リメイクで後日談とか追加される


「結局、皇帝は何がしたかったのかしらね」


 あれから一ヶ月。

 忙しく各地を飛び回っていた王女……ルーナは、絶対安静を言い渡されて究極に暇を持て余している俺のところへソルと共に久しぶりに顔を出したかと思うと、紅茶片手にふとそんなことを言った。


「つか、なんで人の寝室でお茶会してんだお前ら。いつの間にか応接セット丸ごと持ち込みやがって」


「そりゃ団長が暇になるとベッド抜け出そうとするからだろ」


「あんたの暇つぶしを兼ねつつ見張りしようと思ったらこうなるんですよ。大体なんで無駄に動こうとするんですか。絶対安静って意味分かってます?」


「……ちゃんと……休んで、治さないと、駄目だと思う……」


 ジュバ、グラフ、ソルから畳みかけるように苦言を呈される。話題が逸れないかと思って口にしたささやかな疑問は完全にやぶ蛇だった。


 長年の経験上、自分がどこまで動けるか、どこまでなら命に支障がないかは感覚的に把握出来ていると思うのだが、前にリエナにそう言ったら「だからといって無理をしていいわけではありません!」と切々と怒られたことがあったため、とりあえず黙殺する。


 そんな俺達のやりとりを楽しそうに眺めるルーナをじとりと見やって、「で、あんたはまたそれかよ」と仕方なく事の発端となった話題に流れを引き戻した。


「そんなに気になるなら、リエナが戻ったら聞いてみりゃいいだろ。ジジイのとこ行ってからこっち顔出すっつってたし」


 リエナは近ごろ、地下牢へ自主的にこもっているジジイのところに執務の合間を縫っては通い詰めている。

 帝国軍の再編にあたって力を借りたいようだが、ジジイはまたけじめがどうのと言って固辞し続けているらしい。


 しかしまぁ時間の問題だろう。

 ジジイも大概頑固だが、それ以上にあの姫様は一度言い出したらとにかく、確実に、絶対譲らないお人なのだから。むしろいつまで持つか見物である。


 思考がそれたが、皇帝の分析がしたいなら奴がおかしくなる前のことも知っているあの二人にでも聞く方が俺なんかよりよほど参考になるだろう。

 けれどルーナは、リエナの名を聞くと思わしげに目を伏せた。


「いつか姫からも話を聞いてみたいとは思ってるけど……皇帝は、彼女にとって実のお兄様で、それを討ったのが私達なのよ。さすがにまだ私の口からは聞けないわ」


 その様子を見て、どうやら興味半分でこんなことを言い出したわけではないらしいと、単なる世間話のつもりでいた意識を切り替えて言葉を選ぶ。


「あんたは、何でそんなこと知りたがる? あいつに同情の余地でも探してんのか」


「そういうわけじゃないわ。どう言ったらいいのか分からないけど……私は、自分たちが“何”と戦っていたのかを、ちゃんと知っておきたいのかもしれない。理解できないものを『理解が出来ない』と切り捨てたくないの。──いつか自分が、同じ過ちを犯さないためにも」


 皇帝と王女。お互いに民の上に立つべくして生まれ育ってきた者として、その有り様に思うところがあったのだろうか。正直全くいらない心配だと思うが。

 仮にルーナ本人が望んで全力で目指したとしても、あの男と同じようにはなるまい。


 だからこそ、というべきか。

 空を舞う鳥が深海に生きる魚の世界を知ることがないように、ルーナがあいつのねじれを理解できる日も決して来ないのだろう。


 そんな確信を抱きつつ、しかしそれでも“理解しようとすること”は諦めないのだろう王女様を思って、俺はひとつ息を吐いた。


「前も言ったとおり俺はあいつの考えなんて知らねぇし、知りたいとも思わねぇ」


「……ええ」


「だから今から話すことは全部、俺の勝手な想像だ。それでもいいのか」


 それを聞いたルーナは俯きがちになっていた顔をぱっと上げると、その夕陽みたいなオレンジの瞳を丸くして驚いたように俺を見た。


「何だよその顔は」


「だって断られるのかと思っていたから……、本当にいいの?」


「あ? じゃあ止めるか?」


「聞くわ!」


 紅茶のカップを置いて立ち上がったルーナが俺のところまで歩み寄ってきたかと思うと、ベッドの端にちょこんと腰を下ろす。


「何でわざわざこっち来たんだ」


「あなたが寝ながらこっち見て話すの大変じゃない。このほうが楽でしょ?」


 確かに近いほうが声を張らなくていいから楽ではあるが。

 そしてふと気づくと、いつの間にかソルまでベッドサイドに座り込んで、寝物語に期待する子供のごとくこちらを見つめていた。


「お前は皇帝に興味ねぇんだろうが。何を期待してんだ」


「ぼくは……皇帝、というか、あなたの話が聞きたい……から」


「自分とジュバもベッドサイドに顔並べたほうがいいですか?」


「悪ノリすんな。お前らそこからでも聞こえるだろ」


 聴覚も強化されているジュバと、拷問生活の副産物で感覚が鋭くなったとかいうグラフはその気になればかなりの小声でも聞き取るため、激痛で呼吸すらきつかった時期はだいぶ助かった。

