まさか自爆するとは思わなかった


 ――――その“ゲーム”の結末は、正直言って微妙だった。


 自分であって自分でない記憶の中。

 ラスボスを倒した後に始まるムービーが、目の前で淡々と流れていく。



 ソルが繰り出したとどめの一撃を喰らって炎に包まれた皇帝の上に、激しい戦いによって崩れた天井の瓦礫が降り積もる。その向こうに覗く空はわずかに白み始めていて、夜明けが近いことが分かった。


 長い旅の末にようやく手にした勝利を噛みしめ、互いをねぎらい、未来に思いを馳せる二人。

 『正統派王道RPG』らしい順当なラストだ。達成感と併せて少しの物足りなさを感じつつも、まぁそれなりに悪くないゲームだったとコントローラーを持つ手から力を抜いたところで、展開に変化が訪れる。


 皇帝が埋まった瓦礫の中から突如として、氷が、岩が、風が、刃物が、光が、音が、ありとあらゆる衝撃が放たれた。

 それは嵐のように渦を巻き、周囲にある全てを破壊していく。


 やがてそれらが治まったとき、傷だらけで床に倒れたソル達の目の前には、先ほど倒したはずの皇帝が立っていた。


 驚愕するソル達に、皇帝は懐から取り出した何かを悠々と掲げてみせる。

 それは役目を果たして半分に割れた『防壁のアミュレット』――たった一度だけ、一定時間あらゆる物理ダメージを無効化する遺物だった。


 確かに超貴重とはいえ主人公達でも入手出来たものなのだから、遺物マニアの皇帝が持っていてもおかしくない。

 おかしくはないが、普通ラスボスはそういうの使わないもんだろう、空気読めよ、とコントローラーを握った凡人が悪態をついている間にも話は進む。


 皇帝は語った。


 こんなに楽しいのは初めてだ。

 おそらくもう二度と君たちに勝る遊び相手は現れないだろう。

 だから僕は今、最高の気分のままで、この世界という遊技場の幕を閉じよう。


 そして皇帝が取り出したのは、暗黒色の鈍い光を放つサイコロ程度の大きさの立方体だった。

 奴の手の中でそれがざらりと砂のように崩れたかと思うと、周囲に大小無数の歯車が浮かび上がる。

 皇帝はとっておきのおもちゃを自慢するように、それが何かを説明した。


 遺物兵器『ノヴァ』。


 “爆破”の力を持つその遺物は、使用者の意思ひとつでただの便利な火打ち石にも、この大陸を丸ごと吹き飛ばす爆弾にも変わる恐ろしい代物だった。

 皇帝はこれを使って、遊び終わった世界という玩具箱をきれいさっぱり片づけるつもりらしい。


 しかしそこで皇帝は、だけど、と笑顔を浮かべてソル達を見た。


 『僕を楽しませてくれた君達は特別に、僕のこの手で壊してあげる』


 そこからはあっという間だった。


 皇帝が掲げた手のひらからソルに向かって放たれる一筋の光線。

 その前に飛び出す少女の背中。


 画面の向こうに、赤が散る。


 『ルーナ……?』


 呆然と呟いたソルが、ぼろぼろの体でヒロインのもとへ這いずっていく。

 血塗れで力なく倒れ伏した少女は、その声にゆっくり目を開けると、薄く微笑んでソルの頬に手を伸ばした。


 『ソル……未来を、…………』


 しかしその手のひらはソルに触れることなく、ぱたりと床に落ちる。

 事切れた少女を抱えて呆然と俯くソルに、皇帝が再び手を向けたそのとき。


 少女の体から光が溢れる。


 その黄金色の光を浴びた歯車がひとつ、またひとつと崩れ落ちていくのを見た皇帝は虚を突かれたように目を見開き、そして心底愉快げに笑い声を上げた。


 『ははは! そうか、古代人の血による“遺物の強制停止”か! ハハ、アハハッ! ただのお伽噺だと思われてたのに、まさか本当にあるなんてね! 君達は本当にすごい、どこまで僕を楽しませてくれるんだ! ははは、あはははは! こんなの出されちゃ、さすがの僕もどうしようもないや!』


