幕間小話:ていこく!


 @グールさんって



「年いくつなんですか」


「しらね」


 親の顔も知らないし生まれ年も分からん。スラムで生まれ育った奴なんて大体そんなものである。

 原作のほうでもグールの年齢設定なんて公開されてなかったから逆算も出来ない。まぁ分からなかったところで困りもしないからいいのだが。


「そういやおれも自分の年とか知らねーなぁ」


「お前はあのマッドサイエンティストの資料とかで分かるんじゃねぇの。気になるならむしり取ってきてやろうか」


「いや別にいらねーわ。そこまで興味ねーし」


「だよな。

 で、お前はいくつなんだよグラフ」


「…………教えません」


「あ?」


「この流れで一人だけ言うの不公平だから教えません。自分も年齢不詳でいきます」


「何言ってんだこいつ」




*****




@手合わせ事情



「お三方の中で一番強いのは、やっぱりグール様なんですか?」


 城の中庭でグラフの稽古を受ける姫をジュバと見物していたら、休憩中、そんなことを聞かれて三人で視線を交わす。


 訓練場を出禁になってしまったから最近は姫の稽古の合間にここでグラフも巻き込んで手合わせをするようになったのだが、それを見ていて思ったらしい。


「そりゃ時と場合によるな」


「そうなんですか?」


 実際ほとんど俺が勝っているからだろう、姫が不思議そうに目を瞬かせた。


「単純な力比べならジュバのやつが一番強い。さすがに勝てねぇよ、ゴリラだぞ」


「そりゃ、そこまで持ち込めればな」


 ただし素手同士で実際にやり合うと、ジュバは一撃入れれば勝てるが俺が避けるから当たらない、俺は攻撃こそ避けられるがジュバが硬すぎて何撃入れても勝てない、という状態になる。これがまた最高につまらない。


「で、戦闘技術っての? そういう小手先の器用さならグラフが一番だろ。俺ら基本ゴリ押ししかしねぇからな」


「なんか癪に障る言い方ですけど、そうでしょうね。あんたら二人とも戦い方が雑すぎなんですよ」


 そこはさすが騎士というやつだ。小細工なしで正々堂々やると、お互いに攻撃を凌ぎ合うのに精一杯で、やっぱり中々勝負がつかない。

 ジュバ対グラフに関しては力vs技術という感じで、決定打の入らないままお互いの怪我だけが増えていく、という泥仕合になる。


 全員が相応の実力を持っているからこそ、勝敗は運や状況などのイレギュラーな要素に左右されやすく、明確な上下を決めることは難しいのだ。


「でもそこでルール『何でもあり』を追加すると全部俺が勝つ」


「何でもありにも程があるんですよ。自分、戦ってて口にクッキー投げ込まれたの初めてです」


「うまかっただろ?」


「おいしかったですけど」


 それにしたって、とうんざりした様子でグラフが愚痴る。


「おれもう絶対それで団長と戦らねぇからな」


「だからいつもは条件絞ったルール『色々あり』にしてやってるだろうが」


「それも微妙っつーかなー……」


 何が不満だ。贅沢なやつめ。


 俺たちの話を聞いていた姫が、ふむふむと真剣な顔で頷いていた。


「なるほど……ではグール様の『なんでもあり』を見習えばわたくしも強く、」


「やめてください!!」


 グラフの悲鳴が中庭に響きわたった。




*****




 @姫さんはたまによく分からないことを言う



「いらっしゃいませグール様! 今日は軽食を用意してみたのですが……」


「待て待て待て」


「お口に合いませんでしたか?」


「いや合わないこた無いが、あんたは本当にどこへ向かってるんだ」


「皆さんが綺麗に食べてくださるものですから、どんどんお料理が楽しくなってしまってつい。

 あとは…………いざというときに備えて、でしょうか」


「どういう時だよ」


「いざというときです」




*****




 @グールさんって(2)



