主人公の村はよく燃える
村に着くころには、辺りはすっかり暗くなっていた。
だからこそ闇の中に煌々と燃えさかる炎は一際大きく、凶悪に見えた。
「……何で主人公の村ってよく燃やされるんだろうな」
現実逃避してみたところで何も事態は好転しない。
馬から飛び降り、あまり目立たないように身を潜めて村の中を探索する。
至る所にごろごろと転がる村人の死体に眉を顰めた。
今はまだ表立って帝国を裏切るわけにはいかない。
たとえ自分が任務を引き受けていたとして、見逃してやることは出来なかっただろう。
原作通りといえば、それまでだが。
胸にちらついた苦い思いを小さく息をついて振り払い、先に進んでいく。
これで主人公まで殺されてたら目も当てられない。今は出来ることをやるしかないのだ。
しかし張りきりマッチョ仕事早すぎだろ、と自分の代わりに任務を引き受けたという第六軍団長に内心でやつあたりじみた悪態をつく。
グールが戦闘狂なら、こいつは昇進大好き出世狂だ。成り上がるためならどんな手間も惜しまない、野心強めの企業戦士である。
原作グールのように、ちょっと強いガキを面白がって見逃したりは絶対しない男だ。
プロローグがエピローグとかまじ洒落になんねぇぞ、と炎の熱さのせいだけじゃない汗が浮かび始めたところで、俺はようやくそれを見つけた。
「父さんの……母さんの……村のみんなの仇!!」
朝焼けのようなオレンジの髪、太陽のような金の瞳。
ゲームを始めたプレイヤーが最初から最後まで共に歩み、戦い、見届ける存在――――主人公。
「ソルだ……」
思わず普通のゲームファンみたいな呟きが零れてしまった。
いや、だって、一応クリアまでやったゲームの主人公だぞ。さすがに感慨深いだろ。
「なぁに言ってんだガキィ、お前等が悪いんだぜェ? 皇帝様に刃向かうからこうなるんだよォ。ま、今からお前もパパやママのところに送ってやるから安心しなァ!!」
やっべ感動してる場合じゃない。
第六軍団長がバカでかい棍棒を振りかぶろうとするのを見て、内心めちゃくちゃ慌てながらも、落ち着いた足取りで物陰から歩み出た。
「ようダズート、楽しそうじゃねぇか」
はりきりマッチョことダズートは、俺の声を聞いてぴたりと動きを止めると、胡乱げにこちらを振り返った。
「……なんだァ? 今更来たって手柄はやらねーぞォ、血染めの食屍鬼」
「んなもん要らねぇっての。机仕事で疲れたからちょっと体動かしに来たんだよ。なのにお前がほとんどやっちまってて、もうやることねぇじゃんか」
「ヒハハッ、一足遅かったなァ?」
「まったくだ」
本当にまったくだ。
さてここからが正念場である。
俺はそこで頭のおかしい戦闘狂らしくにたりと嗤い、こちらに向けて短剣を構えているソルを指さしてみせた。
「なぁ、そいつ俺に譲れよ。ガキは歯ごたえが無いから好きじゃないんだがこの際だ、息抜き程度にゃ使えるだろ」
そして見せつけるように、一対のダガーをすらりと引き抜く。
するとダズートはわずかに顔をひきつらせて俺から距離を取った。
「おいおい、俺様も巻き添えにする気かよ」
「あぁ? じゃあ離れてろめんどくせぇ」
「そうさせてもらうぜ。ったくよォ、これだから第十二軍のやつらはイヤなんだ物騒でよォ」
俺もジュバも戦闘スタイルの関係でよく味方を巻き込むので、合同任務は嫌がられがちな第十二軍団である。
軽く両手をあげたダズートがうんざりした様子で身を翻し、場を離れていく。
「ま、待てっ!」
「おっと。お前の相手はこっちだ、復讐戦は後にしな」
ダズートを追おうとしたソルの前に立ちはだかると、子供ながらに強い意志を宿した瞳が、鋭く俺を睨み上げた。
すまん主人公。追わせるわけにはいかないし、俺も一応戦いましたという大義名分がほしいからもう少し付き合ってくれ。
「よそ見すんなよ、切り刻まれるぜ!」
手加減はするけどまじで気をつけてほしい。万が一のことがあったら怖すぎる。
ビビる内心を押し隠し、両手に構えていたシャウラをまず一本投げる。
「くっ!」
「やるなぁ坊主、ほら次だ!」
短剣でなんとか一本目を弾いたソルにすぐさま二本目を投擲した、が、かわされた。
そこでこちらが丸腰になったと見てか、一気に距離を詰めてきたソルに、にやりと笑ってみせる。