 ただしその気がない時はどれだけ大声で怒鳴ろうと聞き流す奴らでもあるのだが。


 俺は深々と息を吐き、こちらをのぞき込むルーナの目を見返しながら口を開いた。


「本当に、俺がそう思ったってだけで当たってるかとか知らねぇからな。あんま真剣に考えるなよ」


「だからそれでいいって言ってるじゃない。たとえあの人にどんな“お涙頂戴”の理由があったって私は気にしない……こともないけど、皇帝を討った事を後悔したりはしないわよ。まったくもう、心配性なんだから」


「しんぱ……いいけどよ。じゃあ、そうだな、どう言ったもんか。多分あいつ──皇帝は何かがしたかったってより、んだろ」


 結論から伝えると、ルーナは不思議そうに首を傾げた。


「死にたかったってこと?」


「いいや。皇帝は。だからこそあんな歩く遺物兵器庫みてぇになってたんだよ。“遊び”にも使ってはいたが、基本はみんな自衛用ってわけだ」


「消えたくて、死にたくなかった? でもそれってどっちも同じじゃないの?」


 “消えたい”と“死にたい”は同義ではないのかと問う少女の真っ直ぐな瞳を見やって、小さく苦笑を零す。


「まぁ、あんたにはぴんと来ないかもな」


「……ひょっとして子供扱いしてるのかしら」


 それこそ子供みたいな顔で不満げに口をとがらせたルーナに、俺は「そういうわけじゃねぇよ」と笑って、最近ようやく動かしやすくなってきた腕を持ち上げてその頭をぽんぽんと軽く撫でた。


「むしろ分からねぇほうがいいんだ、そんなのは」


「それを分かりたいって言ってるのよ」


「はいはい。続けるぞ。──皇帝はとっくの昔に、このクソみてぇな国や自分の人生に絶望してたんだろ。もうこんな世界を生きていくのは御免だって思う程度にはな。ただここでひとつやっかいなことに、あの男は臆病だった。『死ぬのが怖い』と……心の底から思う程には」


 そうして生きる勇気も自殺する度胸もない、消えたい男は願ったのだろう。


「だから皇帝は、を待っていた」


 全力であらがって抗って抗って、それでも決して逃れられない、恐怖する間もなく己を終わらせてくれる、そんな死をもたらすような、“誰か”を。


「人を貶めて踏みにじって恨みを買えば、その中の誰かが自分を消しに来てくれるかもしれない。そう思った皇帝にとって、“国”はちょうどいい道具だったんだろうな」


 すべては一人の臆病者の、世界を巻き込んだ自殺劇だった。

 そんな身勝手な思惑によって故郷と家族を失ったのだと言われれば思うところは山とあるだろうに、ルーナとソルはただ黙って俺の話を聞いている。


「つまりグールさんが皇帝の“お気に入り”なのは、期待通りに自分を消してくれるかもしれない有力候補だったからってことですか」


「だろうな。で、それと同時に自分を殺すかもしれない“厄介者”だったってわけだ。だから皇帝は俺を生かしておきたかったし、殺しておきたかった」


「なんか死ぬほど面倒くさい思考回路してますね。グールさんと同じくらい」


「否定はしねぇよ。ま、あいつに関して俺ができる話はこんなもんだ。ほかに聞きてぇことは?」


「……ううん、大丈夫よ。話してくれてありがとう」


「どういたしまして。ただ最後にひとつ言っておくが、俺たちの出会った“皇帝”は間違いなく頭のおかしい最低で最悪の愉快犯だった。後でリエナからどんな昔話を聞くにしても、べつに同情はしなくていいんじゃねぇの」


