ゴミ性能でも愛があれば


 レサトに言われるまでもなく、俺だって自分の立場は分かっているつもりだった。


 皇帝はともかく、ほかの軍団長に今の段階で裏切り者と思われるのはまずい。

 誰が相手でもおそらく勝てなくはないと思うが、全員一筋縄ではいかないため敵に回すと非常に面倒臭いし、束になられたらさすがにきつい。

 最終局面までは穏便に事を運ぶにかぎる。


 ……と思っていた時期が俺にもありました。


 処刑が行われるはずだった広場の中央で、マッドサイエンティストの第八軍団長ことシメールと睨み合う俺。


 遠くの屋上で「あちゃー」と言わんばかりに苦笑するレサトと、突然の展開に目を丸くするソルとヒロイン、まるで興味がなさそうな拷問大好きおば……おねえさんことガロット、愉快そうな皇帝、おろおろする軍団員。


 視界に入るそれら一切を意識から閉め出しつつ、小脇に抱えていた子供をゆっくり下ろして、その背を押した。


「とっとと行け」


「う、うん」


 俺が助けたとあってはうかつに手が出せないのか、ささっと避けていく軍団員たちの合間を縫って、子供が母親のもとへ駆けていく。


 さて、事の発端と呼ぶべきは何だっただろう。


 まず途中まで俺は完全にただの傍観者だったためダイジェストでお届けすると、処刑寸前でソルに助け出されるヒロイン、立ちはだかる二人の軍団長、そして戦闘開始、といった流れだ。

 この辺りまでは、こういうのRPGっぽいなぁ、とのんきな感想を抱いていた。


 問題はここからである。


 やがてソル達が押し始めたころ、ゲーム風に言うならば中ボス二人の体力が一定以下になったタイミングで、あのマッドサイエンティストはやりやがった。


「お、おいで! ボ、ボクの、合成獣キメラたち!!」


 そう言って奴が遺物らしき笛を吹くと、それに反応して現れたのはあらゆる動物の特徴を持った継ぎ接ぎの生き物たち。

 強化人間が暴走という結果に終わったあと、今度は合成獣の研究にはまりこんでいたらしい。


「ここにいる、や、奴ら、全員八つ裂きにしてしまえ!」


 号令をかけられた合成獣たちは、ソル達のみならず、その場にいた軍団員や市民たちにまで襲いかかり始めた。

 逃げまどう市民の姿に顔をしかめていた俺の腕を、レサトがぐいと引く。


「つらいだろうけど、我慢してね」


「……分かってるよ」


 分かっている。分かっていた。そのはずだった。


 そのとき俺達を狙ってもの凄いスピードで飛んできた羽の生えたロバみたいな合成獣を、思いきり蹴り落としてやった先に、座り込んで泣いている子供の姿を見つけるまでは。


 瞬間、頭に過ぎったのは「あっ」だった。人間とっさに小難しいことなんて考えていられないものである。


 気づいたときには屋上から跳んでいた。


 さっき蹴った合成獣をもう一度蹴り飛ばして落下地点を変えつつ着地、したところで新たに子供に襲いかかろうとしている別の合成獣に気づき、とっさに子供を抱えて飛び退く。


 追撃をかけてきた合成獣にシャウラを一本ぶん投げて、その額に見事命中させたところで、はっと我に返った。


「…………」


「…………」


 沈黙が痛い。

 方々から突き刺さる視線を感じながら、時間を稼ぐようにゆっくりと息を吸う。


「……おいおい、お前の相手はそっちの小僧共だろ? 関係ない奴ら巻き込んでんじゃねぇよ」


 唸れ俺の言い訳スキル。

 なんか、なんかこう、裏切りじゃない感じの流れに持って行くんだ。


「王国の人間なんて、何匹死のうが、し、知ったことか!」


「今は帝国の人間だろうが、一応。それに……軍団員だって巻き込まれてるしよ。帝国軍は……あー……皇帝、陛下、の、配下であって、お前のオモチャじゃねぇんだぞ」


 考えながら喋っているせいでかなり色々怪しいし、普段から味方を巻き添えに大暴れしている俺が言っても何の説得力もなかった。

 しかしシメールはすでに追い込まれていて余裕がないせいか、それらに突っ込むことなく、目をつり上げて俺を睨んでくる。


「う、うるさいうるさい!! だ、だいたい昔から、お前のことは気に入らなかったんだ! ボ、ボクの研究施設をダメにするし!」


 あれはお前が発端じゃねぇか、と思ったが、研究施設についてはコンマ何ミリか申し訳ない気持ちもあったので黙殺した。


「た、戦い方も下品だし、そんな、ゴミみたいな効果の遺物武器しか、持ってないくせに、え、えらそうにして!!」


「てめぇシャウラ馬鹿にすんなよ」


 申し訳ない気持ちが秒で吹き飛んだ。


 イマイチ性能なのは認めよう。

 投擲武器として使おうと思ったら祭りのかけ声よろしく名前を連呼しなければならない残念遺物だ。もっと便利な武器は正直いくらでもある。


 しかしシャウラはいわば、お手すら出来ないけど呼ぶと一目散に自分のところへ駆けてくる犬である。そんなもんバカワイイだろうが。

 第十二軍団という名のぼっちだった頃から二人三脚でやってきた相棒に、俺はすっかり情が移っていた。


 睨み合う二人の軍団長。


 こうして現状に至る。


 つらつら思い返してみると、発端というか最後の一押しとなったのは俺のシャウラ愛なのだろうか。いやしかしこれは譲れない。


「ふ、ふへへ、へ。いいさ……ならお望み通り、ほ、他のやつらを狩るのは止めてやるよ……ただし」


 シメールは、合成獣を操る笛を構えてにたりと笑う。


「つ、次の標的はお前さ! そ、その二つ名通り、血染めにしてやる!!」


 歪んだ笛の音が響き渡り、辺りにいた合成獣たちが一斉にこちらへ向かってくる。

 俺はシャウラを二本とも抜き放って、よくヒラ軍団員に怯えられる凶暴で凄惨な笑みを浮かべてみせた。


「おお上等だ! 全部こいつで沈めてやるよ!!」


 お前が馬鹿にした遺物武器の力をとくと見よ。


 売り言葉に買い言葉で、謎のシャウラ縛りバトルが開始した瞬間だった。

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