終盤になってデフォルト機能を知る
“ゲーム”では主人公が来るまで何百時間でも大人しく謁見の間で待っているはずの男が、なぜか今目の前で嗤っている。
皇帝の足下には一人の女が倒れ伏していた。いつも皇帝の傍らにいた、あの女幹部である。
ぴくりとも動かないその体を中心に広がる鉄臭い液体が、他の奴らのように薬で眠っているわけではない事を伝えていた。
「ああ、これ? 僕を逃がすってうるさいから殺しちゃった! せっかく盛り上がってきたところなのにさぁ、空気読めないにも程があるよね。そう思わない? グール」
「…………」
「まただんまりかぁ。昔はよく話してくれたのに、あれからすっかり無口になっちゃって残念だよ。そんなに僕と敬語で話したくない?」
嬉々として「命令」で喋らせてたくせに何が残念だ、という悪態を飲み込んで睨みつけていると、皇帝は「うーん、あ、そういえば」と言って手のひらに拳をポンと打ち付ける。
「君はたしか裏切り者になったんだろう? なら
「……お前が、
首輪の機嫌を探るように慎重に口に出した悪態が、もう何年ぶりだか分からないほど久々に、妨げられることなく音に変わったことに場違いな感動を覚えた。やっとこいつに敬語を使わなくて良くなったと思うと清々する。
するとそこでソルとヒロインが、俺と皇帝の間に立ちふさがるように前へ歩み出た。
「こんばんは皇帝陛下、ご機嫌いかがかしら?」
挑発的に声をかけるヒロインの凛と伸びた背中を見ながら、俺なんで庇われてる感じになってんだろと複雑な気分になる。度重なるあれこれでソル達にまでいじめられっこキャラ認定されたのかもしれない。
「やぁ二人とも! 君たちが来るのをとても楽しみにしていたよ! まさかこんなところで会うとは思わなかったけどね」
それを言いたいのは俺のほうである。
しかしおそらくだが鉢合わせになった原因は、城下の人々の協力等により俺たちが大幅な時短に成功してしまったせいだろう。どうせならこのままTASばりの勢いですべてを終わらせたいところだが。
「私もようやく貴方と会えて嬉しいわ。今度こそ、“遊んで”くれるんでしょう?」
「もちろん! と言いたいところなんだけどさ、この場所じゃあまりに雰囲気が無いと思わない?」
「……別に。ぼくらは、どこでも構わない」
「そう? でも僕はどうせなら皇帝らしく玉座で君たちを迎えたいんだよねぇ。だからさ、準備が整うまで代わりにグールと“遊んで”てほしいんだ」
来たか。
この首輪をつけて奴と対峙する以上、こういう展開になる可能性は想定していた。
といっても「命令」が一方的なものである以上、こちらが能動的に取れる対策は無きに等しいが、長年この首輪に振り回されてきてひとつ分かったことがある。
直接攻撃禁止やタメ口禁止などの『~してはいけません』系の命令と違って、ジュバ捕獲や遺物回収などの『~しなさい』系の命令はわりと判定が緩い。
たとえまだ命令を実行出来ていなくとも、拒否する意思を見せない限りは罰が発動しないのだ。
それを利用すれば命令を受けながらもソル達を見逃すことが出来るはず、と俺が珍しく頭を使って組み上げていた作戦は、しかし次の瞬間にあっけなく意味を無くすこととなる。
「《彼らと本気で戦ってあげなよ》。ねぇ、グール?」
両手が流れるようにシャウラを抜いた。
勝手に。
「は?」
意思が伴わない体の動きに理解が及ばずにいる間にも、俺はこちらに背を向けたままのソル達に向かって刃を振りかぶっていた。
「お、まえら避けろ!!」
とっさに声が出ただけでも上出来だっただろう。二人はすぐに反応して、その場から飛び退いた。
しかし俺は即座に身を返し、ためらいなくソルを斬りつける。
ソルは体勢を整えながら大剣を引き抜いて攻撃を防いだ。ぶつかり合う剣身がぎりぎりと軋んだ音を立てるのを聞きながら、俺は唯一自由になる口を動かす。