 その隙を逃さずに立ち上がったソルが残された力を振り絞って走り出す。

 皇帝は幸せそうに目を細めて、心臓を明け渡すように両腕を広げた。


 『この遊びは、悪の皇帝を打ち倒した君の勝ちで、王女様を守れなかった君の負けだ。そして全てを壊せなかった僕の負けで、この世界を最高に遊び尽くした――――僕の勝ちだ』


 その胸をソルの大剣が貫く。

 ひたすらに最低で最悪の愉快犯だった男の、それが最期の言葉だった。


 そしてラストシーンは、ヒロインの亡骸を抱えて朝日に照らされるソルの、後ろ姿で終わる。



 コントローラーを握っていた凡人が、なんだこれ、と呟いた。


 ヒロインを殺す意味あったのか。

 正統派王道RPGとは何だったのか。

 制作サイドは意表を突く展開というものを履き違えてるんじゃないのか。


 プレイ後に感じたそれらのもやもや感が、一周しかしていないゲームを、色々忘れつつそれでもここまで覚えていられた理由だったのかもしれない。



 そんな過去と呼ぶには少し他人事で、しかし単なる情報とするには生々しい前世の記憶を辿っていると、ふと近づいてくる気配を感じて目を開けた。


「グールさん、生きてます?」


 するとそこには、こちらを覗き込むグラフとジュバの姿があった。その背後には僅かに白み始めた空が広がっている。


「……ようお前ら、ボロッボロだけど負けたのか」


「いや、勝ったぜ。でもちぎってねーし殺してねーからな」


「こっちも勝ちましたよ。生死とかは確認してないんで知りませんけど。ていうかあんたこそ近年稀にみるボロボロ具合なんですけど、やっぱり皇帝に虐められたんですか」


「あー、まぁ、そんなとこだな」


 人の体がラグってるのをいいことに見事にボコボコにしてくれたのはあの主人公コンビだが、おかげで《命令》の効果は切れたし、元はといえば皇帝のせいであることに間違いはない。全部あいつに押しつけとこう。


「見習い達はどこに……と聞くまでもないですかね」


 そう言ってグラフが見上げたのは、絶え間なく激しい戦闘の音が響いている謁見の間の方向だ。

 崩れ落ちてきた瓦礫をジュバが軽々と素手で払いのけてから、寝ころんだままの俺に手を差し伸べてきた。


「で、こっからどーすんだ。おれらもあのガキ共に加勢しに行ったほうがいいのか?」


 その手を借りて立ち上がり、意識を切り替えるようにひとつ息を吐いてから二人を見据える。


「いや、お前らにちょっと頼みたいことがある」


「頼むって……グールさんが? 自分たちに?」


「何で意外そうな顔してんだよ。つかお前アジトでも色々言ってたけど、俺わりとお前らに頼ってっかんな。姫の護衛とか」


「あんたそういうの他人のためで結局……あぁ、いや、今はいいです。それで何をしろって言うんです?」


「もう少しすると謁見の間が吹っ飛ぶから、そしたらお前ら協力して俺のことそこまで放り投げろ」


「はぁ? ここから最上階までってことですか? なんでわざわざそんな面倒くさいことを。普通に中から階段使って行けばいいでしょうに」


「クソ皇帝に一矢報いてやるための作戦ってとこだ。ただ失敗する可能性も高ぇし、万が一成功したとしてもお前らにとっちゃ納得いかない結果になるかもしれねぇけど、俺なりに未来ってやつを考えた結果だからな。後で怒るなよ」


