It’s always darkest before the dawn.


 帝都の夜は普段からあまり静かではない。


 軍の外出規則なんてあってないようなものなので、城下に繰り出した軍団員たちがあちこちで飲み騒ぎ、揉め事を起こすからだ。

 ゆえに一部の飲食店経営者を除いて城下の人々は夜になると家に籠もり、奴らが引き上げる朝まで息を潜めて過ごしている。


 そんな帝都は今、いつもとは違う喧噪に満ちていた。

 夜だというのに民家の窓や扉は開け放たれ、人々が代わる代わる姿を現して声を上げる。


「グールちゃん! そっちはさっき軍のやつらが駆けてったよ! 行くならそっちの路地にしな!」


「あっ、でも向こうからもきますよ!」


「よしじゃあ俺んち通ってけ! 裏口開けてやっから!!」


 城下に住む顔見知り達の協力によって、俺達はほとんど敵と出くわすことなく帝都を駆け抜けていた。この調子なら間もなく城まで到達することだろう。非常に順調である。順調なのだが。


「なんかこう……既プレイの友達からアドバイス受けて攻略してる感あるな……」


「? グールさん何か言いました?」


「いや、めちゃくちゃスムーズに突入出来てんなって話だ」


「城下の人ほとんどこっち側ですからね。ありがたい限りですよ」


「こんだけの人数に計画伝えてあるのに密告するやつ誰もいなかったとか、帝国軍の不人気極まってんな」


「それもあるでしょうけど、自分が人気者だとは思わないんですか?」


「……、…………」


 反論を口にしかけて、しかし何も返せず黙り込んだ俺にグラフが呆れたような溜息をついた。

 それと同時に、先日のレサトの台詞が脳裏を巡る。


 『グールくんはさ、自分が結構愛されてるって――――』


 ああもううるせぇ。言われなくても、自分に向けられる温かい感情の名前くらい、こっちだって分かってるんだ。

 けれど俺はそれを認めるわけにはいかない。己の内に同じようなものがあることを、今ここで自覚するわけにはいかなかった。


 そんなことをしたら、俺は。


「自分からのこのこ戻ってくるとは良い度胸だなぁ! 『血染めの食屍鬼』!」


「あーあ、なんで帰ってくんだよ、めんどくさー」


 突如頭上から響いた声。

 とっさに足を止めた俺達の前に、屋根の上から降ってきたふたつの影が立ちはだかった。


「……よぉ、久しぶり。夕飯はちゃんと食えよお前ら」


「もちろんしっかり頂いたさ。専属シェフに作らせたディナーをね。食堂で残飯料理を食べた部下どもはみんな夢の中だが」


「ご飯食べるのめんどくさくてー、ねてたー」


 第二軍団長と、第九軍団長。

 どうやら寝落ちを免れたらしい二名の姿に内心舌打ちを零す。勝てる相手ではあるが、一筋縄じゃいかない。まともにやりあえば時間のロスになる。俺一人ならともかく、ソル達をつれて奴らを振りきるのも難しい。


 どうしたものかと眉根を寄せたそのとき、隣から剣を抜く音がした。


「この二人は自分が相手をします。グールさん達は先に」


 いつもどおりの無表情のまま、ちょっと散歩にとでも言うような気軽さでグラフが俺達の前へ出る。


「グラフ、さん」


「何だ見習い。言っておくが、前のときと同じ轍は踏まないからな。こいつらを片づけたらすぐ追いかける。それまでそこの面倒臭い人を頼んだぞ」


「はい……!」


 力強く頷いたソルが、いこう、と言って来た道を引き返す。その先ではまた街の住人が別のルートに俺達を誘導するべく待機していた。

 俺はグラフの背をちらりと見てから、ひとつ息をついて身を翻す。


「先行く」


「どうぞ」


 それだけ言葉を交わし、ソルを追って駆けだした。


「なんだい、仲間をおいて逃げるのか! 皇帝のお気に入りだったお前が無様なものだなぁ!」


「うえぇ、追いかけなきゃいけないのー? めんどうだなー。でも見逃したらもっとめんどくさそ。よーしパパッとおっかけてこーろそっ」


「黙れ三下」


 グラフの鋭い声が空気を揺らす。


「こっちは時間が惜しいんだ。いいからさっさと掛かってこい」


「お前は確か……血染めの奴が拾ってきた犬だったかな。犬が犬を飼うとは滑稽なことだよ。どれ、躾のひとつも手伝ってやるか」


「もーこいつもめんどくさいからー、ころそ」


「自分は少々頑丈でな。殺したいなら気合いを入れて掛かってくるといい。……さて、まともに戦場に立つのは久しぶりだ。加減は、期待するなよ」


 わずかに笑みを含んだ、しかし殺気の満ちるその声が耳に届いたのを最後に、彼らの気配は遠のいていった。



 そして住民たちの案内のもと、無事に城門までたどり着くことが出来た。


「ここから先は、俺達では力になれないな……」


「ごめんねグールちゃん。お城の中のことはさすがに分からないから」


「十分だ。いいからお前らは早く家に戻っとけ。朝まで外には出るなよ」


 彼らが帰っていくのを見届けてから、改めて閉じた門に向き直る。

 ここまで来れば俺もさすがに思い出せる。“ゲーム”の通りならば、この先にもう一人の軍団長がいるはずだ。


「準備はいいか」


「……ん」


「もちろんよ」


「開けるぞ、団長」


 頷いて返せば、ジュバは巨大な城門をいとも容易く押し開いていく。

 その先に仁王立ちで待ちかまえている厳つい老人の姿を目にして、俺は引き攣りそうになる口元を無理やり笑みの形につり上げた。


「よおジジイ、やっぱり居やがったか」


「戻りおったな悪ガキめ」


 第一軍団長、隻眼のタレス。

 出来ればこいつに一番眠っていてほしかったんだが、見る限りぴんぴんしている。


「あんたも夕飯食わなかったのか」


「食ったに決まっとるじゃろう。いつもどおり五回はおかわりしたわ」


「それで何で寝てねぇんだよ!! バケモノか!!」


 シメールめ、もっとゾウとか眠らせるレベルのやつ作っとけよ。

 しかし規格外にも程がある。だからこのジジイは嫌なんだ。


「姫は元気か」


「まあな。……なぁ、あんただってこの国がもうダメなのは分かってんだろ。あの姫はそれを変えようとしてる。だから、」


「分かっておる。しかしこれは老兵の……いわばけじめのようなもんじゃよ」


「……融通のきかねぇジジイだ」


「あいにく年寄りは頭が固くてな。さてどうする、全員で掛かってきても構わんが」


 ナックルを装備したジジイがゆっくりとファイティングポーズを取る。

 老人とは思えないほどに鍛え上げられた闘志を纏った肉体は、実際よりもさらにその身を大きく見せていた。


「団長、おれがやるわ」


 そこで獣のようにゆらりと前に出たのはジュバである。


 ジジイの洗練された戦士のたたずまいとは違って、構えらしい構えも取らず、ただ肩に担いだハルバードを下ろしただけの姿は、もっと原始的な何かのようにも、無駄を排除した機械のようにも見えた。


「なんじゃ、悪ガキどもの片割れか」


「おれもうガキって歳じゃねーだろ。歳知らねーけど」


「わしから見りゃどいつも尻の青いひよっこじゃて。ふん、あやつが拾ってきたばかりの頃はまるで遺物兵器さながらであったが、ずいぶん人間くさくなったもんよの」


「ま、おっかねー団長にさんざんボコられたからな。よく言うだろ? 壊れた遺物も叩けば直るって……なぁ!」


 ハルバードが宙を薙ぐ。ジジイがそれをかわすために飛び退いたところで、ジュバがこちらを見ずに言った。


「団長、いけ!」


「……千切るなよ!」


「はは! ちぎらねぇよ!」


 めずらしく声を上げて笑ったジュバがそのままジジイに突っ込んでいく。

 ジジイは一瞬だけこちらを見たが、すぐジュバに向き直って応戦を開始した。


 二人の激しい攻防の間を縫って、ソル達とともに一気に城内へ駆け込んでいく。

 そのとき背後から声が聞こえた。


「互いに戦士じゃ! 死ぬなとは言わん! だがな……悔いのないようにやれよ!!」


 ……よけいなお世話だ、くそじじい。


 どこか力のこもらない悪態を喉の奥で押しつぶして、何も考えないようにひたすら足を動かした。



 城内では、あちこちで団員が倒れ伏していた。

 微動だにしていないが死んでいるわけではなく、全員眠っているようだ。やはりあのジジイが異常なだけで薬の効果はちゃんとあったらしい。


「グラフィアスとジュバ、大丈夫かしら」


「まぁ何とかするだろ。あんたはそれより自分達の心配しとけよ」


 目指すのは四階にある謁見の間、現在位置は二階の外通路。


 今はちょうど目的地の真下あたりを走っているようだ。

 三階の外通路は反対側にあるため、視界を遮られることなく真上にある謁見の間のステンドグラスが、月明かりを反射して光っているのがよく見える。


 もうこっから梯子かなんかつけて上がれねぇかな、とバグ技ショートカットのような真似が出来ないかを半ば本気で考えた。


 ああ、そのせいでペナルティでもついたのだろうか。


「――――やぁグール。賑やかで愉快な夜だね」


 二階外通路の途中にて。

 夜の闇にすら浮かび上がるような漆黒の目を細めて、それはそれは楽しそうに、皇帝が嗤っていた。

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