リセット出来るのはメンタルだけ
地下水道。
かつてソルとヒロインが王都から脱出するために使った順路をジュバと歩きながら、俺は顔をしかめた。
「おかしい」
「何が?」
「てっきり待ち伏せで奇襲でもされると思ってたのに、一向に誰も出てこねぇ。もうすぐ出口だぞ。おかしいだろ」
「別におかしくないんじゃねーの。向こうが帰っていいって言ったんだからよ」
「だからって普通帰すか? 敵だぞ?」
「よく分かんねーけど、あいつら団長のこと敵だって思ってなさそうだったし、普通に帰すだろ」
「何でだよ敵だぞ!?」
「だからおれに聞かれたって分かんねーよ」
テンションのおかしい上司に絡まれたジュバが面倒くさそうに返事をする。
「分かんねぇ分かんねぇって、お前いつも腐るほど本読んでるだろうが。その知識を駆使して、俺にも納得できるように現状を解説しろよ」
「そうだな……なんかに書いてあったけど、読書量と知性は必ずしも比例しないらしいぞ」
「納得した」
「だろ」
とはいえ前世も今世もろくに本など読んでいない自分より確実にインテリに近いはずのその大男は、俺を見下ろして怪訝そうに首を傾げた。
「つーか、いつもは敵だの何だのそんな気にしないじゃねーか。王国の騎士は拾ってくるし、戦場じゃ味方もまとめてぶっとばすし」
前者はぐうの音も出ないが、後者はお前もだからな。
「だってのに今回はどうしてそこまでこだわるんだ? なんかよ、団長の言い方だと、まるで自分がアイツらの敵じゃなきゃおかしいみてーだ」
隣の男が何の含みもなく発したその言葉に、思わず目を見開く。
そして一瞬動揺してしまった自分をごまかすように眉を顰め、がしがしと後頭部をかいた。
「……お前は、ホントたまにぶっ込んでくるよな」
「なにが」
「何でもねぇよ」
誰へ向けたものともしれない舌打ちを零して、小さく息を吐く。
でもおかげで頭が冷えた。どうやら精神疲労が高じてちょっとしたランナーズハイだったらしい。
そうだ、怒濤の展開でうやむやになっていたが、俺は生きてヴァルト平野の戦いを乗り切ったのだ。まずその事実を喜ぶべきだろう。
さらに色々予定外はあったものの王都奪還も無事に果たされたのだから、“シナリオ”は順調に進んでいるはずだ。
そうして地下水道をだらだらと歩き続けていた俺達が、ようやく出口に差し掛かろうかというところで、前方に人の気配を感じて足を止める。
それは念願の奇襲……ではなく。
「グールくんおつかれ~」
あの(俺だけが)胃の痛くなるようなお茶会から、まんまと逃げおおせていたレサトであった。
「お前なぁ。人が地獄のティーパーティしてる間にどこほっつき歩いてたんだよ」
「うーんと、部下と連絡取ってー、情報を収集したりー、操作したり改竄したりしてた!」
「無邪気に言うな」
「だって情報は鮮度が命なんだよグールくん!」
何が「だって」なのかは分からないが、ともかく情報屋としての仕事をこなしてきたらしい。
置き去りにされた恨みを溜息で鎮火させ、それで、と話を続ける。
「俺らはいったん帝都に帰るが、お前はどうすんだ?」
「あたしはもうしばらくソルくん達のお手伝いしていこうかな。グールくんに頼まれたからってのもあるけど、あの二人なんか面白そうだし」
どうやらレサトは無事ソルとヒロインに興味を持った様子で、情報屋を女帝にするという変な改竄を加えてしまった身として内心ほっとした。
「じゃ後は任せた。……操作でも改竄でもいいがあんまやりすぎんなよ」
「もっちろん! ちゃんとバレないようにやるから大丈夫大丈夫!」
何が「大丈夫」なのかもうさっぱり分からないが、俺も疲れてきたので「よしその意気だ」と適当な相づちを打っておいた。
「グールくんこそホントに気をつけてよ、注意一秒即爆破!なんだからねっ」
「やめろその標語」
そうしてレサトと別れて王都を脱出し、数日かけてようやく帝都に帰還したその足で、まず腹ごしらえでもするかと馴染みの食堂に入った俺達が目にした光景は。
「リエナちゃんこっち肉定食ふたつー!」
「はい。ただいまお持ちしますね」
「リエナおねえちゃん、またグールちゃんのおはなししてー!」
「ええ、もちろん。でもお仕事が終わるまでもう少し我慢してくださいね」
「いやぁ~お姫様に給仕してもらえるなんて俺ら贅沢もんだなぁ!」
「ほんとほんと、見てるだけで心が洗われらぁ!」
エプロンをつけて長い髪をすっきりとまとめ、食堂の中をぱたぱたと働き歩く――――帝国の姫の姿。
そういえばねありましたねそんな情報も。王都でレサトから聞いた話を思い出して遠い目になる。
忘れていたわけではないのだが、ちょっとあまりにワケが分からなすぎて保留にしていたんだった。
「ああグールさん、お帰りなさい。ジュバと合流出来たんですね」
食堂の入り口で立ち尽す俺に声をかけてきたのは、酒の入ったジョッキを大量に運んでいる給仕服のグラフだった。お前それどうやって持ってんのすごいな。前世にあった外国の祭りでそういうの見たことあるわ。というか馴染みすぎだろう。
「いやそうだよ。馴染んでんじゃねぇよ。なんだあの姫の馴染みっぷり。せめて正体は隠せよ」
「まぁ自分が守ればいいかなと思いまして。あと設定とか考えるの面倒くさかったんで」
「悪びれもしねぇ」
確かに城にいてもどうせ内部の刺客に狙われるわけだから、グラフさえつけとけばどこでも同じという気もしなくはないが、それで済む話だろうか。こいつ出会ったころに比べて本当に肝が太くなりすぎじゃないか。
「グール様!」
そうこうしているうちに姫も気づいたようで、ぱっと表情を明るくしてこちらに駆け寄ってくる。
「おかえりなさいませ、ご無事で何よりです。あの、お怪我はありませんか?」
「問題ねぇよ」
メンタル以外は。
「そうですか……よかった」
持っていたトレイを胸に抱き込んでほっと息をついた姫の様子に、食堂の客たちが「本当によかったなぁ姫さん」「ずっと心配してたもんねぇ」と暖かい言葉をかけているのを見ながら、俺もまた息を吐いて肩の力を抜く。
レサトから話を聞いたときは帰れたら色々問いただそうと思っていたのだが、なんだかどうでもよくなってきた。
俺が俺の目的で動いているように、姫にだって姫のやりたいことがあるのだろう。なら俺がとやかく言うことじゃない。
差し当たって今言えることがあるとすれば、ひとつ。
「腹減った。あんたの飯が食いたい」
すると姫は一瞬きょとんと目を丸くした後、じわじわとその顔に喜色を乗せ、やがて花が咲き誇るように笑った。
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