「怒るかどうかはそのときになってから決めますけど、まぁ分かりました。とにかくあんたのやりたい事、やってみましょうか」


「ああ。じゃあジュバ、お前とりあえず……ジュバ?」


 俺が突拍子もないことをいったとき、ジュバは大抵「おうよし」と二つ返事をするか、「何言ってんだ」と呆れるかのニ択だったのだが、今はそのどちらでもなかった。

 イエスともノーとも言わずただ渋い顔で黙り込んでこちらを見つめている。


 めずらしい反応に首を傾げていると、ジュバが静かに口を開いた。


「それが、あんたのか?」


 向けられた言葉に思わず目を見開き、そして苦笑した。

 ああ本当に、こいつはいつもぶっ込んでくるんだよなぁ。


「んな大層なもんじゃねぇよ。言っちまえばこれは、“虐められっこ”の雪辱戦だ」


 そう言って笑った俺をジュバはまた黙って見ていたが、やがて小さく息を吐いて謁見の間を見上げた。


「……ぶん投げるのはいいけどよ。さすがにあそこまでは届かねーぞ、たぶん」


「分かってるよ。だからお前“ら”に協力しろって言ってんだ」


「ちょっと待ってくださいよ、あんたまさか」


「ジュバ、お前はまずグラフを投げろ。んでその後すぐに俺を投げる。そうしたら俺は途中でグラフを踏み台にしてさらに跳んで、謁見の間まで行く。作戦は以上だ」


「以上であって欲しくなかったんですけど。ちなみにそれ、踏み台にされたあとの人間の着地については」


「がんばれ」


「鬼ですか」


「食屍鬼だろ」


 いつもながらの作戦のザル具合を部下二人に呆れられつつ駄弁っていたそのとき、上層から爆発音が響きわたった。

 見上げれば、謁見の間の外壁が瞬く間に崩れ落ち、中から氷、岩、風、刃物、光、音……様々な衝撃波が溢れ出てくる。


 どうやら物語はクライマックスを迎えようとしているらしい。

 俺は緊張で乾いた口唇を軽く舐めてから、待機する二人に向けて声を張った。


「今だ! 頼んだぞお前ら!」


 それを合図に、外通路の限られたスペースで最大限の助走をつけたグラフが、向かい合うように構えていたジュバの組んだ両手に足をかける。


「よっ、と!」


 ジュバはグラフが踏み切るタイミングに合わせて、足場となった両手を思いきり振り上げた。

 すると見事に上空へぶっ飛んでいったグラフの行方を目で追う間もなく、ハルバードを引き抜いたジュバがこちらに向き直る。


 俺は軽い助走の後に地を蹴り、振りかぶられたハルバードの柄に飛び乗った。そこでぐっと身を縮める。


「団長」


「おう」


「……ぶちかましてやれ」


 返す言葉の代わりに、いかにも“グールらしく”不敵に笑ってみせた俺は、強化人間の腕力でフルスイングされたハルバードから弾丸のように飛び上がった。


 その勢いで先に飛んだグラフに一気に追いつくと、わずかに上昇速度を落とし始めていたグラフが空中で器用に体を反転させて仰向けになる。

 そして鞘に入ったままの剣を、胸の前で真横にして構えた。


「グールさん!」


「ああ!」


 その剣を足場にしてさらに跳躍した俺は、天井も壁も壊れてすっかり風通しの良くなった謁見の間へ、上空から一直線に飛び込んでいく。

 未だ治まることなく荒れ狂っている数々の衝撃波が皮膚を切り裂いていくのを感じながら、その嵐の中心に立つ男の背中を視界におさめて、目を細めた。


 なぁ、もういいだろ。


 言いたかないが認めてやるよ。俺達はよく似てる。利己主義で自己中なところなんてそっくりだ。

 目的のためなら犠牲には目を瞑って、そのくせ自分は死にたくねぇとわめきやがる。


 だからいいか。よく覚えとけ。俺のこれは人助けでも自己犠牲でもない。


 身勝手で自分勝手な、虐められっこの雪辱戦なんだ。


 ようやくこちらに気づいた皇帝が振り返ろうとするが、もう遅い。

 「命令」をされないよう、着地と同時に背後から片手で口を押さえた。それが直接攻撃と判定されなかったことにまず安堵する。


 何だよ“恭順の首輪”、意外と話が分かるじゃねぇか。忌々しいばかりだった首輪に初めて親しみを覚えた気がした。


 俺はそのまま、もう片方の手を奴の首へと伸ばす。

 そこをぐるりと取り巻く金の首輪の中心にある小さな石の感触が指先に伝わった。


 ああそうだ。これは攻撃なんかじゃない。

 ただの俺の、


「じゃあな、クソ皇帝」



 “自爆”だ。



 かちり、と押した石が沈み込む軽い手応え。



 しかし次の瞬間に感じたのは体が吹き飛ぶ衝撃ではなく、首元から砂のような何かが、ざらりと落ちていく感触だった。


 それに近いものに覚えがある。もう遠い記憶となり果てていたが忘れるはずもない。

 あの首輪をつけられたときの、細かい粒子が皮膚を取り巻いていく感覚を、逆回しにしたような。


「……は?」


 何が起きたかを俺が認識するより早く、目の前の男が声を発した。


「あーあ、とうとうバレちゃったなぁ!」


 いつの間にか手が緩んでいたらしい。肩越しにこちらを顧みた皇帝は、それはそれは楽しそうに口の端を歪めて笑った。


「これ本当はさぁ、爆破じゃなくて、首輪のなんだよね」


 言われてとっさに触れた己の首もとに、あのひやりとした金属の感触はない。


「はは! あはは! 君の一世一代の覚悟を台無しにしてごめんね?」


「く、そ野郎が……!!」


 真っ白になりかけた頭をどうにか再起動してシャウラに手を伸ばそうとしたところで、周囲を渦巻いていた衝撃波の嵐が一点に収束し、指向性を伴った凶器となって俺を吹き飛ばした。


