プロローグは急に来る


 どれだけ中身が腐っていようと組織は組織。

 帝国軍団長にも、こなさねばならない事務仕事というものが存在する。


 団員にやらせてる奴も多いと思うが、我が第十二軍団にはその押しつける相手さえいないので必然的に全部俺がやることになる。いや別にいいんだけど。人員の少なさに比例して出すべき書類も少ないし。


「あ゛ー……終わった」


 思いきり背伸びをして固まった体を伸ばしてから、執務机に突っ伏した。

 こういう細かい作業は正直苦手である。戦ってるほうがよっぽど楽だ。


 ちらりと視線をあげて、少し離れたところにある応接セットの机の上にある果物かごを見つめる。

 りんごが食いたい。でも動きたくない。そんなときお役に立つのがこちらです。


 腰元からダガーを一本だけ抜いておもむろに投擲する。

 それはかごの一番上にあったりんごに、見事命中した。


「シャウラ」


 あとは一声かけるだけ。

 ご覧ください、ダガーが物理法則を無視した動きで浮かび上がり、スーッと戻ってくるではありませんか。


 目の前まで戻ってきたそれを確保して、刃からりんごを引っこ抜く。

 つやつやとした真っ赤な表面に、自慢の(というわけでもない)ギザ歯でかじりついた。うまい。


「横着すんなよ団長」


「うるせぇ。便利なんだ」


 ある程度の重さまでなら刺さったものと一緒に戻ってくるし、持ち上がらなければ対象を貫通して無理やり戻ってくるシャウラさんである。


「つーか何でお前ここで本読んでんだよ。手伝わねぇなら自分の部屋帰れ」


「あの部屋、おれには狭いんだよ。でも団長のとこは広いだろ」


「当たり前だろ天下の団長室だぞ」


 応接セットのソファに座って読書に勤しんでいるジュバは、悪びれもせずに肩をすくめる。こいつ一年かそこらでだいぶ図々しくなったな。


「ていうかお前の本増えすぎなんだよ、置いてくな、持って帰れ」


「おれの部屋狭いからもう本置けねーんだよ。でも団長のとこは広いだろ」


「当たり前だろ天下の団長室だぞ」


 脳が疲れてるせいで俺の返事はワンパターンだ。

 このインテリゴリラめ。次の訓練でボコボコにしてやるからな。


 最近訓練場にいくと他の団員が蜘蛛の子を散らすようにいなくなるから、手合わせはもっぱらジュバとだ。

 ちなみに、あるもの何でも使っていいルールにしようとするとジュバは死ぬほど嫌がる。地下施設でのアレがトラウマらしい。


 でも今日はもう面倒くさいから城下に飯でも食いにいこうかな、と頭の中に馴染みの飲食店をいくつかピックアップし始めたところで、天下の団長室の扉がノックされた。


「あぁ?」


 思わずガラの悪い声が零れる。

 それを入出許可と取ったのか、すぐに扉を開いて中に入ってきたのは、皇帝の秘書みたいな仕事をしている女幹部だった。


「第十二軍団長グール、任務です」


「他のやつに回せ」


 俺は飯を食いにいく。


「先日の戦いで我が帝国領となった村ですが、住民の抵抗が激しく、帝国への税を納める気配がないため、此度は見せしめとして殲滅することになりました。あなた方向きの任務だと思いますが」


「向いてようが無かろうが、そういうのは趣味じゃねぇんだよ」


 戦闘は好きだが殺戮は好きじゃない。あと俺は飯を食いにいく。


 それに皇帝から直に言い渡される任務じゃないってことは、別に俺じゃなくてもいい仕事だってことだ。

 そういうのは断れば別のところに流れるし、手柄上げて出世したいってやつならいくらでもいる。だから断る。俺は飯を食う。


 断固拒否すれば、女幹部は「そうですか、では他の方に」と言って、あっさりと帰って行った。この軍はそんなもんである。


 それからジュバとぐだぐだ何を食うか話し合っている最中に、ふと、久方ぶりの違和感が胸を過ぎった。


「ちょっと待て、さっきの任務……」


「団長?」


 急に黙り込んだ俺を、ジュバが怪訝そうに見てくる。

 だが答えている余裕はなかった。時間差で、脳が一気に回転し始める。


 任務。帝国領になった村。住民の反抗。


 見せしめ、殲滅……。


 …………。


「やらかした」


「は?」


 全力でやらかした。


「俺は今から出かけてくる」


「おー、よく分からんけど……なんか手伝うか?」


「いやいいわ。飯でも食ってろ」


 最低限の荷物だけひっつかんで部屋を飛び出し、女幹部を探して廊下を疾走する。


 唐突だがここでゲーム主人公の生い立ちについて、少しだけ復習しておこう。


 主人公は子供のころ、帝国軍に故郷の村を焼かれ、家族を殺された。

 ひとり生き残ってしまった彼は、いつか必ずみんなの仇を討つと胸に誓い、王国騎士団に入って腕を磨くのだが……その先は今はいい。問題は冒頭だ。


 主人公の村、焼いたの誰だと思う?


「俺なんだよなぁぁあ……!!」


 走りながらもはやひきつった笑いしか出てこない俺を、すれ違う団員たちが悲鳴を上げて避けていく。


 村違いであってほしいと切に願ったが、ようやく発見した女幹部から聞き出した村の名前は、まさしく主人公の故郷であった。

 しかももう別の軍団長が嬉々として出かけていったらしい。


 やばい。何がやばいって、幼い主人公が生き残ることが出来たのは、無謀にも立ち向かってきた彼に戦いの才能を見いだしたグールが、面白がって見逃したからなのだ。


 シナリオの都合と言われればそれまでだが、グールが頭のぶっとんだ戦闘狂であった故に、主人公は死ななかった。

 それが張り切って手柄を立てにきた奴が相手ならどうなる。いくら主人公といえど、今の段階で勝てるわけがない。十中八九殺される。


 馬房から速そうな馬を引っ張り出し、村に向かって一目散に駆けだした。


「間に合えよちくしょう!」


 俺の運命は、主人公おまえに掛かってるんだからな。


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