想定外のイベントスイッチ


「なんだか治安の悪そうな街ね」


「これでも昔より遥かにマシになったんだが、王女様……つか王国の人間から見りゃそうだろうな。荷物とかしっかり持っとけよ、一瞬で盗まれるぞ」


「ん……気を、つける」


 主人公とヒロインと中ボスというわけのわからん三人旅の末、俺達は最終目的地である帝都――を素通りして、帝国の最北端にあるスラム街を訪れていた。


 どうしてそうなったかというと、何のことはない、帝都に向かう途中でレサトの部下が接触してきて「みんな~!いっかいアジト集合~!」とかいう一方的かつ脳天気な伝言を置いて行ったためだ。


 テンションは残念だがレサトはこういうときに無駄なことをする奴ではない。

 だから今度はこちらの寄り道に付き合わせてしまうことになるが、ソル達に許可を得て遥々ここまでやってきたというわけである。


「アジトっていうのはどこにあるのかしら」


「さぁな」


 アジトというのは、この街にあるレサトの本拠地のことである。

 といってもその場所はいくつもあってころころ変わるため俺も現在地は把握していないが、問題はない。


「この街に入った段階であいつの“網”の下だ。そのうち向こうから接触してくるだろ」


 それまで適当に辺りをぶらついていればいい。

 一般人にとってはそれすら難しい街だが、まぁこのメンツなら大丈夫だろう。


「じゃあそのお迎えが来るまでどこかでお茶でもしましょうか」


「一応言っとくが、うまい紅茶の出てくる洒落た店なんてここには無いからな。酒場ばっかだぞ」


「もう、そのくらい分かってるわよ。どこでもいいからあなたのおすすめのお店に連れて行ってくれる?」


「いいけど後で文句言うなよ」


「ええ」


 お前もそれでいいか、と尋ねてソルが頷いたのを確認して、この街に立ち寄ったときに俺がよく行く酒場のひとつに向かった。

 そこは(この街にしては)そこそこ小綺麗で、(この街にしては)ぼったくり価格でなく料理も美味い、(この街にしては)良心的な店である。


 馴染みの店主に軽く挨拶をしてカウンター席に座り、適当に注文して来るのを待つ。

 なぜ適当かというと食材の入荷状況によってメニューが大幅に変わるため、大抵いつも注文とは違うものが出てくるからだ。二人にもあまり期待せずに待てと伝えておく。これでもこの街ではマシなんだほんと。


 二人はしばし物珍しそうに周囲を見回していたが、やがてヒロインが俺に向き直った。


「あなたはこの街にはよく来るの?」


「まぁ、任務の前後なんかでたまに」


「その割には随分慣れているみたいだけど」


「そりゃそうだろ。俺はここの出身だからな」


 すると二人はなぜか驚いた猫のように、大きく見開いた目をぱちりと瞬かせる。


「なんだよその反応は。地獄の木の股から産まれたとでも思ってたか?」


「そういうわけじゃないのだけど……でも、そうね、あなた何となく現実感が無いというか、どこか浮き世離れした雰囲気があるから、あなたにも出身地があって子供の頃があって、ってそういうことを想像出来ていなかったかもしれないわ」


「それもある、けど、初めて自分の話、してくれたから……ちょっとびっくりした」


 ソルの言葉に今度は俺が目を丸くする。

 初めて。そうだっただろうか。わりとべらべら話してしまっている気もするが、確かにあまり個人情報っぽいものを漏らしたことは無かったかもしれない。


「言われてみれば、私達ってあなたのこと全然知らないのね」


「別に知らなくてもいいだろ。敵だぞ」


「んー、じゃあ敵の情報収集ってことでどうかしら」


「どうかしらじゃねぇ」


「前から気になっていたのだけど、あなたって歳はいくつなの?」


「名前……本名?」


 なんだってこう王国の連中は聞きたがりなんだ。

 デジャブを感じる質問内容と詰め寄ってくる二人に黙秘を貫いていると、店内の一角が妙に騒がしいのに気づく。


 見れば五人ほどの男が、壁際で何かを囲むように立っていた。


「よおネエちゃん、俺らのテーブルで酒ついでくれよぉ」


「なあいいだろ? こっちは客だぜ?」


「仕事なんてほっといてさぁ」


 どうやらベタな悪漢がベタな感じで店のウェイトレスに絡んでいるらしい。

 これが普通の街なら早々に蹴散らしてやるところなのだが、ここは帝国でも最悪の治安を誇るスラム街である。

 か弱い女をあえて装い、寄ってきた男から金を巻き上げて生きている逞しい女共が結構いるのだ。


 男達の背で様子は見えないが、ウェイトレスの女がもしそのタイプなら下手に邪魔をすると逆に面倒くさいことになる。

 ひとまず様子を見ようとした俺の横で、主人公組が迷わず立ち上がった。


「誰か絡まれてるみたい」


「……助けないと」


「ちょっと待てお前ら、」


 慌てて呼び止めようとしたそのとき、視界の端で、男が一人宙を舞った。


「は?」


 呆気にとられたような誰かの呟きが漏れ聞こえたが早いか、男達は一人、また一人と宙を舞い、盛大な音を立てて床に倒れ伏していく。


「お、おい、待てネエちゃん、俺が悪かっ……!」


「せい!」


「うわあああ!!!」


 そして最後の一人が、ウェイトレスの女によって思いきり投げ飛ばされた。

 受け身を取る間もなく落下したその男もまた目を回して動かなくなったところで、ウェイトレスはひとつ呼吸を整えると、エプロンについた埃をぽんぽんと払って姿勢を正す。


 俺はそこで、ウェイトレスの風貌をようやくまともに視認することが出来た。


「ご、ほっ!!」


「えっ何、どうしたの?」


「……大丈夫?」


 思わず漏れかけた「ひえ」という悲鳴を喉の奥で押しつぶしたせいで盛大にむせた俺にソル達が心配そうな目を向けてくるが、こっちはもうそれどころではない。


「ご来店ありがとうございます。またのお越しをお待ちしておりますわ」


 意識のない男達に向かってそう言ってにこりと微笑んだのは、何を隠そう、この国の姫君であった。


 ていうかまじ何で居んの???

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