ネタバレやめてください


 暗くじめじめとした地下水道をあてどもなく歩き続ければ、徐々に気分も荒んでくる。

 ソルめ、王都脱出のときに一回通ってるんだから道覚えとけよ、とマップを全忘却した己を棚に上げて内心でやつあたりしたのが少し前。


 そして現在。


 地底湖の広がる大空洞にたどり着いた俺達は、ある“超巨大建造物”を見上げて呆然としていた。

 ソルは未知のものに対する驚きゆえに。俺は。


「テセウス……!」


 既知のものへの、衝撃ゆえに。


 ――――遺物船『テセウス』


 移動手段の発達が著しく遅れたこの世界において、海上の長距離移動を可能とする、夢のような遺物である。

 主要な大陸への航路がインプットされていて、自動操縦であっという間に新天地にたどり着くことが出来るが、起動にはキーアイテムが必要だ。


 そのキーアイテムこそがラスボス戦でドロップする『アストラの王冠』であり、つまり。


「まじごめん」


「……?」


 ソルがここに到達するのは、クリア後になるはずだったのだ。

 そりゃ道も分からないはずである。王都脱出の段階ではこんなところまで来られないのだから。


 どうせアストラの王冠がなければ動かないし別に致命的なミスではないのだが、なんかこう、未プレイの人間にネタバレをやらかしたような居たたまれなさがあった。グラフのときとは一味違った罪悪感が俺を襲う。


「あなたは、これが何か、知っている?」


「……今は必要ないもんだってことくらいはな」


 俺を返事を聞いたソルが、もの言いたげにこちらをじっと見る。

 そんな適当な返事では納得出来なかったらしい。めちゃくちゃ驚いてしまった手前、今更知りませんとも言えない。


 まぁ隠しておくほどの話でもない、こうなれば更なるネタバレのひとつやふたつ大差ないだろう、と溜息を吐く。若干やけくそだった。


「知っての通りこの大陸は、いくつもの巨大な渦潮と、複雑怪奇な海流に周囲をぐるりと囲まれてる。一定以上沖に出ればたちまち海の底まで引きずり込まれて、後は髪の一本だって戻ってこない」


「…………?」


 突然始まった地理講座に、ソルが不思議そうに首を傾げる。


 いくら移動手段が発達していないといっても、この世界にだってちょっとした木造船や、それに遺物で推進力をつけた簡易モーターボートのようなものは存在する。


 にも関わらず他の大陸に到達することが出来ない、どころか存在そのものがおとぎ話扱いされるレベルにまでなってしまったのは、ひとえに通称『海壁』と呼ばれるバケモノ海流のせいだった。

 シナリオが特定のポイントに到達するまで通過できないギミックはゲームではよくある話だが、実際目の当たりにすると中々に理不尽である。


「俺達にとって海は難攻不落の壁だ。だが古代人にとってはそうじゃなかった。それを証明するのが、この遺物船テセウスだ。こいつの力があれば海壁を越えて新大陸に行くことが出来る」


 勢いで断言してしまった後で、「……という言い伝えがあってだな」と無理やりごまかす。

 そんなことで一人焦る俺をよそに、ソルはテセウスを見上げて圧倒されたように息を吐いた。


「こんなに、大きい船が……あるなんて」


「ああ。俺も驚いた。こんなでかいのか」


 いや、本当にここまでとは思わなかった。


 ゲームではデフォルメされたグラフィックになっていたから分からなかったが、その大きさはもはや一種の城か遺跡に見えるほどで、見た目はどちらかというとノアの方舟を彷彿とさせた。小さな街ならひとつふたつは余裕で詰められそうだ。


「これは、動く?」


「……さてな。それよりコイツがあるってことは、」


 出口への通路に繋がる扉が近くにあるはず。

 そう言い掛けたところで、どこからか聞き覚えのある声が響いてきた。


「グールく~ん! ソルく~ん! どこー?」


 どこか間延びしたその声は、間違いなくレサトのものだ。

 ソルと顔を見合わせて頷き合い、その声が聞こえた方向へ急ぐ。


「あっ、いた!」


 すると細い通路の先、鉄格子で出来た扉の向こうに、ランタンを掲げたレサトが。


「よう団長」


 そしてその後ろにはなぜか、帝都に置いてきたはずのジュバがいた。


「何で居んだお前」


「暇だったから団長探しに来た」


「……昔は暇になるとすぐ人間ちぎろうとしてたのにな……お前も成長したもんだな……」


 暴れる前にまず俺を探しに来るようになったのだから上々である。

 まぁ俺がいないところで暴れるなと散々教え込んだ結果、俺がいれば暴れてもいい、と変なインプットをされた感じもするが、何にしても人・即・断よりは平和だろう。


 なお二人での任務帰りなどにスラムに寄ることもあったから、ジュバとレサトはそこそこ面識がある。

 ジュバが王都についたところで、俺達を探しにこようとしていたレサトとばったり行き会い、ここまで一緒に来たらしい。


「……鍵が、かかってる」


 俺達とレサト達の間を隔てる鉄格子の扉を引っ張ったソルが、ぽつりと呟く。


 そう、ここは文字通りキーアイテムがないと開かない類の扉だ。

 その鍵はこの地下水道の、王都脱出の際に通るルートであっさりと入手することが出来る。


 とはいえシナリオ上、再びここへ戻ってこられるようになるのは王都奪還後になるため、今の今までガラクタ同然であったそれを現在ソルが所持しているのかというのが問題だが――。


「ほら、開いたぞ」


「ジュバくんすごーい! 飴みたいー!」


 なくなった。問題はなくなった。


 はしゃぐレサトの言葉通り、扉を構成していた鉄格子は今や飴細工もかくやとばかりに、ぐんにゃりと左右にねじ曲げられていた。


 そして俺は奴が人間引きちぎりマシーンの前に、妖怪金属ねじ切り男であったことを思い出す。

 キーアイテム『地下水道の鍵』がただのおしゃれアンティーク雑貨に変わった瞬間だった。まじごめん。


 思わず頭痛を堪えるように頭を押さえた俺の背を、ソルが何も分からないなりにぽんぽん叩いて慰めてくれた。いいやつかよ。

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