No man is an island.


 めのまえがまっくらになった。

 ざんねん、グールのぼうけんはここでおわってしまった。


「……無事?」


「どうにかな」


 ――――とは、ならなかったようだ。


 俺達が落ちた先はマントルでも地獄でもなく、地下水道の深部だった。


 ソルの大剣が放つ淡いオレンジの光を唯一の光源に、暗く入り組んだ水路を出口を探して黙々と進む。

 前を歩くソルの無防備な背中を眺めつつ、俺は顔を顰めた。


 なんで主人公と一緒に行動してるんだろう。


 いや、光源がソルの剣しかないからここで置いて行かれたら困るのは俺なのだが、そういう問題じゃなくて。

 “グール”と主人公だぞ。組み合わせおかしいだろ。


 ソルも「話は後で」なんて言っていたくせに、今に至るまでに発した言葉は「道分かれてる」とか「行き止まり」とか「あ、ネズミ」とか業務連絡にも満たない呟きだけだ。


 俺は俺で、超貴重アイテムを消費させてしまった気まずさやら、ソルの中での自分の立ち位置が分からない困惑やらで、先ほどから曖昧な相槌しか打てていない現状である。

 気分はろくに面識もない親戚の子と突如二人きりにされたおっさんだった。何これどうすればいいの。

 もしも前のオレがその状況だったら、気詰まりな沈黙に耐えかねて「今いくつだ」とか「お菓子食うか」とか無理に話を弾ませようとして失敗した、居たたまれない会話を繰り広げていたことだろう。


「なぁお前、王女様助けにきたんだろうが。何で俺なんか助けてんだよ」


 そして今の俺もまた気詰まりな沈黙に耐えかね、しなくてもいいような問いをわざわざ投げかけた。


「……助けたいと思ったから」


 助けたいから助ける。なるほど、主人公らしい立派な行動理念である。

 自分から大穴に飛び込んできた件については、そういうことで納得してもいいだろう。


 しかしソルはそれ以前から俺に対して妙に敵意がない。

 それどころか、いっそ好意的と言えるほどの態度を見せていることは、ヒロインの様子からも明らかである。


 思い当たる節は七年前の件しかない。

 あのときの俺の行動を幾重ものフィルターに包み、百倍ほど恩着せがましく言えば、ソルの命を救ったとも言えるだろう。

 しかし目の前で親や仲間を虐殺されたばかりの子どもが、明らかにそれを為した悪人どもの一味であり、さらには年端もいかない己を痛めつけたおれを、最後に少し見逃したからと無邪気に慕うなんてそんなおめでたい話があるものか。


 ソルの立場からすれば、そんな半端な情けをかけて助けた気になるくらいならそもそも村を滅ぼすなと助走つけて殴りたいところだろう。

 さらに俺の場合は情けですらなく、自分のための打算ありきの行動だったのだからなお悪い。


 別に文句をつけたいわけではない。

 けれど、不可解だ。


 そんな思いが全面に出ていたのか、ソルはそこで初めて、小さく苦笑するように息を零した。

 ぴたりと足を止め、手にした大剣をゆるく握りなおしながらこちらを振り返る。


「あなたのことを……ダズートとひとまとめにして、仇と憎んだ時期もあった」


「別に、間違ってねぇだろうが」


 原作と違って直接手を下したわけではないが、結局見殺しにしたのだから同じようなものだ。


「……うん。確かに今も、そう思う気持ちは……少しある」


 あれ、今ソルと戦闘になったら俺死ぬんじゃないか。

 シャウラは上に置いてきてしまったし、かわりの武器になりそうなものも少ない。話題選びに失敗した感がひしひしとする。


 俺のひそかな焦りをよそに、ソルはその金の瞳を柔らかく細め、また前を向いて歩き出しながら言葉を続けた。


「でも、あなたの言葉に支えられて、生きてきた自分がいるのも、本当だから」


「俺の言葉?」


「“お前は絶対に強くなる”」


 言っ……たかなそんなことも。言ったな。

 あのとき苦し紛れに押し出した、原作グールの台詞だ。


「“血染めの食屍鬼”を恨み憎んでいたはずだった。けれどつらいときや苦しいときに、ふと思い出すのは、あなたのその言葉だった」


 お前は強くなる。

 ……自分は、強くなれる。


 仇であるはずの男の言葉を、いつしか目標のように据えている己がいることに気づいたのだと語りながら、ソルがそっと腰元のポーチに手を添えた。

 随分と使い古されていたが、しかし大事に手入れされているのか今も問題なく本来の役目を果たしているソレは、あのとき自分が投げ渡したものである。


「騎士団では……帝国軍の噂をたくさん聞いた」


「そりゃ、さぞかしろくでもねぇ悪評ばかりだっただろうよ」


「うん。特にあなたのものは飛び抜けて多かった。でもそのうち、ふと思うようになった。“噂が多い”のは、それだけ……あなたと会って“殺されなかった人が多い”ということなんじゃないかって」


 生きて帰れなきゃ、噂も出来ない。


 ソルはそうぽつりと呟いて、何かを思い出すように一度黙り込んでから、また改めて口を開く。


「そんなふうに考えた自分が信じられなかった。まるであなたを、悪い人じゃないと思いたいみたいな、自分が」


「あの王女様といい……だから、悪い奴だっつってんだろが。火のないところに煙は立たねぇよ、噂が多いのはそういうことだ」


 ソルは「んん」と否定とも肯定とも取れる相槌をひとつ零して、息を吐いた。

 長々と話すのがあまり得意ではないのだろう。それでも彼はまた、俺に伝えるために言葉を続ける。


「でもそうこうしてるうちに、自分が本当にあなたを憎んでいるのかもよく分からなくなってきて、あなたの悪口を聞くと腹が立つようになってきた……から、なんかもういいかって」


「おい、結論が投げやりだぞ」


 お前やっぱ喋るの疲れてきただろ。


「それと……グラフさんは、元気?」


「なんだ唐突に。まぁ、今ごろ帝国の姫と食堂で働いてんじゃねぇの」


「……どういう、こと?」


「知らん俺に聞くな」


 こっちだってつい先ほど知ったばかりの新情報である。むしろ俺が聞きたい。なんでだ。

 何にしても元気だと伝えればソルは満足げにひとつ頷いて、脱線したかと思われた話題をそのままレールに乗せてみせた。


「自分だけだったらまだ、もしかすると気の迷いかもって思えたけど。あの人まであなたを大好きなら、きっと、そういうことなんだろうなって……今は思う」


 ソルの言う“大好き”に、当然ながら色恋の意味はない。

 まるで子が親を慕うように、画面の奥にいるヒーローに向けるように。


 彼の年齢からすると少々幼すぎるほどのまっすぐな好意を宿した言葉が、胸の深くに突き刺さる。


「……何が“そういうこと”なんだよ」


「そういうこと、は、そういうこと」


「さっぱり分かんねぇ」


 自分をえぐった見えない傷跡が、身勝手な己を責めるように、どこかでじくりと痛んだ気がした。


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