 第一こっちだってそれなりに被害くってんだから、どんな事情があったところで今更哀れんでやる気にもなれない。

 そう思いながら手癖のようになぞった首に、包帯の感触しかないことにはまだ違和感があった。本当に外れたんだな、とどこか他人事のように思う。


「…………」


 そこでふと、ソルがこちらをじっと見ているのに気づいた。

 どうかしたのかと視線をやれば、ソルは少し考えるそぶりを見せてから口を開く。


「聞きたいこと、ひとつ……ある。皇帝の話ではない、けど……」


「何だよ」


「──…………、」


 しかし、そうしてソルが何事か言い掛けた瞬間。

 部屋の扉が軽快に開け放たれた。


「ひっさしぶりぃグールくん、お届け物だよー! あっソルくんとルーナちゃんもいらっしゃい!」


 そう言いながら山のような荷物を抱えて入ってきた昔なじみに、俺は深々とため息を吐く。


「久しぶりってお前、四日前に来たじゃねぇか」


「いいじゃん細かいことは。それよりハイ、いつものね。城下の人たちからグールくんへのお見舞い!」


「今日はまた一段とすごいですね。食料品に雑貨に……大量の酒? どこの誰ですか、重傷の人間にアルコール送ってくるバカは」


「ああ……たぶん、城下の荒くれ共だな。見舞いの品とか何にすりゃいいか分からなかったんだろ。悪気はないから許してやれ」


「はぁ? 何でそいつらがあんたに?」


「いや知らねぇよ。ただ前々から城下で管巻いてんの見つけるたびにボコってたら、いつの間にか、こう」


「懐かれていたと。なんかグールさんの評判って両極端ですよね。逆に軍内部では食屍鬼の居ぬ間に何とやら、でみんな思うさま羽伸ばしてますよ」


 グラフはソル達の手前やや遠回しな表現をしているが、実際はもっとボロクソ言われている。そのまま死ねばよかったのに的なやつを。

 ついでに弱っている今が好機と見てか、ダイレクトに殺しにくるやつも多い。全部ジュバに撃退されているが。


「こっちでは見事な嫌われ者ですね」


「仕方ねぇだろ。コーヒー牛乳だぞ」


「意味が分からないんですけど」


 一般市民からの評価と、戦場に立つ人間からの評価。

 それらが見事に割れる原因はそのまま、自分の中にあるふたつの性質に繋がっている。


 しかしどっちつかずだろうと両極端だろうと、戦闘狂の己も、凡人の己も、そのどちらもが紛れもない自分なのだから。

 それらに向けられる悪意も……好意も、確かに俺が受け取るべきものに違いないのだと、今なら少しは素直に思える。


 ふいに扉をノックする音が聞こえた。グラフが席を立って確認に行く。

 とはいえ今現在、俺の部屋に入るときにそんな丁寧なことをするのはただ一人だ。


「失礼致します、グール様。お体の調子は如何で……まあ。皆さまこちらにいらっしゃったのですね」


 予想通り、扉の向こうから姿を見せたリエナは、室内の様子を見て微笑ましげに目を細めた。


「あ、お姫ちゃんおかえりー!」


「ただいま戻りました。レサト様、ルーナ様にソル様もお久しぶりです。お変わりありませんでしたか?」


「ええ、見ての通りよ。色々やることはあって忙しいけどね、でもやりがいはあるわ」


「わたくしもです。まだまだ課題は山積みですけれど……ひとつずつ、民とともに前へ進んでいければと思っております」


 国の再建をメインに進めている王国と比べて、帝国はさらに根幹の部分から立て直す必要がある。

 長年積み重ねられて腐りきった国の体質を丸ごと変えようというのだから道のりは険しいが、言い出したら聞かないリエナのことだ、きっとやり遂げてみせるだろう。情報屋の女帝もついていることだし。


「そういえばお姫ちゃんが言ってたウェイトレス服持ってきたよ! ルーナちゃんと着てみるんでしょ?」


「あ、それあのときのやつね!」


「はい。レサト様にお願いしておきました。国を治める者としてやるべきことはたくさんありますが……たまにはいつもと違う可愛らしい服を着て、気分転換をするのもいいでしょう?」


「じゃーん! ついでにあたしの分も借りてきちゃった! みんなで着よっ!」


「姫と王女はともかくレサトは歳考えてくださいよ」


「大丈夫! あたし!! 自分の年齢とか知らないし!!!」


「そういう話じゃないんですけど」


 年齢はさておきレサトの場合は抜群のスタイルがかえって裏目というか、制服類を着ると一気にそういう店っぽさが出てしまうわけだが、まぁ三人とも楽しそうだし別にいいんじゃないだろうか。


 そんな思いで女性陣の会話を傍観しながら、そういえばソルの“聞きたいこと”とは何だったのかと視線を向ける。


 しかしソルはいつの間にかグラフとともに見舞い品を分類してリストアップする作業に没頭していた。お前なんで他国に来てまでわざわざ。


 そして何故かそのまま俺の部屋でウェイトレス服ファッションショーが開催され、何故かおもてなし女王決定戦が始まり、何故か審査員をすることになったりして、とりあえずその日は俺が『暇だから脱走しよう』なんて思う隙が欠片もない一日となって過ぎ去ったのだった。

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