爆死する中ボスに生まれ変わったけど
「テメェは遅ぇんだよ! 俺に当てたきゃ動き見て先読めバカが!」
「ぐ……っ!」
振り切られた大剣を屈んでかわして、地面についた手を軸にソルの胴を蹴り飛ばす。
その勢いでぐるりと反転し、背後に迫っていたヒロインに向けてシャウラを一本投げつけた。
ヒロインはそれをモーニングスターで弾くと、重力に沿って落下しようとするシャウラの柄を取り、逆にこちらに向かって投げつけた。
「……シャウラ!」
飛んできた刃を俺が難なくかわしたところで、ヒロインがためらいがちに叫ぶ。
シャウラを使っているところは三人旅をしている間に何度も見せたことがある。もしかしたら自分でも扱えるのでは、と思ったのだろう。
しかし遺物武器には所有者登録のような機能がついていることが多く、そうなると持ち主が生きている間はその持ち主しか効果を発動出来ない。
ヒロインもそれを承知しているのか、声のトーンからして駄目元のようだったが。
直線に進んでいたシャウラが、途中で弧を描いて曲がった。ヒロインが驚いたように目を丸くする。
「使えた!」
そう。シャウラは持ち手を掴んで投げたあとに呼べば誰のもとへでも帰ってくる、バカでかわいい残念遺物である。
だからこそ俺は基本的にシャウラを奪われないように立ち回るし、それに。
「半端じゃ、すぐ取り返しちまうぞ!」
速さも軌道もコロコロ変えて、自分勝手で気まぐれなこいつの動きを、俺は誰より承知している。
呼び主のもとへ戻ろうとする途中のシャウラをろくに見もせず宙で掴み取ってすぐ離し、刃を射出するように柄の部分を思いきり蹴りつけた。
「くぅ!」
急加速して飛んできたシャウラをぎりぎりのところでかわしたヒロインの頬に赤い筋が浮かぶ。
それを見てわずかに眉根を寄せつつ、俺はもう一本のシャウラを真横に放った。こちらに大剣を振り上げようとしていたソルはとっさに剣身を盾にしてそれを弾いた。
「シャウラ」
呼びかければ宙に浮いて戻ってきた二本のダガーは、くるくると不規則に周囲を飛び回る。
「……なぁ、ふざけてんのか?」
《本気で戦う》意思があるうちは体の支配権は奪われないようなので、一旦足を止め、深々と溜息を吐きながらソル達と向かい合った。
「テメェらいつまで俺を止める気でいるんだよ。んな腑抜けた攻撃が通じるわけねぇだろ。やるなら殺す気で来いやクソが、つまんねぇな」
急所を避けた攻撃ばかり繰り出してくる二人を、そのへんの団員なら泣いて逃げ出す目つきで睨みつける。
するとソルは同じくらいの強さでこちらを見返してきたが、その金の目には敵意も殺意も映っていない。あるのは強い決意と、少しばかりの気遣わしげな色だけだ。
「絶対に、殺したりなんて、しない。ぼくらは……あなたも助けたいんだ」
「それがふざけてるっつってんだよ。まだ分かってねぇみたいだからもう一度だけ言ってやる。俺は敵だ。テメェらの国を、故郷を滅茶苦茶にした仇だ!」
「……違う、とは言わない。あなたに全く関係がないなんて、言えない。でも、ぼくも、もう一度だけ言う。例えそうだとしても、ぼくがあなたに救われたことに……変わりはない」
「んなのおかしいだろ! 俺は『血染めの
あの、“ゲーム”の中の、ソル達のように。
そうしてお前達は画面の向こうにいた、あのろくに思い入れのない“ゲーム”の“キャラクター”なんだって信じさせてくれ。
そうじゃなきゃいけない。でなけりゃ、目の前の存在が“生きている”ことを認めてしまえば、俺は。
「……頼むから……っ!」
彼らを――――見捨てられなくなってしまう。
半ば懇願するように声を絞り出した俺に、ソルが何かを言い掛けた。
しかしそれを聞く前に体がまた勝手に動き始める。今、俺の戦意が途切れたと首輪は判断したらしい。
周囲を旋回していたシャウラを二本とも掴み取ると、くるりと逆手に持ち直して構える。
