第3話 俺は大好きな幼馴染と料理する
四月一日付けで、俺の両親は海外への長期出張となった。
期間は一年か、あるいは二年になるか。向こうの支社が落ち着くまでいるそうだ。
今頃両親は楽しくやっているだろう。息子の絶望的な心とは裏腹にな。
夕食の時間。
料理なんてしたことがない俺としては、食事に関してはカップ麺とかで済ませればいいだろうと思っていたが、意外な申し出があった。
キッチンの棚をあさっていた俺の隣に、夏希は立っていた。
――包丁を持って。
俺はよく悲鳴を出さずに、彼女と対面できたと自分をほめたい。
情けない姿を必死に隠すため、俺は唇をぎゅっとかみしめ、彼女を見た。……相変わらず綺麗だ。
俺よりも少し背丈は低く、それがまた可愛らしい。相変わらずの感情を読めないミステリアスさも、彼女の魅力になっている。もうとにかく全部が可愛かった。
……ただ、やはり俺への視線は冷たい。
「どうしたんだ?」
「そろそろ夕食の時間になりますし。私が料理をしましょうか?」
包丁をすっと動かした。
……脅しか? 私が料理作るからおまえ食えよ? みたいな。
それとも、おまえが材料だ、とでも言っているのだろうか? お願いだからまだ生きたいです……。
「……料理、か。それなら米くらい炊く」
「分かりました。それでは簡単に冷蔵庫にあるもので作ろうと思います」
すっと彼女が冷蔵庫を開けた。
確か冷蔵庫には豚肉や、キャベツ、もやし、ニンジン程度はあったはずだ。
軽い野菜炒めでも作って、豚肉辺りを主食にすれば十分ではないだろうか?
とはいうのだが、俺は料理ができない。包丁で昔指切ってから怖くて持てないのだ。
そんな恥ずかしい過去は大好きな人に知られたくないので、墓まで持っていくつもりだ。
自然と米を炊くと申し出た自分をほめたいな。
俺は米をといでいく。
隣では見事な手際でニンジンを切っていく夏希。
……気づけば、いつの間にか彼女は髪をポニーテールに縛っていた。
料理のときに邪魔にならないようにだろうか? ……とにかく、良く似合っていて可愛かった。
「……何ですか?」
突然、彼女が不機嫌そうにこちらを見てきた。
……やべぇ、ずっと見ていたのがばれてしまったのかもしれない。
まさか初日から気持ち悪いだなんて思われたくない。
俺は急いで視線を外した。
「料理、うまいんだな」
……恥ずかしかった。けど、俺は精一杯の言葉でほめることにした。
……大好きな相手に向けての、せめてもの言葉だった。
俺なりに、今のは凄い頑張った。思わず口元が緩んでしまう。だが、それは一瞬。すぐに引き締めなおした。
しかし、夏希はますます不機嫌そうな顔になる。
な、なぜ? 俺はじっと夏希を見ていたが、よくわからなかった。
……さっきの褒め方が悪かったのだろうか?
そんなことはないはずだ。
確かにありきたりの言葉だったかもしれない。けれど、俺なりに気持ちを込めたつもりだった。
……それが届かなかった可能性はある。そもそも、彼女は俺のことが大嫌いだ。
嫌いな人間の言葉は心に届かないと聞いたことがある。
あれはどこで聞いたのだったか。父が言っていたような気がする。
部下の育成の仕方の何たるかについて、聞いてもないのに語りだしたのだ。
『部下の育成で大事なのは叱るでも、ほめるでもなく、信頼関係なんだ』、と。
知らない相手に褒められても多くの人は困惑するだろう。知っている人、仲の良い人に褒められれば嬉しいだろう。
夏希は俺のことが嫌いだ。嫌いな相手に褒められても、反抗期の女子みたいに『ハッウザいんだけど?』としかならないだろう。
「ありがとう」
俺が絶望していると、彼女が口元を僅かに緩めてそう言ってきた。
……それは笑顔だと一瞬思った。
だが、違う……。
俺は彼女のその笑顔の裏側について、見えた気がした。
『その程度のことでほめんなよオタクが!』。まるでそういわれたような気分になった。
そりゃあ、そうだよな。まだ彼女は野菜を切っているだけだ。
夏希からすれば当然のことなのだ。「呼吸できて偉いでちゅねー」と言われているようなもの。確かにぶん殴りたくなる。
く……夏希と一緒に生活ができると聞いた瞬間の俺はそれはもう嬉しかった。
冷めきっていた関係だが、これをきっかけに仲良くなって、下手したらあんなことやこんなこともできるんじゃないかなんて無駄に妄想していた。
けど、それらはすべてマジで無駄だった。
と、とにかく……これ以上嫌われないように頑張らないとな……。
仲良くするという方針から、嫌われないように……という方針転換は、一日目にして決まった。
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