子連れ食屍鬼ぶらり旅
ソル達にはああいったが、帝国軍なんて俺含め自分勝手でいい加減な奴ばかりである。
真面目に哨戒活動なんぞしているわけもないのだから、気をつけて移動すれば出くわすことはないだろう。
なんて、そう思っていた時期が俺にもありました。これ前も言ったな。
「お前らわざとやってんじゃねぇんだよな?」
「? ……何、が?」
「奪われていた村の金品あったわよ! ねえ、早くみんなのところに運んであげましょう!」
この二人といると、とにかく帝国軍がやらかしているところへ遭遇する。そしてそうなれば困った人々を見過ごせない主人公コンビが問題解決に乗り出して、こうだ。
「あの恐ろしい軍団長を倒していただき、ありがとうございます」
「おかげで次の税が払えるよ。首の皮一枚繋がったな」
「ああ、本当に助かった!」
村の大人達に囲まれて口々に感謝の言葉をかけられているソル達を離れたところから見ながら、俺は深々と息を吐く。
主人公組と合流してから、あの狂信者を含めてこれですでに三人目の軍団長撃破である。
この短期間で三人って。倒す云々の前によくもまぁそこまでピンポイントに遭遇出来るものだといっそ感心した。イベント開始地点にスポットでもついてんのかと疑いたくなるほどだ。
なお俺の存在はやっぱり通行許可証にはならなかった。
皇帝の指示を受けていることは戦闘前に一応どの軍団長にも伝えたのだが、どうでもいい、そもそも俺が気にくわない等の理由で聞き届けられなかった。
帝国軍の協調性の無さに憤るべきか己の嫌われっぷりを嘆くべきか迷いつつ、とりあえず向かってくる団員をボコッておいた。軍団長のほうはソル達に任せた。
いや、ソル達のことだからこちらが真剣に頼み込めば苦い思いを飲み込んで隠密行動に徹してもくれただろうが、俺はそうしなかった。
それは人助けをしたいという二人の心意気を買って、などというご立派な精神では断じてなく、おそらくこれ原作通りの展開なのでは?という疑念から生まれるためらいの産物だった。
仮に戦闘を避けて最短距離で帝都に着いたとして、そのせいでレベルやらフラグやらが足りずにラスボス前で詰まれたら全てが水の泡である。
だからこうしてソル達の人助け行脚にも付き合っているというわけだ。それ以外の理由は、無い。
そうこうしている内に一通り話は済んだのか、大人達の輪を離れて戻ってきたソル達が、俺の姿を見て目を丸くした。
「グールちゃん、きょうはジュバいないの?」
「なぁいつものお菓子は~?」
「村のお金とり返してくれてありがと!」
村の子供達を足に背中にと引っ付けた俺は、またひとつ息を吐く。
「ジュバはいねぇし菓子も今日は持ってねぇし、金取り返したのはあっちの兄ちゃんと姉ちゃんで俺は何もしてねぇ。分かったらそろそろ親んとこ戻れ」
「えー」
「えーじゃねぇ戻れ。俺も帝国の軍団長だぞ、親が心配すんだろ」
ひとりひとり引っ剥がしながら促すと子供達は渋々頷いたあと、元気よく手を振りながら駆け戻っていった。
遠目に様子を伺っていた大人達はそこでようやくほっとしたように肩の力を抜いて、何とも言えない複雑そうな顔で、俺に小さく頭を下げた。
一連の流れを見届けて、ヒロインがあえてからかうように声をかけてくる。
「人気者なのね」
「っせぇ」
この村には任務の前後などでたびたび補給に立ち寄っていたのだが、気づけば子供に絡まれるようになっていた。
そもそも子供ってやつは存在自体が脆いからこそ、こちらの害意の有無をかぎ分ける嗅覚のようなものが抜群に鋭い。
真っ当に怯えていたのは最初だけで、どうやらあの悪人顔め無害らしいと察したひとりが寄ってくれば、後はあっという間だ。
大人達はさすがに警戒しているが、そんな光景を見ているせいか表立って敵意を向けてくることはなかった。ただ正直気が気じゃないだろうなといつも気の毒になる。
「もういいだろ。お前らも気が済んだならとっとと行くぞ」
「はーい」
「……うん」
ヒロインがくすくすと笑いながら良い子の返事をして、ソルも僅かに口の端を緩めながら頷いた。
そのまま身を翻せば、二人は当たり前のように俺の後ろをついてくる。なんだか引率の教師にでもなった気分だ。俺は中ボス、俺は敵、と脳内で自分に言い聞かせる。
「ぐーるちゃん! まってー!」
「あ?」
足を止めて振り返ると、村の子供のひとりが何かの布袋を抱えて、こちらに走ってくるところだった。
息を切らせて俺の前まで来た子供は、その布袋を嬉しそうに差し出してくる。