「言ったろ? よそ見すんなって。……シャウラ!」
その声に反応して、地に落ちたはずのダガーが浮かび上がった。
そして俺を目掛けて勢いよく戻ってきたシャウラが、その直線上を走っていたソルに突き刺さろうとする。瞬間。
「え、うわっ!!」
さすが主人公というべきか、ソルは見事な反射神経で身を屈めてそれをかわしてみせた。さすがにそこから体勢を立て直して反撃、とは行かなかったようだが十分である。
俺は心の中でガッツポーズをしながら、戻ってきたシャウラのうちの一本だけを掴んで、ソルに迫った。
「休んでる暇はねぇぞ! 頼むからしっかり
気が緩んでうっかり本音が出たが、原作グールも戦いを楽しむためにわざわざ敵に助言みたいなことを言ったりしてたしギリセーフだろう。
一本のダガーでこちらが繰り出す攻撃を、ソルは細かい傷を負いつつもなんとか凌いでいたが、忘れてもらっては困る。シャウラは二本で一対の遺物武器なのだ。
「……う、ぐっ!」
先ほどキャッチしなかったもう一本のダガーは、不規則な軌道を描いて俺の周りを衛星のように回っている。
目の前の刃にかまけて少し油断すれば、今度はそちらに切り裂かれるのだ。たとえ弾き飛ばしたところで、俺が一度掴むまでは何度でも浮き上がり戻ってくる。
目の前の攻撃をさばきつつ、周囲を飛ぶ刃にも注意を割くのはさぞ面倒なことだろう。
まぁ正直ただの嫌がらせ技だから実力者相手だと難なく処理されてしまうのだが、今はまだ才能があるだけの子供のソルには中々きついかもしれない。
現に浅いながらも傷は増えて、徐々に肩で息をするようになってきていた。
……そろそろいいか。
宙を舞っていたもう一本のシャウラを掴みとり、二本を逆手に構える。
「そらよ、っと!」
そしてグールの固有技のひとつである、えー……なんかこれゲーム中で技名あった気がしたけど忘れた。ノックバック効果のある斬撃を、ソルが防御のために構えた短剣に当たるようにして繰り出した。
「ぐぅっ……うわああっ!!」
弾き飛ばされたソルが、後方にあった燃えかけの民家の壁をぶち抜いて中に消える。
俺もその後を追って、火のくすぶる室内へ足を踏み入れた。
煤けた床に倒れたソルのすぐ傍まで歩み寄っていく。炭化した木材が、足の下でばきりと鳴った。
その音に反応してなんとか上半身を起こしたソルは、こんな状況でもまだ諦めることなく、強い光を宿した目でこちらを睨む。
そこで小さく息を吐いて、手にしていたシャウラをゆっくりと鞘に収める。ソルの目に少しだけ困惑が混じった。
俺はがしがしと後頭部をかいて、あー、と告げるべき言葉を探して唸る。
逃げろ、って言って逃げるタイプじゃないよなぁ。
説得するには俺の存在に説得力が無さすぎるだろう。見ろこの悪人顔。
「…………」
ああ、いや、そうだ。
これこそ原作通りでいいじゃないか。
「――――“見逃してやる”」
太陽の色をした瞳が、ふいをつかれたように丸くなった。
「……え」
「“弱い奴を嬲り殺したってつまらねぇからな”、“俺には分かるぜ、お前は絶対に強くなる”」
若干うろ覚えだが大体こんな事を言っていたはずだ。
あとはゾクゾクしたとかまた殺り合おうぜとかいう台詞もあった気がするが、事案になりそうで言いたくない。
携帯食料の入ったポーチを、腰元のベルトから外して、ぽいと投げ渡す。
ソルは反射的にそれを受け取ったようだが、突然の展開にどうしていいか分からない様子で俺を見上げていた。
「行け」
あまり長引かせるとはりきりマッチョが戻ってきてしまう。
内心やや焦りつつ促せば、ソルはわずかに俯いた後、ポーチをぎゅっと胸に抱いて立ち上がった。
そして身を翻し、家の奥から別の隙間を抜けて外に出ると、その小さな背中は夜の闇に消えていった。
それを見届けてから俺も民家を出て、なんとなく頭上を仰いでみる。
村を焼き尽くす炎の明るさでまったく星の見えない空を見上げたまま、俺は深々と息を吐き出した。
次に物語が動き出すのは、これより七年後となる。
しかしゲームと違ってスキップの出来ない世界で、とりあえず今、思うことはひとつだ。
「あ゛ー……飯食いてぇ」
この時間に開いてる食堂、あるだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます