会議は踊るがぼちぼち進む


 作戦会議の結果、俺達は数日後の夜に帝都へ突入することになった。

 移動時間も考えると中々タイトなスケジュールだが、こういうのは立案から実行までに掛かる時間が短ければ短いほど良い、というのがレサトの談だ。


「とにかくグールくんがソルくん達を皇帝のところまで連れて行くのが最優先だよ。なるべく戦闘も避けてね。めざせ最短最速!」


「つってもなぁ。振り切るのはいいが、後でまとめて後ろから来られてもめんどくせぇぞ」


「それについては何とかなると思うわ。いざとなったらすぐ動いてくれる人員がいるの。私達が突入するまでは敵にばれないように離れたところで待機してもらうことになるから、合流まで少し時間が掛かるかもしれないけど……後方はそっちに任せれば問題ないはずよ。ねえレサト?」


「ほいほい、いつでも動かせるようにちゃーんと近場に控えさせてるよ~」


「ありがとう。じゃあお願いね。指揮はレサトに任せる、って私が言っていたと伝えて」


「りょーかい!」


 義勇軍のことだろうか。ヴァルト平野でかなり蹴散らしてしまったから再編まではだいぶ時間が掛かりそうに見えたが、まぁおそらく何とかなったのだろう。


「なら後ろは頼んだ。あとは……あー、そういやお前らどうする?」


 そこで俺がふとジュバとグラフに尋ねると、二人は怪訝そうな顔をした。


「どうするって何が?」


「よく考えたらお前ら別にクーデターとか参加する義理ねぇよなと思って」


 ジュバは元々放っておくと周囲の被害がやばいので連れ歩いていたが、最近はそこまで危ういようでもないし、グラフの護衛騎士としての役割も雇用主である俺がこうなっては、もはや個人的に続けるかどうかの本人次第といったところである。


 手伝ってくれるなら戦力としては申し分ないが、強制連行できる立場でもないので一応聞いておこうと、思っただけなのだが。


「あんた……本っ当にいつも今更なこと聞きますよね。何なんですか。わざわざ言わせないと気が済まないんですか」


 めちゃくちゃ忌々しげな表情で怒られた。

 いや、でも、大事だろ意思確認。こんなわけ分からん状況で黙って俺について来いとかパワハラにも程があるだろ。


「あぁもう一度しか言わないんで適当に聞き流してくださいよ、いいですか。自分はあんたに命を救われました。ええほんと頼んでもないのにですよ」


「苦情かよ」


「似たようなもんです。それでも恩は恩でしたから、一応その恩を返すまでは協力しようと、思ってたんですが……全っ然そのタイミングがないんですよ。あんたが。なんでも自分でやるから」


 据わった目で睨まれて、俺は別に悪くない気がしたが凡人の心が反射的に「スミマセン」を唱えた。


「最初に受けた恩すら返せていないのに、あんたがまた、次から次へと恩を売ってくるから。もう、一生かけて返せるかどうかってレベルでかさんでるんですよ。あんたは全く、そんなつもりないんでしょうけど」