とりあえず受け取って中を見てみると、村の特産物らしい野菜やら何やらが詰まっていた。
「みんながね、ぐーるちゃんにって! たすけてくれてありがとって!」
「……お前それ、俺じゃなくてこっちの二人に渡せって事だろ」
「私達はさっき貰ったわよ。だから後で一緒に食べようと思ったんだけど」
「そーだよ! ぐーるちゃんのだもん!」
そうは言っても何かの間違いだろうと後方の大人達に目をやる。
すると彼らは、やはり不安と怯えが入り交じった目で俺を見たまま、しかしそれでも、小さく笑みを浮かべて頷いてみせた。
「ね!」
大人達の反応を確認して、ほらみたことかと言わんばかりの誇らしげな顔で、子供が再度こちらを見上げる。
俺はそれにどういう表情を返せばいいのか分からないまま、とりあえず子供の頭をぐしゃぐしゃに撫でてやった。
まったく、このろくでもない世界には、おひとよしが多すぎる。
その日の夕飯は、旅の途中の野宿とは思えないほど豪勢なものになった。
食後は、自分が代わるというソルとヒロインを早々に寝かしつけて、一人で火の番をする。三人旅を続ける中で気づけばこのやりとりも恒例になってしまった。
ソル達の申し出が俺を警戒するゆえなら代わっても良いのだが、そうでないなら成長期の子供はさっさと寝ろという話だ。
こちとら夜な夜な人間をちぎりにいこうとする某マシーンをワンオペで監視し続けた人間である。それに比べれば火の番くらいどうという事はない。
焚き火から少し離れたところで眠る二人を何とはなしに眺めていると、ソルがごろりと寝返りを打った。
「つよく……なる……」
零れた寝言に、夢の中でもそれかと思わず苦笑を浮かべた瞬間、その隣に眠るヒロインのほうから引き攣れたような呼吸が聞こえてぎくりとする。
恐る恐るそちらに視線を移せば、身を小さく丸めた少女の寝顔は苦しげに歪み、閉じられた瞼の裏からは涙が絶え間なく流れ落ちていた。
ひ、ひ、と短い呼吸の合間から聞こえてくるのは、おとうさま、おかあさま、いや、なんで、という悲痛な音の欠片たち。
見ているのが何の夢かなんて、聞くまでもない。
「またか……」
そう呟いた自分の声色が、親戚の子に泣かれて途方に暮れるおっさんのそれである事に気付きつつも笑い飛ばす余裕はない。
それというのも“夜泣き”は今回が初めてではないからだ。だいたいヒロイン、たまにソル、まれに両方が、結構な頻度で夜泣きしたり魘されたりしている。
その辺の兵士より遙かに強い二人だが、身内や故郷を理不尽に奪われた傷はそう簡単に癒えるものではないだろう。
少女の頬をぽろぽろと伝って落ちるそれにひとつ舌打ちを零して、俺は腰を上げる。
前世の“オレ”に子供と接する機会はほとんど無かったから、子守りの仕方なんてまるで分からない。
しかしそれでも“オレ”には、親に愛された記憶というものが存在した。全てを思い出していない頃の“俺”も、その感覚をどこかで覚えていたのだろう。
知らないものを与えることは出来ない。
だから親の愛どころか顔すら知らない奴ばかりだったスラムにおいて、間接的にでもそれを経験していた俺は、痛い苦しい寂しいと泣く仲間達に、へたくそながらもその真似事をしてやったものだった。こんなふうに。
「大丈夫だ。俺がついてる。怖いもんは全部ぶっ倒してやる。俺が守ってやる。だから泣くな、大丈夫だ、大丈夫」
片手を緩く握ってやりながら、静かな声でただ大丈夫だと繰り返す。
根気強くそれを続けるうちに少女の呼吸は徐々に落ち着いたものへ戻っていき、やがて涙も止まった。
それを確認してほっと安堵の息を吐いた後、息を吸って、今度は深々と重い溜息を吐き出した。
「何やってんだ俺は……」
この自問も夜泣きの数だけ繰り返したが、未だに納得のいく答えは出てこない。
目的と行動に明確なずれが生じていることは理解しつつも、それらをうまくかみ合わせる術も分からないまま、今日もまた苦い思いが胸をついた。
先ほど繰り返した言葉はスラムの仲間にやっていたそれをなぞっただけで深い意味は全く無いが、それでもつい自嘲がこみ上げる。
守ってやる、なんて。
「……どの口がそれを言うんだか」
焚き火に照らされて血のように赤々と染まった少女の横顔を眺めながら、“ゲーム”の内容を思い出す。
いずれ来る帝都での最終決戦。
忘れるな。
俺はそこで、彼女を見殺しにするんだ。
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