棘付き鉄球のジャンヌ・ダルク
俺だけにやや複雑な気分な残しつつも扉だったものをくぐり抜けて、全員で出口に向かう。
出口といっても王都の外に出るルートと、玉座の間に繋がるルートがあるわけだが、向かうのは後者である。
正直このまま帰りたいところだが、今後のこともあるし一応ヒロインの安否を確認していかねばなるまい。
そう思って、のこのこと広場まで戻ってしまった俺が目にした光景は。
「ご、ごめんなさいぃ……ゆ、ゆるしてぇ……」
「このアタシが、あんな小娘風情に嬲られるなんて……でも何かしら、この胸の高鳴り……ときめき……はぁん……」
――――縄でぐるぐる巻きにされて、情けない顔でべそをかいているシメールと、恍惚とした表情で何かに目覚めかけているガロット。
「出て行け帝国軍!」
「みんな武器を持て! 王女様に任せっきりじゃ、誇り高き王国の民の名折れだ!」
「そうだ……俺達の王都は俺達で取り戻すんだ!」
「私たちもやるよ! 鍋でもなんでも投げちまいな!」
―――奮起した国民に追いかけられ、多勢に無勢でぼろぼろになって逃げ回っている軍団員たち。
「ありがとうみんな! 無理はしないでね! ……さあ、このまま一気に王都を取り戻すわよ!!」
「おおおお!!!」
――――その陣頭に立って、ジャンヌ・ダルクもかくやとばかりに勇ましくモーニングスターを振るうヒロインの姿だった。
ああ、そういえば王都奪還イベントの最後ってこんな感じだったな、と遠い目をして現実逃避を試みていると、こちらに気づいたヒロインがその美しい
「あら、おかえりなさいソル」
「……ただいま」
「皇帝には逃げられちゃったけど、軍団長たちはなんとか倒したわ。今みんなが頑張ってくれているから、残った手下達ももうすぐ何とかなると思う。そっちも……大丈夫だったみたいね」
俺のほうを見て、ヒロインは安堵するように小さく息を吐く。
しかしその反応もつかの間。
彼女はモーニングスターの鎖をじゃらりと鳴らし、獲物を前にした獣のごとく目を爛々と輝かせて、それはそれは見事に笑ってみせた。
「それじゃあ『血染めの食屍鬼』さん。疲れたでしょうし、ちょっとお茶でも飲んでいかない?」
物理特化のヒロインと、周囲をぐるりと取り囲んで武器を構える国民達。
だがヒロインとソルはともかく、それ以外はろくな訓練もされていない素人の集団である。蹴散らして帰るのは容易い。
いや、この場合、容易すぎるのが問題だった。
そもそも俺は手加減が苦手である。
さっき笑いあった仲間が別れて十分後には死んでいた、ということもザラであるスラムにおいて、手加減などという贅沢な手段を用いている余裕はなかった。
まぁ場数を踏んで多少実力がついてからは、どうにか「殺さない」という選択肢を取れるようになったのだが、というか俺に出来るのは“そこまで”であった。
要するに。
俺の手加減=殺さない程度にボコる
……なのである。
屈強な兵士相手ならともかく、吹けば飛びそうな老若男女の入り混じった集団にそれはちょっと、なんというか、払っただけのつもりがうっかり殺しちゃったらどうすんの、と凡人の心がビビりまくっていた。
俺でこのザマなのだからジュバなど目も当てられない。
近年だいぶ頑張って手加減しているらしいのは分かったが、まだとても一般人に適応できる領域じゃない。確実にちぎれる。色々。
やっぱり帰ればよかったと心底悔いるもすべては後の祭りだ。
俺は深々と息を吐いて、抵抗の意思がないことを示すために両手をあげた。
ハルバードに手を伸ばしかけていたジュバは、そんな俺の対応に少し考えるそぶりを見せてから、同じく両手をあげてみせた。
ちなみにレサトはちゃっかりソルの仲間っぽい立ち位置に移動している。間違ってはない、原作的に間違ってはないのだが、おのれ逃げたな女帝。
「王女様、このでかいやつの武器は取り上げますかい?」
やめてくださいそいつ素手のほうが危険なんです。
「そのままでいいわ。行きましょう。あ、ソルはそこの軍団長ふたりをお願い」
「……うん」
ぐるぐる巻きにされた二人の紐の端を持ったソルが、そのまま容赦なく引きずって歩き出す。
泣きわめくシメールと反対にガロットが「あン、こういう杜撰なのも悪くないわぁ」とうっとりしていた。なんか本格的に目覚めてるけど何したんだ王女様。
SとMは紙一重ということか、と無理やり己の中に結論を見いだして、同じ目に遭う前におとなしく歩きだそうとしたとき。
「あ、あのっ!」
ひとりの子供が、人垣の足下を縫うようにして目の前に飛び出してきた。
「さっき、たすけてくれて、ありがと!」
「あ?」
何のことだと眉根を寄せかけて、それが合成獣から助けた子どもだということを思い出す。
しかし助けたのは俺だが発端となる合成獣をぶっ飛ばしたのも俺なのでマッチポンプ感がすごい。
とはいえ、目をきらきらとさせてこちらを見る幼子相手にそんな身も蓋もないことは言えなかった。
「まぁ、なんだ、危ない目に遭わせて悪かったな。……もう戻れ。親が心配してんぞ」
「うん! ばいばい!」
子どもは元気に手を振り、後から慌てて人垣をかき分けてきた親のもとへ駆け戻る。
両親と思しき男女はほっとした顔で子どもを抱き留めてから、警戒と不安をない交ぜにした表情で、それでも俺に小さく頭を下げた。
周りの人間も同じように複雑そうな様子ながらも、それを止めることはなかった。
「お、こっちの城下でもなんかやったのかよ“グールちゃん”」
「ぶん殴るぞ」
茶化してくるジュバに思いきり凄んでから、何とも言えない決まりの悪さに息を吐く。
ああ、なんだか無性に姫の手料理が食べたい。
立て続いたイベントと予想外の展開に疲れ果てた俺は、もはや現実逃避のようにそんなことを考えていた。
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