「これで君はようやく首輪から解き放たれたわけだ。おめでとうグール、君は自由だ。でも残念だったね、君はここでおしまいだ」


 体がボロ切れのように宙を舞う。

 血に染まった視界の中、朝日に照らされていく空を見て、俺は静かに笑った。


「――――シャウラ」


 長年の相棒の名を呼ぶ声が響く。

 しかしそれは、俺のものではない。


 どつ、と刃物が肉を抉る音がした。一回。二回。


「……え、……?」


 皇帝が呆気に取られたような息を零す。

 そして泥まみれになった自分の服を見下ろす子供みたいに、己の胸に突き立った二本のダガーを見て首を傾げ、ふと思い出したように後ろを振り返った。


 そこには、傷だらけの体で立ち上がり、強い意志を宿した金の瞳で皇帝を見据えるソルの姿。


「ああ、なるほど、そういうことかぁ……」


 場違いなほどのんきな皇帝の声を耳の端に聞きながら、俺は重力に沿って落ちていく。

 謁見の間には吹っ飛んだ体を受け止めてくれる壁も天井もすでに無いため、放っておけばこのまま二階外通路に逆戻りだ。それどころか地上まで一直線かもしれない。


 この状態で落ちたらさすがに死ぬな、やべぇな、と失血で回らない頭で他人事のように考えていたその時、視界の端でふわふわとした金色が揺れた。


「こっち! 手伸ばして!!」


 傷だらけの体で金の髪を振り乱したヒロインが、必死な顔でモーニングスターの柄をこちらに伸ばす。


「掴んでっ!!」


 有無を言わさぬ声色に俺の体はとっさに言われたとおりの動きを実行していた。

 大の男一人を端にぶらさげて、反対側の端を持ったヒロインが顔を顰めて唸る。


「んん、ん~~~!」


「……重いだろ。危なくなったら手ぇ離せよ」


 もろとも落ちたら目も当てられないので提案したのだが、ヒロインは顔を真っ赤にして「ぜっ、たい、イヤ!!!」と怒鳴った。

 俺だって別に死にたいわけじゃないんだが、どうしたもんか、と悩んでいると、ふいに体が持ち上がる。


「ぼくらが勝ったら、信じるって、……約束」


 見上げればヒロインの後ろから体ごと支えるようにして、一緒にモーニングスターの柄を掴んだソルが誇らしげに微笑んでいた。


 まったく本当に、言い出したら聞かない奴ばっかりだな。

 溜息混じりの苦笑を零して、俺は柄を握る手に力を込める。


「分かった分かった。もう離せとか言わねぇよ。だから、そろって落ちる前にさっさと引き上げてくれ」


「ええもちろん! 行くわよソル! せーの!」


「せぇ、の」


 一気に体が持ち上がり、ようやく床の上に戻ることが出来た。

 けれど血を流しすぎてふらつく足下を見かねたソル達に両側から支えられつつ、俺はあの男のもとへ歩み寄っていく。


 胸からシャウラを生やして仰向けに倒れ込んだ皇帝は、一度こぽりと血を吐き、虚ろな目をこちらに向けて笑った。


「き、みの自爆、は……囮だった、わけだ」


「出来てねぇけどな、自爆」


 俺の自爆で仕留めたいところではあったが、そういう意識でやると首輪のチェックに引っかかる可能性が出てくる。

 だから二階外通路での決着後に頼んでソルに柄を握らせたシャウラを、俺が所持していた。

 お前がここだと思ったタイミングで使え、とだけ言って。


「つか何だよ解除スイッチって。お前ほんと趣味わりぃな」