 そこで声のトーンを落としたグラフが、ふと力の抜けた苦笑を浮かべる。


「何よりあんた達とつるんでギャーギャー騒いでるの、意外に嫌いじゃないんです。……ついていく理由なんてそんなもんでいいでしょう」


 証明終了、とばかりに席を立ったグラフが、つかつかと歩いて部屋を出ていった。

 そうして閉じた扉を全員でしばし黙って眺める。


「なんでアイツいつも照れると部屋出てくんだろうな?」


「お前も何でいつもぶっ込んでくるんだろうな」


 みんな分かってるんだから黙っててやれ。


「……で、お前は? 別に来なくてもいいんだぞ。ついてきて暴れたいってんならそれはそれでいいが」


「あー、暴れたいってのもあるけど、なんつーかな、今回はその作戦ってのが上手く行くようにしてーんだよ」


 何かめずらしいことを言い出したジュバに思わず目を丸くする。

 口調や表情はいつもどおりのままで、「それ」と言ってジュバが指さしたのは俺の首輪だった。


「とれるんだろ。作戦通りにやれば」


「……まぁ、そうだな」


「じゃあやるわ」


 グラフとは反対に端的すぎるほどの言葉で参加を表明したジュバがもう言うことはないとばかりに口を閉ざしたのを確認して、俺はひとつ息を吐き、レサト達に向き直る。


「ってことは突撃班にジュバ追加で、グラフはそのまま姫の護衛か」


「いえ、グール様。グラフィアス様もどうぞ突撃班へ入れてさしあげてください」


「は? でもあんた……」


 姫はレサトと共に後方支援に回る手筈である。

 なので危険は少ないだろうが、それでも無いわけではない。けれど姫は首を横に振った。


「ご心配なく。今のわたくしには己の身を守る術があります。皆様と肩を並べるには力不足ですが、皆様が戻ってくるまでの間、たとえ一人でも命をつなぐだけの実力はあると自負しております」


 そこで姫は少し照れたように苦笑を浮かべる。


「本当はグール様を守れるほどに強くなりたかったのですが、わたくしに出来るのはこのくらいで……お恥ずかしいかぎりです」


「いや、十分だろ、ほんと」


 姫に守られる“グール”とか。絵面がむごい。



 そんなこんなでグラフも突撃班に決まり、今日のところは娼館の空き部屋を借りて休息を取り、朝一番で帝都に向けて出発することになった。


 しかしこのところずっと火の番と夜泣きの対処をしていたせいか、まだあまり眠気を覚えていなかった俺は、娼館の屋上に出てぼんやりと夜のスラムを見下ろしていた。


「もうすぐ最終決戦か……」


 記憶が戻ってからここまで長かったような気もするし、あっという間だった気もする。

 イレギュラーがありすぎて正直不安ではあるがこうなったら後はもうやるしかない。


 やるしか、ないんだ。


 己の首にはまる銀の輪に触れて顔を顰めたそのとき、背後に気配を感じた。

 その気配はゆっくりこちらに歩いてくると、すぐ隣で立ち止まる。


「……眠れ、ない?」


「そりゃこっちの台詞だ。明日早ぇんだからガキはとっとと寝ろよ」


 ソルは、俺の言葉に「ん」と了承とも拒否ともつかない声を零した。

 しかし戻る気配がないところを見ると、それは後者の返事であったのかもしれない。


 そのまま少しの間、二人で黙ってスラムの街並みを眺める。


 何だこれ。なんの時間なんだ。

 適当に雑談でも振ったほうがいいのかと俺が悩み始めたところで、ソルが静かに口を開いた。


「あなたが何を抱えて……何に苦しんでいるのか、ぼくは知らない」


「……あぁ?」


「けれどあなたがそんな顔をしなくていい世界が……未来があるなら、それを、掴みたいと、思う。それがあなたに救われて強くなったぼくの、ぼくなりの、恩返しだ」


 月のような金の瞳が、まっすぐに俺を映す。それをなぜか見ていられずに目をそらした。


「何度も言わせるな。何を勘違いしてるんだかしらねぇが、俺は敵だ。あのときお前を助けたのだって、俺の目的のためにお前が役に立つと思ったからだ。善意なんかじゃない」


「あなたにどんな思惑が、あったとしても……あなたに助けられたぼくは今、ここにいる。ぼくにとって、大事なことはそれだけだ」


 そう言って微笑んだソルは、おやすみなさい、と言って身を翻し去っていく。

 その気配を完全に感じなくなったところで俺はやりようのない思いをぶつけるように、がしがしと後頭部をかきむしる。


「……言い逃げかよ」


 夜空には、この期に及んで揺れ動く己を笑うように、弧を描いた細い月が浮かんでいた。

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