俺が支配権を取り戻そうと意識を集中するより早く、俯きがちに立ち尽くしていたヒロインに向かって斬撃を繰り出した。
当たる、と思ったその瞬間。
ギッと鋭い目つきで顔を上げたヒロインが、目にも留まらぬ速さでモーニングスターを振るい、攻撃を弾き飛ばす。
その勢いで周囲に巻き起こった風がぶわりと頬を過ぎるのを感じながら、俺の体は数歩後退してシャウラを構え直した。
しかしすぐさま攻撃に転じることはせず、まるで脅威に遭遇した獣がごとく、ぴたりと動きを止めた体はヒロインの動向を伺っているようだ。
なるほど、首輪にコントロールを持って行かれているとはいえハードとソフトはあくまで俺自身なのだから、本気の俺でも追撃をためらうほどの威圧感をヒロインが放っているとくれば、そりゃ足は止まるか。
橙の瞳を剣呑な色に染めたヒロインは、地の底から響くような声で話し始めた。
「さっきから聞いていれば、ごちゃごちゃと……往生際が悪いわね『血染めの食屍鬼』」
「あ、あぁ?」
「こっちだってあなたが完璧な善人だなんて思ってないわよ。敵で仇で悪党で……でもそういうの全部ひっくるめてあなたのことを助けたいって言ってるんじゃない!」
「だからそれが、」
「ああもう!! 大体あなたは中途半端なの! 本当に敵だと思われたいなら、魘されている人間に毎晩毎晩ああいうことしないで!!」
「………………、はぁ!!? なっ、おま、起きて、」
「毎回起きてたわけじゃないけど! 嫌な夢を見て、気づいた時はいつもあなたの声がしたから、ソルもそうだって言っていたし、もしかして毎晩こうしてくれてるのかしらって思ったんだけど……その反応を見るに、当たりよね?」
どでかい墓穴を掘った。ぐう、と喉の奥で息が詰まる。
「牢屋にいたときだって! お願いしたら大抵のものは持ってきてくれて、お願いしなくてもブランケットとか本とか差し入れてくれたじゃない!」
「膝掛けはクッション取りに行ったついでにあったから持ってっただけだし、本は読ませときゃ静かになるかと思っただけだ!」
「旅の間はそれとなく気遣ってくれるし、戦っているときもさりげなくフォローしてくれるし、かと思えばふと辛そうな顔するし、これでどうやって敵だと思えって言うのよ! 無理に決まってるでしょ!」
「んなもん……あれだ、テメェらを油断させる、なんか、演技に決まってんだろバーカ!!」
静謐な夜空に俺とヒロインの怒声が交互に響きわたる。
それはもはや口論と呼ぶこともおこがましい子供の口喧嘩、いや、犬の吠え合いのような有り様であった。
そうこうしているうちに俺の体がまた攻勢に出始めたため、ヒロインはそれを怒り任せに捌きながら口撃も継続する。
「演技なら演技でしっかりやり抜きなさいよ! さっきからその取って付けたような罵倒も全っ然似合ってないんだから!!」
「はぁ!? おま、人がせっかく倒しやすいように“グール”らしくしてんのに!」
「グールらしくって何よ! 私が知ってるグールはあなたしかいないんだから、あなたらしいのが“グールらしさ”でしょ!? じゃあちっともグールらしくないじゃない! ばか!」
「ざっけんなお前! 人の気も知らねぇでよぉ!!」
「そんなの知るわけないでしょ! 分からず屋!!」
シャウラの刃とモーニングスターの柄で押し合いながらぎゃあぎゃあ騒いでいたら、どこからか「ぶふっ」と空気の漏れるような音が聞こえた。
反射的にそちらへ目を向ける。すると。
「ふ、ふふ……あははは……っ!」
ソルが、笑っていた。
俺とヒロインはその光景を呆然と見やる。
「ソルがあんなに笑ってるの初めてみたわ」
「ああ……」
故郷を失う前はどうだったのか知らないが、ソルは基本的に口数少なく、表情も乏しい。
小さく微笑む程度ならたまにするものの、あんなふうに今にも膝をついて腹を抱えそうなほど笑い転げている姿はそれこそ“ゲーム”でも見たことがなかった。
なんだ、どうした、気は確かか、と状況も忘れて心配しそうになったところで、ソルは笑いすぎで滲んだらしい涙を指先で拭いながら、ゆっくりと身を起こす。
「はー……二人とも、おもしろい」
「ざっけんなお前」
こちとら吐きそうなくらい真剣だし、先ほどからの言い合いによって戦意が乱高下しているせいで、支配権が奪われたり戻ったりして体の操作感覚が非常にラグい事になってしまっているため必死である。
「ふざけて、ない。ぼくとしてはルーナの意見にだいたい賛成……だけど、あなたの言うことも一理ある。“止める気”では、あなたには勝てない。かといって“殺す気”も、ないけど」
「……止める気じゃねぇ、殺す気でもねぇ、それでどうやって勝つって?」
「うん、ちょっと難しい。でも、あなたのやり方を参考にする、ことにした」
ソルは先ほどの名残でまだ弧を描く口元をそのままに、改めて大剣を構え直した。
俺のやり方。つまり。
「――――殺さない程度に、ぼこぼこにする」
主人公の口から飛び出すにはおおよそ似つかわしくない発言に動揺して、体がまた派手にラグったところをヒロインに弾き飛ばされる。
すると体勢を整える間もなくソルが追撃を仕掛けてきた。
振り切られた大剣を眼前すれすれでかわしてから、少し距離を取って立ち上がった。遅れてどっと冷や汗が溢れてくる。
今のソルの一撃は、なるべくこちらを負傷させまいとしていた先ほどまでと違い、まさに“殺さない程度”の配慮のみがなされたものだった。
女帝の件といいグラフの件といい今までにも様々意図せぬ改変をやらかしてきたわけだが、ソルを変な方向に吹っ切れさせてしまった現状も、もしかして俺のせいになるのだろうか。
いや、というか、待て。今だいぶ体がラグいからそこまで本気じゃなくても多分勝てるぞ。落ち着け。
「なるほどね。じゃあ私もそうさせてもらおうかしら。あなたの戦い方は見てきたもの、私達にもきっと出来るわ。いえ、やってみせる!」
ヒロインも覚悟を新たに参戦決定である。
グール終了のお知らせ、というテロップが脳内で明滅しはじめたところで、ソルがふいに柔らかく目を細めて俺を見た。
「この戦いでもしこっちが勝ったら、そのときはどうか信じてほしい」
「何を」
「あなた自身と、ぼくらと、……未来を」
向けられた信頼を。
差し出される仲間の手を。
自分達が持つ、未来を掴む力を。
俺がずっと見ないふりをしてきたそれら全てを信じろ、と。
過酷な運命を切り開いて己の足で一歩ずつここまで歩いてきた、弱い少年が、強くなった青年が、ひとりの人間が、そこで確かに笑っていた。
ああくそ。ちくしょう。
本当はずっと昔から。
いや、最初から分かっていた。
ゲームの中だかゲームにそっくりな世界だか知らないが、ここは“俺”にとって紛れもない“現実”で、彼らはシナリオとプログラムによって動く“キャラクター”などではなく、懸命に生きる“人間”なのだと。
「……ったく本当によぉ……記憶戻るの、遅すぎなんだよなぁ」
ソル達には聞こえない程度にぽつりと呟く。
それこそ生まれたときから記憶があれば、自分はこの世界をゲームだと、彼らはキャラクターなのだと、何の問題もなく割り切ることが出来たはずだ。
ろくに思い入れのないゲームのキャラなんて見捨てて、己の命を選ぶことも出来たのかもしれない。
けれど。
ふと口元に笑みが浮かぶ。
どこか力の抜けたそれは、もしかすると苦笑に近かったかもしれない。
「いいぜ、負けたら全部信じてやるよ。その代わり今度こそ本気で来い。これが、最後だ」
記憶が戻るのが遅すぎた。
きっとあの瞬間から、俺の負けは決まっていたんだ。
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