「……おもしろ、かった、で……、しょ?」


「ざけんな面白くねぇよ」


 つまり生き残るつもりで動いている間は決して解放されず、死ぬつもりになって押せば逆に死ねない、という嫌がらせにも程があるブラフを、俺に首輪をつけたあの瞬間からずっと仕込んでいたわけだ。


「でも、君が……まさか、僕と、一緒に逝こうとするとは、思わなかったなぁ……」


「気色悪い言い方すんな。こっちだってお前が死んだら俺も死ぬとかいう首輪のクソ機能さえなければ、こんなバカみてぇな手段取ってねぇん……いや、待てよ、それも嘘じゃねぇだろうな」


「は、はは、あはは……それは、本当。というか、アレがスイッチじゃない、ってだけで、飼い主の意思ひとつで、爆破も、本当に出来るん、だけどね」


「てめぇマジいい加減にしろよ!?」


 今回たまたま奇跡的に計画がうまくいっただけで、一歩間違えば普通に爆破されていたらしい。詰んでる。


 俺はそこで一度深く息を吐いて、死にゆく一人の男を見下ろした。


「エクリス」


 そして記憶はしていたが今まで一度も呼んだことの無かった男の名を口にする。


「喜べ。諦めろ。この勝負はお前の勝ちで、負けだ」


 奴はそれを聞いてかすかに目を見開いた後、そっと目を細めて虚空を見た。


「そっか。……そうか」


 ぽつりと零れた独り言みたいな呟きは、怯える子供のそれにも、安堵する老人のそれにも聞こえた。

 そうして俺達の会話が途切れたところで、ヒロインが「ねぇ」と静かに皇帝へ問いかける。


「リエナ姫に……あなたの家族に、何か伝えておきたいことはないの?」


 己の身に降りかかった悲劇の元凶とも言える相手に、それでも最期出来うる限りの思いを汲もうというのだから大したものである。

 すると男はひとつ息を詰めて口を開いた。


「あのこには……申し訳ないことをしたと、思ってる。こんな兄じゃなきゃ、もっとまともな人生を、送れたろうに」


 喋る端から、ごぽり、ごぽりと血液が溢れていく。


「だからさいごに……こう、伝えておいて、くれな……か」


「何? 言って。必ず伝えるわ」


 か細くなっていく男の声を聞き取ろうと、ヒロインが俺を支えていた手を離してそちらに身を寄せる姿を見ながら、ふと胸を過ぎった違和感に眉根を寄せた。


 悪逆非道なラスボスが、死ぬ間際にたった一人の妹へと懺悔する。物語としては悪くないラストだ。


 だが果たして、この男はそんな殊勝な人間だっただろうか。


 ごぽり。ごぽり。奴の口から血が溢れる。

 その喉が何かをせり上げるように一際大きく動き、口の端からひとつ、こぼれ落ちたのは。


 歯車。


「っお前ら下がれ!!」


 とっさにソルを後ろに突き飛ばし、ヒロインの腕を引いて場所を入れ替えるように前へ出ると、下から胸ぐらを掴まれて勢いよく引っ張られた。

 死にかけの体のどこにそんな力が残っていたのかと驚くほど、右手でがっちりと俺を固定した皇帝の口からは、大小様々な暗黒色の歯車がざらざらと溢れていく。


「ばいばいグール、僕のおもちゃ」


 その瞬間。

 何かがトンと頭に乗った気がした。





 ――――そして、光が、弾ける。


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