DISC3

蝶が羽ばたきゃ桶屋は転ぶ


「それで、どうするつもりなんです?」


 姫の部屋で久しぶりのお茶会をしている最中、グラフはいつもの真顔のまま、唐突にそんなことを尋ねてきた。


「……どうとは」


「この国ぶっちゃけ泥船じゃないですか」


「正直者が得をするのはおとぎ話だけだぞお前」


 その泥船と一番縁の深い姫様がご機嫌で茶菓子を取り分けているので別にいいのかもしれないが酷い言い様である。


「あんたが国と心中するっていうならそれはそれで付き合いますけど、そういう殊勝な性格じゃないでしょう。皇帝に虐められるのが怖いからって大人しくしているタイプでもない」


「いじめられっこキャラにすんなっつってんだろ」


「だから何か思惑があるんだろうってのは分かりますし、それ全部話せとは言いませんけど、せめて方向性くらい自分達にも教えといてもらえません? じゃないとこっちも動きづらいんですよ」


 つまり今回のように俺が中々帰ってこない事態になったとして、それが予定調和なのか、不測の事態なのか、ある程度判断をつけるための材料がほしい、という話だった。別にそこまで俺に気を使わなくとも好きにやればいいと思うのだが。


「よかれと思って行動して、あんたの計画ぶち壊したら目も当てられないじゃないですか」


 そう言われると、唐突にやってきてイベント用の扉をぶち壊したゴリラを思い出して遠い目になる。まぁあれは助かったから良かったが。


「……計画ってほど大層なもんはねぇぞ」


「方向性だけ分かればいいです。後は適当にやります」


「それ聞く意味あんのか」


 何にしろ国と死ぬつもりは無いこと、皇帝に従い続ける気もないこと、そのために首輪をどうにかする予定であることをざっくり伝えていると、なぜか姫まで熱心に聞き入っていた。

 ジュバは我関せずで茶菓子を食べ続けているが、あれでも意外に話はちゃんと聞いているので大丈夫だろう。たぶん。


「首輪どうにかなるんですか?」


「……まぁ、一応、当てはある」


「というと」


「ソル達だ」


 俺の言葉にグラフが少し驚いたように目を丸くして、姫は初めて聞く名前に不思議そうに首を傾げた。


「ソルとあの王女様なら、皇帝に“届く”。そのときがこいつを外すチャンスだ」


 皇帝は頭こそおかしいが、数多の遺物を組み合わせて使いこなす技術にかけては間違いなく天才だ。

 なにせ主人公達ですらのだから。


 だがヒロインの能力を使えば、そんな化け物から遺物を引き剥がすことが出来る。

 そうなればあいつはただの人だ。ソルだけでも簡単に倒せる。


 どうせ、しなければ未来は無いんだ。

 ならついでに俺の命ひとつ、便乗させてもらっても構わないだろう。


 そんなことをつらつら考えていると、ふいに姫が、怪我を放置している俺を見たときのような顔で、ぎゅっと眉根を寄せた。


「グール様」


「ん?」


「あまり、ご無理はなさらないでくださいね」


「そりゃもちろん。首輪外す前に死んだら意味ないしな」


「いいえ、…………いえ、お体のことも、そうなのですが……」


 歯切れ悪く言いよどんだ姫が黙り込んでしまったところで、ひとつ溜息をついたグラフが話題を繋いだのか変えたのか、とにかく会話を続けた。


「何かもっと楽な外し方ないんですか? ジュバに千切ってもらうとか」


「んなもんとっくの昔に試してんだよ。思い出させんな」


「あれなー。首輪の前に団長の首が取れそうになったからやめたんだよな」


 遺物は基本的に、古代人に“そう在れ”と設定されたもの以外は壊れないらしい。

 物理で解決出来ないのは分かっちゃいたのだが、ジュバならもしかすると、と期待をかけた結果が首ちぎり(未遂)である。我ながら馬鹿なことに挑戦した。


「分かりました。じゃあ首輪については任せます。あともうひとつ聞いておきたいんですけど」


「お前今日ぐいぐい来るな」


「こっちから聞かないとあんた何も説明しないじゃないですか。そのへんも今回の件で思い出したんで」


 ゾンビ騎士時代に数ヶ月名前も聞かず名乗りもしなかったことを若干根に持っているらしい。


「グールさんって、あの見習いと前から面識あったんじゃないんですか。王都で会ったときも微妙な反応でしたし、さっきもめずらしくサラッと名前呼んでましたし、謎に信頼してる感じですし」