「本名なんですか」


「んなわけねぇだろ。あの皇帝がグールグール言うからそれで定着したんだよ」


 我が子にグールって名付ける親とか嫌すぎるだろう。


「そうなのですか? わたくしてっきりグール様は最初からグール様なのだと……あの、では今更ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「あぁ? あー……」


「なんだよ。煮えきらねー返事だな」


「いや待て、今ひとつずつ思い出してるから」


「何言ってるんですか」


「たくさんあったんだよ」


 スラムでは親から貰った名前なんてものがある方がめずらしかったので、仲間内でもお互い好き勝手に呼び合っていた。

 だからどれが自分を指した呼びかけかは分かるのだが、どれが自分の名前か、と言われるといまいちピンと来なくて、名乗らずにいた結果が今のミスターグールだ。


「えーと……そこの赤いの、目つき悪いの、色黒のやつ、ギザギザの……」


「外見由来ですか。ていうか名前じゃないですよねその辺」


「親分、兄貴、リーダー……スラムの悪魔、北区のハイエナ、這い寄るバーサーカー……」


「前半と後半の温度差やべーな」


 前者は主に仲間内から。後者はスラムの大人達からの呼称である。


「後はアレスとか、マルスとか」


「まあ、素敵なお名前ですね!」


 スラムにもたまに学のある奴がいて、そういう奴らはわりとまともな名前で他人を呼んでいたっけ。

 ただ当然ながら無学なやつのほうが圧倒的に多いので、覚えにくいとかで定着しないことが多かったが。


「そこらへんを自分で名乗れば良かったんじゃないですか?」


「スラムでそんな調子だったから“名乗る”という概念が無かった」


 で、気づいたらグールだった、訂正する気力もなかった、もう別にいいかと思った、などと供述しており。


「その価値観でよく他人にまともな名前をつけられましたね」


「はぁ? 何が」


「本人から聞きましたけど、ジュバって名前つけたのグールさんなんでしょう? どこからひねり出したんです?」


「ああ……それはあれだ、……まぁ…………直感でバシッと……だな」


「とても直感とは思えない言いよどみ具合なんですが」


「うるせぇ。こいつがジュバって顔してたんだよ」


「どんな顔だよ」


 原作でジュバだったからとは言えないだろうが。




*****




 @城下の事情



 帝国はどこもかしこも基本的に治安が悪い。

 それは皇帝が面白がって無法者を放置しているからなのだが、それでも今のところ完全に国を傾けることなく、国民感情も経済も常にギリギリのところを維持し続けているあたり、あの皇帝の統治能力って実は高いんじゃないかとたまに思う。致命的に頭がおかしいだけで。


 そんな中で、今の帝都の治安はそこまで悪くない。俺がよくぶらついて適度に荒くれ者を蹴散らしているためである。

 最近は「そんなことしてるとグールが来るぞ」と子供のしつけに使う妖怪みたいな扱いになってきた。


 だからみんなこの悪人面にも慣れたもので、城下に飯を食いにいくと、こうなる。


「いらっしゃいグールちゃん! 大盛りにするからいっぱい食べて行きなさいね!」


「久しぶりねぇ。あら、今日はグールちゃんのお友達も一緒なの?」


「また暴れてるバカ相手に大立ち回りしたんだって? 鍛冶屋の旦那がお前さんに礼言いたいってよ」


「ぐーるちゃん! ぐーるちゃん! おはなあげるね!」


 分かった。

 分かったから順番に喋ってくれ。




「大人気ですねあの人」


「なんだかんだ面倒見良いからな」


「一般市民にはだいぶ当たりが柔らかいですしね」


「戦場だとヤベーんだけどな。まぁそれでも戦意ない奴は殺さねーし、意外とアレだよな」


「身内にも思いのほか甘いですよね。容赦ないときはないですけど」


「……オイそこの二人、なんかその微妙な感じに褒めるの……いや、褒めてんのか? よく分かんねぇけど、反応に困るから止めろ」


「別にいいだろグールちゃん」


「そうですよグールちゃん」


「酔ってるだろお前ら」



 そして帝都は今日も、物騒ながらに平和なのであった。


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