「クソ皇帝! てめぇ何しやがった!」
「あ、びっくりした? でも“恭順の首輪”の本来の使い方ってこれなんだよね。まぁ全部思い通りになっちゃってつまらないから、僕はあんまり好きじゃないんだけど」
なら使うんじゃねぇよ、と内心で吐き捨てた後に、もう直接罵倒しても大丈夫であったことを思い出し、改めて口を開こうとしたところで体がまた勝手に動き出した。
ソルの大剣をするりと受け流したかと思うと反対方向に身を翻し、またシャウラを振るう。
そこにはモーニングスターを構えて皇帝のほうへ駆け出そうとしていたヒロインの姿があった。
「くっ、そ……!」
なんとか動きを止めようとするが、体はまるで他人のもののように言うことを聞かない。
しかしヒロインがこちらに気づいて足を止め、モーニングスターの鎖の部分で迫る刃を受け止めたのを確認して、安堵の息を吐く。
「それじゃ、僕は上で待っているから。たくさん遊んでおいで」
ひらひらと手を振った皇帝が背を向けて、月明かりに照らされた通路を優雅に歩いて去っていった。
すると俺の体も一旦ヒロインから距離をとり、皇帝を追いかけようとする彼らの進行方向をふさぐように通路上へ立ちふさがる。
主人公とヒロインに対峙する中ボス。絵面としては正しいことこの上ないが。
「悪い、自分の意思じゃなんも体動かねぇわ。お前ら俺のこと振り切って先行けそうか」
「ちょっと、難しいわね」
「隙が無い……し、反応速度も、すごい。仮に振り切っても、きっと、すぐ追いつかれる……」
「めんどくせぇな“俺”!」
今まで鍛え上げた中ボススペックが、まさかこんなところで仇になるとは。
そして俺の叫びに呼応したかのように体が攻撃を再開する。
戦い方や動きの癖などは自分そのものなのに、そこに己の意思がいっさい働いていないことに何とも言えない気持ち悪さを覚えた。
「どうにかっ、その状態を解除する方法はないの!?」
絶え間なく襲うシャウラの連撃を紙一重で回避しながら、ヒロインが尋ねてくる。
「んなもん、俺を殺す、か」
「却下!!」
「……もしくは、《命令》を完遂するか、だろ」
目まぐるしい攻防の合間、ヒロインが“それだ!”という顔をしてソルと視線を交わした。強い光を宿した二対の瞳が、ひとつ頷き合う。
「なら話は簡単ね! 改めて、私達と本気で戦いなさい! 血染めの食屍鬼!」
「あぁ!? おま、マジで言ってんのか!?」
強制力に違いはあれども「命令」の性質はおそらく変わっていないだろう。
ならば確かに俺が《本気で戦った》と脳の芯から認識することの出来る戦闘を行えば、その時点で縛りが解かれる可能性は高い。
しかし自分で言うのも何だが、本当に何なんだが、“俺”はだいぶ強い。
万が一のことがあったら、と悩む間も自動で繰り出される攻撃を、剣身で真正面から受け止めたソルが俺を見据えた。
「大丈夫。ぼくは……ぼくらは、強くなった。だから、大丈夫」
そう言って微かに笑ってみせたソルに、あの日、故郷を失った少年の残像が重なって融ける。
自分が無責任に口にした言葉を追いかけて、まっすぐに強くなってみせた一人の青年が、“人間”が、そこには居た。
ああ、まずい。気づくな。やめろ。
理性がガンガンと警鐘を鳴らす。
「……くそが」
浅く息を吐いて、意識を切り替えていく。
そして《本気で戦う》ことを決めた瞬間から、体の主導権がじわりとこちらに戻ってくるのを感じた。
「そこまで言うなら、やってやるよ。死にたくなきゃ手ぇ抜くんじゃねえぞ」
認めない。
俺はお前らの“存在”を認めるわけにはいかないんだ。
頭の奥底で、もう手遅れだろと、どこかの凡人が笑っていたけれど。
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