 “オレ”にとっては百何時間かは見続けた記憶のある主人公で、“グール”としては故郷の村の因縁がある。そりゃうっかり名前も呼ぶし信頼もするし、微妙な反応もするだろう。

 だが前世の話にしても、打算に満ちたソル救出にしても、説明するのは色んな意味ではばかられた。


「……あいつがガキの頃に一度だけ会ったんだよ、筋が良かったから覚えてただけだ。それに今回も助けられたしな。まぁ、期待はしてるさ」


「助けられたって、あんた何したんですか」


「なんかまた皇帝に虐められてたんだろ? レサトが言ってたぞ」


「女帝!!!!」


 風評被害やめてください。


 そのままなし崩しに王都での一件をざっくり説明する羽目になった結果、グラフが心底呆れた顔をする傍らで、姫は思わずといったように笑みを零していた。


「ふふ、グール様が振り回されてしまうなんて、きっとすごい方達なのでしょうね。一度お会いして色んなお話を聞いてみたいですけれど……今はまだ、少し難しいかもしれませんね」


「ま、運が良けりゃそのうち会えるだろ」


「はい。楽しみにしておきます」


 姫の出番はサブイベだけなので場合によっては会わずに終了ということもなくはないが、ソル達が順当に進んでくれば会えるはずだ。


 唯一気がかりがあるとすればそのサブイベでソル達と戦うグラフが、ジュバと同じくゲームでの印象より強くなってる気がすることだが、そこはソル達の主人公補正を信じよう。しかし、あれだな、手合わせやりすぎたかな。



 さてこうして無事に爆死イベントを乗り越えた俺であるが、ひとつ大きな問題が発生した。

 というよりも、かねてよりあった問題が顕在化した、というほうが正しいだろう。それが何かというと。


 ここから先の展開をさっぱり思い出せない。


 今までも大概うろ覚えだったが輪をかけて何ひとつ覚えていない。


 そもそも新鮮な気持ちで挑む序盤と、気を引き締めて臨む終盤に比べて、サブイベの回収やらミニゲームやらでメインストーリーの進行が滞る中盤はどうにも印象が薄くなりがちだ。少なくとも“オレ”はどのゲームでもそうだった。

 いくつかぽろぽろと思い浮かぶシーンはあるけれど、それが本編だったかサブイベだったかすら分からない程でまったく参考にならない。


 何でもっとやりこんでいたゲームの世界に生まれなかったんだ、という恨み言は記憶が戻った当初に散々吐いたから省略するとして、要するにこれからしばらくの間、俺は自分が“やらかした”のかどうかさえ判別がつかなくなるわけだ。詰んでる。


 けれどそんな俺でもさすがにこれは分かった。


「ソルって言ったっけ? 彼と王女様さぁ、僕のところまでつれてきてよ」


 今の状況は、間違いなくイレギュラーだ。


 荘厳な玉座にだらりと腰を下ろす皇帝は、いい年した大人の外見に見合わぬ無邪気な表情で、淀んだ目を真っ直ぐにこちらへ向けている。


「あの二人いいよねぇ。こんなにわくわくしたの、君を見つけたとき以来だよ。でも首輪はもう無いから、グールみたいに勧誘したり出来ないんだよね」


 あれは拉致と呼ぶんだ馬鹿野郎。


「だからさ、その代わりに城まで遊びに来てもらおうと思って。彼らもそのつもりだったんでしょ? なら良い案だと思わない?」


「…………」


「『返事は?』」


「いぃ……っ、ハイそうですねぇ!!」


「だよね! ああ楽しみだなぁ」


 どこかの蝶の羽ばたきすら嵐を呼ぶなら、爆死するはずだった男が生き延びていることで起こる変異は計り知れない。その結果がこの謎イベントか。


 今回は首輪を通しての「命令」ではないようだが、だとしてもワンクリックで自分を爆破できる男からの指示では拒否権は無いに等しい。命が惜しくないなら別だが。


「ねぇグール。あの子達は、僕を殺しにこれるかな?」


 臆病者め。


 脳内で吐き捨てた言葉は、はたして誰に向けたものだっただろうか。

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