴んで、俺も大穴の底を睨みつける。

 言いたいことも考えるべきことも腐るほどあるが、とにかく全ては生き延びてからだ。


 自分たちの体が風を切る音がする。

 内臓が宇宙に放り出されたみたいな浮遊感の中、ソルは怯えもせずに胸元から小さな盾の形をしたお守りのようなものを取り出して、下に向けて構えた。


 それには見覚えがある。

 前のオレがゲーム内で手に入れて、しかし終ぞ使用することのなかった超貴重な使い捨て型の遺物。


 たった一度だけ、一定時間あらゆる物理ダメージを無効化する……『防壁のアミュレット』。


 ソルはそれを使って落下時の衝撃を消すつもりらしい。

 ゲーム中では落下ダメージなんて無かったから断定は出来ないが、おそらく可能なはずだ。なにせ超貴重アイテムである。


 現状においてそれ以外に打開策はない。

 ならばどれほど貴重な遺物でも、出し惜しみするわけにはいかないだろう。

 ああそうだ。分かっている。分かっているのだが。


「も、も、も……っ!」


 ――――もったいねぇぇえええええぇええ


 俺の中にある貧乏性ゲーマーの思考回路が、内心で血を吐くような叫びを上げた。

 そして世界は暗転する。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る